痕跡を消したのは誰だ?
ノヒローとタヤン、大天使の企みは続きます。
サタンとテシオンの違和感。それは「男たちに悪意の痕跡がなさすぎること」であった。
そもそも人間は悪意と善意のバランスで成り立っている。悪意が善意を上回った場合、犯罪などに走るのだ。ほとんどの人間は善意のほうが勝っているので犯罪に手を染めない。人間の意識はそれこそグチャグチャに鉛筆で落書きしたように、さまざまな思いが錯綜して悪意と善意が入り乱れている。その痕跡がまったくなかったのだ。まるで落書きを消しゴムでキレイに消し去ったかのように。
「テシオン、どう思いますか?」
サタンの問いにテシオンはしばらく考えこんだ。久しぶりに脳をフル回転させて思考を巡らす。
「何者かがすべての痕跡を消し去ったとか? 証拠が絶対に残らないように」
その答えを聞いてサタンも静かにうなずく。
「私もそう思います。敵は万全を期するために自分たちが関与したことがわからないように工作したのでしょう」
もちろん気づかれる可能性がゼロではない。しかしおそらくほとんどの悪魔が気づかない程度のことであった。ノヒローやタヤンにとって計算外だったのは2つ。粛清の場にサタンが赴いたこと。そしてテシオンは直情型だけに直感力にとても優れていたこと。魔界でも少しの違和感に気づくことにかけてはツートップと言える2体の悪魔が揃っていたことが不運だったのだ。
2人の会話を斥候クモを通して見ていたノヒローが顔をしかめる。
「気づかれてしまいましたね」
タヤンの言葉を聞いてますます眉間にシワが入るノヒロー。
「まぁ誰かが関与したことはわかっても、我々が関与したことはわかるまい。しかしタヤン、あの下級悪魔なかなかの強さではないか」
先ほどまでのテシオンによる粛清を見ていたノヒローが感想を漏らす。
「まぁ相手が人間ですから、あれくらいは悪魔であれば当然でしょう。さして脅威にもなりますまい」
「確かにそうだな」
テシオンの本気は人間界を崩壊させかねないほどであることを知らない2人は、相変わらず警戒していない。しかしそこに大天使が口を挟む。
「確かに戦闘力自体はそこまでではないように感じたが、痕跡をイレースしたことに気づいたのだから、勘が鋭いのかもしれないな。そこは警戒しておくべきだぞ」
大天使の忠告にノヒローが反論する。
「ツバラ、どうも貴殿は慎重に過ぎる。現在不満分子は魔界の半数を超えている。幹部クラスが私しかいないのは残念ではあるが……。貴殿の戦闘力と統率力、それに私とタヤンが加わる。魔人も全員がこちらの味方だ。何も心配することはあるまい」
ノヒローの言うこともわかるのだが、やはり大天使ツバラは不安の種を拭い去ることができなかった。その様子を見てノヒローがひと呼吸を置いて付け加える。
「それに我々には向こうが思いもしない強力な味方がいるではないか。なんならあやつだけでも魔界を席巻できるのではないか? 存外我々の出番などないかもしれないぞ」
楽観的すぎる気もするが、ノヒローが言う強力な味方のことを考えると、確かに形勢はこちらに有利なのは間違いない。
「ふふ、そうですね。確かにあの方が我々の味方になっているとは夢にも思わないでしょうからね。サタンやマモン、魔界の幹部たちでも苦戦することは間違いありません」
ツバラの言葉を満足げに聞くノヒロー。
「それに我々は斥候を放って、あいつらの情報を収集しているが。あいつらがこちらに同じような斥候を放っている気配は微塵もない。つまり我々のみが情報戦において断然有利になっている。この差は大きいと思うぞ」
これもノヒローとタヤンが勝利を確信している理由であった。しかしツバラは「確かに現状、敵の斥候がこちらに来ている様子はない。しかし本当にそうなのか? 相手はサタンと魔界の大悪魔たち。本当にこちらの動きはまったく把握していないのか?」と不安に思う。
その表情を見て察したノヒローがツバラに酒を勧める。
「とりあえずしばらくは大きな動きはない。マモンの信用を勝ち取るのにまだ時間がかかりそうだからな。マモンを殺した後は、ベルゼブブやパズズ、アスモデ……幹部の中でも特にサタン派だと思われる幹部たちを順次殺していけばいい。そうすればより勝利は確実なものとなる」
自信満々にそう言って酒を煽るノヒロー。納得がいかないまでも、ツバラも酒を口にするのであった。
違和感はあるものの決め手に欠けるテシオンたち。どうやっていくのか?
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