仕方ないよね?
やっとテシオンが人間界に来ました
消滅という信じられない罰を伝えられたテシオン。聞いたときには少々悩んだが、いまはカツ丼のことで頭がいっぱいだ。「お新香も頼もうかな」「いやそもそも、そと卯に行くか。それともすぎの家に行くか。ぶじ蕎麦もいいな。店決めないとなぁ」。そんなことを考えながら魔界と人間界を繋ぐ通用門を出たのだが、余計なことを考えていたがためにいつもとは違う場所に出てしまった。「どこだここ?」。そう思ったのもつかの間、テシオンは街路樹の太い枝に思い切りぶつかり地面に落下してしまった。「あたしとしたことが……」。そのままテシオンの意識は深く沈んでいくのであった。
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公立高校に通う男子・アキラはその日もいつもと変わらない日常を送っていた。
「おはよう」
「あ、アキラ君。おはよう」
クラスメートと朝の挨拶を交わして席に着く。それ以降誰かと話すことはない。真面目に授業を受け、休み時間はお気に入りの小説を読むか、授業の予習復習に充てる。お昼は中庭か屋上で一人きりで食べる。掃除を終えるとそのまま家に帰る。父子家庭のアキラは自宅で掃除や洗濯、料理などやることが山積みなのだ。部活をやる時間も放課後遊びに行く時間もない。そもそも遊びに行くほど親しい友人もいないのだが……。
会社で重要なポジションを任されている父・カオルは多忙で、なかなかアキラと接する機会がない。朝早くから夜遅くまで働きづめ。朝出かける際にお弁当を渡して「いってらっしゃい」と声をかける以外ではほとんど顔を合わせることがない。
父は自分のことを気にかけてくれていることをアキラは身にしみてわかっていた。だから余計な心配をかけたくない。生活を守るために毎日一生懸命働く父の負担になりたくなかったのだ。
母・アオイはアキラを産んだ後、ほどなくして亡くなった。買い物中に居眠り運転の車にはねられてそのまま。だからアキラは母の記憶がほとんどない。写真で見るアオイはとても優しい顔で微笑んでいる。
「母さんは困っている人を放っておけない女性だったんだ。すごく優しい人だった。アキラ、お前も困っている人がいたら助けてあげなさい。もちろん自分にできる範囲でいい。アキラにもそういう優しい人間になってほしいと父さんは思っているし、きっと母さんも天国でそう思っているよ。人に恥ずかしくない人間になりなさい。助けられるのに、困っている人を見捨てるのは人として恥ずかしいことなんだ」
小さなころから何度となくカオルに言われた言葉で、アキラの指針にもなっている。
「母さんが恥ずかしくないように。父さんに迷惑をかけないように」とアキラは強く思っている。そうはいっても困っている人に遭遇することは、そうそうない。人助けの機会が頻繁に訪れるわけではないのだ。
だからアキラは「自分にできることを精一杯やろう」と勉強を頑張っている。運動がダメなアキラにとって学校生活で頑張れるのは勉強くらいだと考えているのだ。そのかいあって、成績は学年で常に10番以内に入っている。進学校で10番以内ということ自体すごいことなのだが、どんなに頑張っても学年一位を取れたことはない。
学年一位はアキラの幼馴染・ヒデキだ。ヒデキは学業だけではなく、スポーツも優秀。万年1回戦負けだったサッカー部を全国大会に導き、Jリーグのスカウトが彼の試合をたびたび見にきているという噂を聞いたこともある。「ヒデくん、本当にすごいよなぁ。勉強くらいは勝ちたいけど、僕なんかとじゃそもそも持っているものが違うんだよな。お母さんも僕がヒデくんみたいな感じだったら、あの世でも自慢できるだろうけど」。いつもそんな考えが頭に浮かんでは「でも僕は僕だから仕方ないよね」と振り払う繰り返し。
アキラとヒデキはとても仲が良かったのだが、中学生になるあたりから疎遠になっていた。同じクラスにならなかったこともあるが、部活に励むヒデキとまっすぐ帰宅しないといけないアキラ。共有する時間がなかったのが発端だった。そのうちヒデキは文武両道、学校のヒーロー的な立ち位置になり、誰ともほとんど会話がない陰キャのアキラとはあまりにも違う世界に行ったような気がしたため「僕と話しているとヒデくんに迷惑がかかるよね」と自らなるべく接しないようにしていたのだ。
それでもヒデキは変わらずアキラに接してくれる。アキラもふつうに挨拶を交わすし、会話もする。しかし小さいころのようにいっしょに遊んだり、長時間話すようなことはなくなっていた。「たまたま幼馴染だったというだけで住む世界が違うんだから」。アキラは本気でそう考えていた。
「それにしても今日の晩御飯はどうしようかな? 父さん、最近特に疲れているみたいだから元気になるものがいいよね。元気になる食べ物ってなんだろう?」。献立を考えながら歩いていると、前方に誰かが倒れているのを見つけた。
「困っている人がいたら助けてあげなさい」という父の言葉が頭に響いた。
「大丈夫ですか? どうしたんですか?」
アキラは倒れている女性に迷わず声をかける。しかし近づいてその女性の姿を見たアキラは驚くこととなる。
「え? お母さん?」
悪魔がお母さん……なわけない。