本当のバカ?
バカは死ななきゃ治らない
夜が明けてヒデキは汗にまみれた体をベッドから起こした。「昨日は酷い夢を見たな。悪魔だなんて。ガキじゃあるまいし」。そのまま浴室へ行きシャワーで汗を流す。リビングへ向かうと母が声をかけてきた。
「おはようヒデキ。聞いた? タモツくんが復学するらしいわよ」
浅井タモツ。病気療養のため、2年生になってからほとんど登校していなかったが、手術やリハビリが無事に終わり、やっと学校に復帰するという。1年生の間、成績はダントツのトップ。2年になってヒデキが学年トップをキープできたのはタモツが不在だったからだ。
「タモツか。そうか、良くなったんだ」
母にはそう返したものの「タモツの野郎。そのままくたばればいいのに。あいつが復帰したら学年1位は……」と内面では疎ましく思った。
朝食を終え、サッカー部の朝練に参加するため家を出たヒデキだったが、道中で思わぬ光景を目にする。大好きなアヤメが同年代のどこからどう見てもヤンキーという金髪女子(奇跡)と話をしていたのだ。「誰だ、あれは?」。一瞬躊躇したものの、声をかけるヒデキ。
「アヤメ、おはよう」
「ヒデキくん。おはよう」
「呼び捨て? 誰? アヤメンの彼氏?」
見知らぬ女にアヤメの彼氏と間違われてまんざらでもない気分になるヒデキだったが、次に発せられたアヤメの言葉に打ち砕かれる。
「違うよ、ミラちゃん。たんに学校が同じっていうだけ」
たんに学校が同じ? 彼氏でないとしても友達とも言わないのか? ヒデキは不満に思うが、アヤメはアキラの噂を流したのはヒデキだと考えていたので、そっけない態度になるのも仕方なかった。当のヒデキはそんなことを夢にも思っていなかったが。
「そうなんだ。それよりさ、この間アキラっちが作った餃子がまた美味しくてさ」
「それ私も食べたかった。塾があって行けなかったんだよね」
大好きなアヤメが大嫌いなアキラの手料理を食べたいと言っている事実にヒデキは怒りを感じた。アキラの話題を出した奇跡に怒りの矛先を向ける。
「アヤメ、俺たちは進学校の生徒なんだから、こんな柄の悪い底辺女とは関わらないほうがいいぞ」
「は? 誰が底辺女だよ。なんだ兄ちゃん、喧嘩売ってんのか?」
いきなり侮辱されてキレる奇跡。しかしそれ以上に怒ったのがアヤメだった。
「突然やってきて、私の大事な友達をバカにするとか。どういうつもりなの? そもそも私を下の名前で呼び捨てしているのも前からキモかったんだけど。もう少し他人への思いやりを学んだら?」
「俺はアヤメのことを心配して……」
「私にかまわないでくれる? 友達をバカにするような最低な人と関わりたくないの」
自分のことで怒ってくれたアヤメに奇跡は感動しつつも悩む。「アヤメン、最高すぎる。ヤバイ、アヤメンがアキラっちを好きになったら、いよいよ誰を応援したらいいの?」。さらにアヤメは続ける。
「あんたアキラくんの爪の垢でも飲ませてもらったら?」
アヤメの口からアキラの名前が出たことでヒデキは我を忘れる。
「アキラだって? あんな母親もいない欠陥人間のどこがいいんだ? 片親の子供なんてロクな育ち方してないぞ。それにあいつの父親はマルチ商法をやっているらしいじゃないか」
ヒデキが興奮で息を切らせながらそう叫ぶと、恐ろしく冷たい声が背後からした。
「おい! 言いたいことはそれだけか?」
中学時代に暴れまくっていた最悪の不良・池森タカオがそこに立っていたのだ。
「タカ!」
「タカくん!」
軽く奇跡とアヤメに会釈をするとタカオはヒデキのほうに向き直った。
「石井、お前さっきから聞いてりゃ、俺の女をバカにして。俺の恩人であり親友のアキラをバカにして。アキラの親父さんをバカにして。俺の大切な人らをコケにしてくれるとはいい度胸じゃねえか。それに俺も片親だよ。欠陥人間で悪かったな。俺は欠陥人間だから手加減なんてできねえぞ。お前、二度とサッカーできると思うなよ」
ヒデキは焦る。「こいつ池森か? あの札付きの不良として有名だった池森タカオか? 丸くなったと聞いていたが、全然変わってないじゃないか」。青ざめながら、なんとか言い訳を考えるヒデキ。
そのときヒデキの左手小指にアザが現れた。とてつもない熱と痛みにヒデキは昏倒する。「これはいったいなんだ?」。苦しむヒデキの脳裏に昨夜テシオンから言われた言葉が蘇る。
「私との契約を違えてアキラに害をなそうとしたら、その部分から体が切り落とされることになる」。
「まさかあれは夢ではなく現実だったのか?」。そうして苦しむヒデキを見てタカオは急激に冷めていく。
「なんだお前。体調悪いのか? ミラやアキラの悪口を言うから天罰でも当たったんじゃねえのか」
そう言って笑うタカオ。言い返す余裕はヒデキにはない。
「石井くん、体調悪いなら帰ったほうがいいよ」
アヤメが冷たくそう言って突き放す。
「じゃあミラちゃん、タカオくん。また今度ね」
「アヤメン、またね〜」
「アヤメちゃん。今度は週末だな。またね」
そうして3人は解散した。苦しむヒデキを取り残して。3人が場を去ってから、ヒデキの脳内にテシオンの声が響いた。
「お前、本当のバカなのか? 悪魔と契約した内容を無視するなんて。とりあえず罰だ」
その言葉が終わるか否か、ヒデキの小指に引きちぎられるような痛みが走る。
「すまなかった。夢か幻覚だと思っていたんだ。もう絶対にアキラのことには触れない。許してくれ!」
「本当にこれが最後だぞ。次は容赦なく切り落とすからな。わかったか!」
「わかりました……」
じつはテシオンは最初から何もかも見ていた。以前アキラの学校生活を覗く際に使ったハチを再度召喚して、ヒデキを四六時中監視していたからだ。アキラの悪口を言い始めた瞬間に指を切り落とすつもりだったが、奇跡やタカオ、アヤメの反応を見て「アキラ、慕われているなぁ」と感動したので、少し様子を見ていただけ。いつでも切り落とすことはできる状態だったのだ。
「本当に次はないと思え。調子に乗るな。お前の命はあたしが握っていることを忘れるな」
おし黙るヒデキ。
「返事は!」
「わかりました。すみませんでした」
ヒデキが謝罪すると、脳内に漂っていた色濃いテシオンの気配が消失する。「これからどうしていったらいいんだ」。ヒデキは絶望していた。どうしたらもなにもアキラと関わらなければいいだけなのだが、アヤメのこともありもうどうしたらいいかわからなくなっている。前途多難なヒデキだった。
ヒデキはいつ指を切り落とされるのか……。
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