酷い目に遭いましたよね? 2
テシオンの潜在能力は魔界一? とりあえず酒癖の悪さは一番です。
「テシオン、そのセリフをどこで?」
「何のことよ、サーちゃん。もう酔ってるの?」
サタンがここまで食いつくのには理由があった。テシオンが口にしたのは、人間界の人気ドラマ『ダイナマイト・ダンディー』の主人公・影山光一の決めゼリフだったからだ。じつはサタンはこのドラマの大ファンであった。
日々サタンは人間界で何が起きているかをチェックしている。そのなかで「ママゾンプライム」「ネットヘリックス」というサービスを見つけてしまい、いまでは人間界で昔放送されたドラマや映画にどハマりしているのだ。もちろん周囲にそのことは漏らしていない。
「うーん、何となく思いついたから言っただけ。深い意味はないよ。あたしの言うことに深い意味なんてあるわけないじゃん!」
そう言って明るく笑うテシオン。「ただの偶然でしたか……。ドラマの感想を語り合える仲間が見つかったのかとぬか喜びしてしまいましたね」、寂しく思いながらサタンはお酒を口に運んだ。
しばらく2人が談笑していると、怒りを露わにした悪魔が側にやってきた。タヤンというその悪魔は開口一番、テシオンを怒鳴りつけた。
「おい、新人! さっきから見ていたら何だその態度は。サタン様にあまりに無礼ではないか。身の程を弁えろ!!」
そう言うとテシオンに詰め寄ろうとしたので、サタンはそれを制した。「気に食わない」、サタンは率直にそう思った。タヤンはサタンに対するテシオンの態度を本気で怒っているわけではない。サタンの覚えめでたくなりたいがために怒ったフリをしている。それが透けて見えたからだ。
「何あんた。あたしとサーちゃんの仲を邪魔しようってわけ? あたしたち楽しく飲んでるだけなんだけど。いっしょに飲みたいなら、もっと違った言い方があるんじゃない?」
「誰がお前なんかと飲みたいと言った? 私はお前の態度が気に入らないと言っているのだ。偉大なるサタン様に対しての態度か、それが!」
テシオンに怒りながら、意識だけはチラチラとサタンに向けているタヤン。「まったく反吐が出る」。サタンは少々イラつき始めていた。「ぶっ飛ばしますかね」。そう思い始めたときに意外なことが起こった。
「あんたさぁ、本当は怒ってなんかいないでしょう? どうせサーちゃんに良く思われたいから言っているだけだよね。あたしそういう奴がいちばん嫌いなんだよね」
「何を言うか! 私は純粋にサタン様のことを思えばこそ」
「うるさい、消えな」
そう言葉を発した瞬間、テシオンはタヤンを軽く突き飛ばした。いや軽く突き飛ばしたかのように見えたというのが正解だ。なぜならばタヤンは壁を突き破り、どこまで飛んでいったのだから。
「え〜、マジかよ。ここから掛け合いが始まって、みんなをドッカンドッカン笑わせるはずだったのに。大げさなリアクション取るにしても、見えないところまで飛んでいくことないじゃん」
膨れっ面のテシオンを見ながらサタンは唖然としていた。「いまのが全力ではない? 私でも彼をあれくらい飛ばすとしたら、そうとうな魔力が必要ですよ」
「なんか醒めちゃったね。サーちゃん、飲み直そう!」
そう言ってサタンの肩をバシバシ叩くテシオン。「痛い? 私が痛みを感じているなんて……」。ふたたびサタンは驚かされる。
サタンは魔界の長であるがゆえ敵が多い。そのため常に攻撃に備えてかなりの強度を誇るシールド魔法をかけている。このシールドを破るとしたら幹部であるアスモデが全力で攻撃しても10分はかかるところだ。それを一瞬のペチペチでテシオンは破ったのだから驚くのも無理はない。
サタンの表情を見てアスモデも驚いていた。「まさかシールドを突き破っている?」。とんでもない魔力を持った新人。有望株ではあるが、どうも発言や考えに危ういところがある。「これは正しい方向に育成しないととんでもないことになりますね」。嬉しい気持ちの反面、万が一を考えるとアスモデは背筋が伸びた。
そしてそこからはテシオンの独演会であった。サタンを始め、幹部連中に絡むこと絡むこと。サタンですら痛みを感じる打撃で幹部たちをバシバシ叩く。悲鳴を上げる幹部たちのため、サタンやアスモデはそうとうな魔力を消費しながらテシオンをその都度止めたのであった。
〜現在〜
「あのときは疲れましたねぇ」
「いや本当に」
「酒癖はともかく……これは有望な子が現れたと喜びましたが、まさかこれほど結果が出ないとは思いませんでした」
「私の指導不足です。申し訳ございません」
「いえあなたは良くやってくれていますよ。あんな爆弾娘を上手に扱っているのですから。しかし決まりは決まりですからね。いくら有望でも666人失敗したら消えてもらうしかありません」
サタンのその言葉にアスモデはほんの少しだけ違和感を覚えた。「消えてもらうしかない」、その部分に少し喜びの感情が見て取れたからだ。「サタン様は自分の脅威になり得る魔力を秘めた存在が消えることに安堵している?」。一瞬だけそう思ったものの「考えすぎですね。力はあってもアホですから、サタン様に勝てる道理がありませんし。サタン様はそのような小さい考えを持つ方でもありません」と思い直し、サタンとともにアスモデは昼食を取りに出たのであった。
酒癖が良くない人、最近あまり見ない気がします。