契約完了?
ヒデキへの罰は過酷なものです。
深夜、自室でヒデキは闇バイトの報告を受けて怒りに震えていた。依頼を受けた相手から「依頼が失敗したこと」「アキラにはもう手出しをしないほうがいいこと」「おそらく誰が向かっていっても勝てないこと」を伝えられたからだ。料金を3倍にするから、さらに人数を集めて再度襲撃してほしいと提案したが、「自分たちの兄貴は殴れない」というわけがわからない返事が来て憤慨した。
「本当に使えない連中だ。しょせん闇バイト募集サイトにいるような奴らではこの程度か。それになんだ、兄貴って? わけがわからんな。バカしかいないのか」
こうなったら自分で手を下すしかない。どうしたら正体がバレずにアキラを襲えるか。生半可なやり方では返り討ちに遭うだろう。どうしたらアキラを消せるか。そんなことを真剣に考え始めたとき、不意に声がした。
「おい」
ビクッとして声のほうを向くと、そこには絶世の美女が立っていた。思わず見とれそうになるのを抑えてヒデキが声を上げる。
「どうやって俺の部屋に入った? 誰なんだお前は」
その問いにテシオンが答える。
「誰かって? 悪魔だよ。お前の敵でアキラの味方でもある。これ以上アキラやその家族を貶めるような真似はやめてもらおうか」
「嫌だね、断る。目障りなアイツが消えるまでやめない。悪魔だって? お前、頭大丈夫か? どうやって俺の部屋に入ったか知らないが早く出ていけよ。警察を呼ばれたいのか?」
それなら仕方がない。ため息をつきながらテシオンはヒデキの胸に腕を伸ばす。するとテシオンの手がヒデキの体内に吸い込まれていった。
「お前、何してんだ!」
そうヒデキは叫びたかったが叶わなかった。心臓を掴まれて、凄まじい激痛が体に走ったからだ。
「このまま心臓を握りつぶしてやろうか? それともアキラへの嫌がらせをやめるか。どうする?」
冷たい目でそう言うと、テシオンは手に力を入れようとする。苦しみのなかヒデキは「本物の悪魔なのか?」という不安も感じたが、「どうせデタラメに決まっている。これも幻覚かなにかを見せられているだけだ」と根拠がない自信を持っていた。
「やれるもんならやってみろよ」
息も絶え絶えに強がりを言うヒデキ。ゴミでも見るような目で蔑むテシオン。
「そうか。アキラの幼馴染だというから、ほんの少しだけでも情けをかけてやろうかと思ったが残念だ」
テシオンとしては改心するようであれば、悔い改めるようであれば、何もしないつもりであった。しかし肝心のヒデキはまったく反省していない。「どうしようもないゴミだな」。そう感じたテシオンは静かに言う。
「じゃあな。お別れだ」
そうしてテシオンが力を込めようとしたとき、ヒデキはやっとこの悪魔が本物で、自分を本気で殺すつもりだと理解した。
「待ってくれ。わかった。もうアキラには手出しをしない。約束する!」
テシオンが力を弱める。
「その言葉、相違ないか?」
「あぁ。約束だ」
「そうか」
ヒデキの言葉を聞いて邪悪な笑顔を浮かべるテシオン。ヒデキの心臓から手を離し、静かに腕を元の位置に戻していく。冷や汗でグッショリなりながら「この場を逃れればどうとでもなる」。ヒデキはそう考えていた。しかしすでに事態はどうしようもないところまで来ていた。ヒデキ自身の不用意な発言が原因で。取り返しがつかないことをしてしまったことにヒデキはまだ気づいていない。
「よし」
テシオンは指先をヒデキに向けて何かの文字を宙に描いた。描き終わった刹那、ヒデキの両腕、両足、手足すべての指に輪の形をしたアザが浮かび上がる。
「石井ヒデキ、お前は私に対して約束という言葉を使った。つまり契約が完了したというわけだ」
「契約? なんのことだ」
痛みから息も絶え絶えになっているヒデキが尋ねると、ニヤリとテシオンが笑う。とてつもない美形ということもあいまり、すさまじく冷徹に見えるその笑顔にヒデキは恐怖する。
「お前の魂は私に束縛されたのだ。死後、お前の魂は私の思いどおりとなる」
「そんな……。俺は契約なんてしてないぞ!」
「悪魔に約束をしたのはお前だ。私はアキラに手出しをするなとしか言っていない。それに対して約束という言葉を使ったのはお前だ。お前から契約してきたというわけだ」
「だったら! 悪魔との契約というなら俺の望みを叶えるとか。そういうのはないのか!」
「ないな」
冷たく言い放たれた言葉にヒデキは打ちのめされる。
「あれは我々悪魔サイドから契約を持ちかけた場合に適用されるものだ。今回はお前自身が勝手に契約を結んだ。だから願いごとを叶える義務はない」
「チクショウ!」
憤慨しているヒデキに対してテシオンはさらなる絶望を与える。
「お前の手足や指に浮かんだアザ。これはふだん見えないようにできている。しかしお前が私との契約を違えてアキラに害をなそうとしたら、その部分から体が切り落とされることになる。当たり前だが無理やり引きちぎるようなものだから、そうとう痛いぞ?」
「なんだと?」
「どこから切り落とすかは、私の気分次第だ。お前、サッカーで有望な選手らしいな。まずは右足首から切り落としてやろうか?」
「やめてくれ!」
涙目になりながらヒデキは懇願した。「誓うから。アキラには金輪際何もしない」。そう繰り返すヒデキにテシオンは言う。
「そうだ。アキラに手出しさえしなければ、そのアザは一生見えないし体が切り落とされることもない。簡単だろう? それ以外はお前が犯罪を犯そうがなにしようが、私のあずかり知らぬところだ。死ぬまではお前はなにか制限されることはない。アキラに手出しさえしなければな。いいか? アキラには絶対手出しをしない、それだけは胸に刻んでおけ」
そう言い残すとテシオンの姿は消えていた。
「なんだったんだ。あれは……。幻覚か? そうだよな。疲れているんだ。もう寝よう」
無理やり自分を納得させて寝ようとするヒデキ。いまだに痛みが残る胸のことも無視してどうにか床につくのだった。
ヒデキは改心するのか? それとも……。
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