酷い目に遭いましたよね? 1
少し過去のテシオンについてのエピソードです。全2回を予定しています。
トボトボと歩くテシオンの後ろ姿を窓から見つめながら、アスモデはつくづく思う。「どうしてあそこまで失敗できるのだろう?」
ボンヤリと考えていると部屋に誰かが入ってくる気配がした。
「彼女はもう出かけましたか?」
声の主は魔界を治めているサタン、その悪魔であった。
「これはサタン様。わざわざ様子を見にこられたのですか?」
「少し気になりましてね。それでどうですか、彼女の様子は?」
言葉遣いは丁寧だが、どこか威厳に満ちた雰囲気が漂う。言葉が覇気を纏っている。そういう印象である。長い付き合いのアスモデですら、意識していないといまだに圧倒されそうになる。さすがは魔界の長といったところだ。
「あの子の潜在能力からすると、失敗続きなのが信じられません。性格的なものが原因なのでしょう」
そう冷静に分析するアスモデ。テシオン本人にその自覚はないし、周りも気づいていないが彼女の魔力はサタンやアスモデを圧倒するくらいのものであった。その事実を知っているのは魔界の幹部連だけである。
「あのときは酷い目に遭いましたからね」
そう苦笑いを浮かべながらサタンが言うと「確かに」とアスモデも静かに頷いた。
サタンの言う「あのとき」とは、テシオンが後にお払い箱になる事務方に入ったばかりに開かれた宴のこと。人間社会でいう新入社員歓迎会のような宴席が設けられた。そこで泥酔したテシオンがサタンとアスモデに絡みまくったのだ。
〜5年前〜
「ちょっとサタン様じゃん! あたしの酒を飲んでよ」
「こら! テシオン、失礼ですよ。私たちの長に向かって」
「なによアスモデ? あんた今日は無礼講だって会の初めに言ってたじゃん」
「上司の私を呼び捨てですか……。無礼講だから何でも許されるというわけではありません。無礼講の名の下に消えていった悪魔が何体もいます」
「え〜、何それ。意味わかんない。だったら最初から無礼講なんて言わなきゃいいじゃん!」
一般的な悪魔ならば「まぁそういうこともあるか」「少々理不尽でも上司が言っているのだから」と納得するところだろうが、酔ったテシオンはその無邪気さのままにストレートな不満を口にする。
「まぁまぁ、アスモデ部長。確かに今日は無礼講だと言ったのですから大目に見ましょう」
見かねたサタンがアスモデに助け舟を出した。
「わ〜、さすがは我らがトップ! サーちゃん、良いこと言った。じゃああたしの酒、飲んでよね」
「サーちゃんですか…。初めて呼ばれましたよ。仕方ないですね。いただきましょう」
「よっ! イケメーン」
サタンの寛容さにほっとしながらも、アスモデはこの新顔の悪魔に手を焼く未来が想像できてしまい、頭が痛くなる思いであった。
「とりあえずこの場はサタン様にお願いして、私は宴の円滑な進行だけを心がけるとするか」。そう思い直してその場を後にしたアスモデだったが、事態はより深刻になっていく。テシオンがさらに悪酔いし始めたのだ。
「ちょっとサーちゃん。飲みが足りないんじゃないの?」
「そうですか? 美味しく頂いていますよ」
「いや、足らん! もっと飲むのだ」
「困りましたねぇ」
テシオンの無邪気さにサタンは新鮮な気持ちになっていた。「地獄の長」「魔界を統べる最強の悪魔」として畏敬の念で周りから見られることはあっても、一個人として扱われることなどほとんどなかったからだ。「とんでもないバカ、もしくは考えられないくらいの大物なのかもしれませんね」、そう思いながらテシオンに優しい視線を注いだ。
「お、何? サーちゃん、あたしに惚れちゃった? やめときな、あたしに触れると火傷するぜ!」
「ちょっと待って! あなたそのセリフをどこで覚えたのですか?」
テシオンが発した言葉にサタンは思わず身を乗り出して尋ねた。
無礼講で消えていった人……見てきました。無礼講とは?