料理の天才?
アキラの小料理屋開店です
テシオンが指を鳴らした刹那、カオルが笑顔で話しかけてきた。
「アイちゃん。久しぶりだね。そうか今日からだったな。忙しくて忘れてたよ」
「面倒かけてごめんね。しばらく厄介になるよ」
「そんなこと気にしないで。仕事大変そうだね」
「まぁね。でも基本は在宅ワークだから、家のことはちゃんと手伝うよ」
「ありがとう。アキラもちょっとは楽になると思うよ」
まるで旧知の仲のように親しげに話す2人。アキラがそっとテシオンに耳打ちする。
「どういうこと?」
「蕎麦屋であたしはアキラの親戚だって言っただろう。それを事実としてお父さんの記憶に魔力で植えつけた。あたしはアキラのお母さんの遠い親戚・アイ。仕事の都合でしばらくこの家に住むという設定」
「お母さんの名前から一文字抜いたんだ。安直……」
「うるさい!」
話している内容は聞こえていないもののカオルは2人のやりとりを楽しそうに見ていた。
「じゃあすぐに風呂に入ってくるよ。みんなでご飯食べよう。アイちゃん、アキラのご飯は本当に美味しいから。食べると元気になるんだよ!」
「父さん、ハードルを上げるのはやめてよ」
父が素直に自分が作った食事を褒めてくれて、アキラはくすぐったくなったが同時に「父さんありがとう。いつも美味しそうに食べてくれて」と嬉しくも思った。
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「マジか! これ美味いな。この鯖、塩加減、焼き加減が絶妙だわ」
ある程度予想はしていたものの、あまりの美味しさにテシオンは驚いた。
「本当? 美味しかったならよかった」
気に入ってもらえて良かったと安堵するアキラ。
「アキラの料理で美味しくないものなんてないよ。どれも優しい味がして、食べると家に帰ってきたんだなと実感できるんだ」
アキラの料理が何よりも好物のカオルは手放しで褒める。
久しぶりに賑やかな食卓になって、アキラはとても嬉しかった。「母さんが生きていたら、毎日こんな感じだったのかな?」。そんなことを考えながら食べていると、いつもより食事が美味しく感じた。
食後、アキラは片づけをすませるとふたたび料理を作り始めた。
「ん? どうしたアキラ。明日のお弁当の仕込みか?」
「ううん。父さん、久しぶりに早く帰ってきたからお酒飲むでしょう? おつまみを作っているんだ」
最近は忙しくてほとんどアルコールを口にしていないカオルだったが、いまほど忙しくなかったときは毎晩、食後にビールを飲んでいた。アキラはそのことを覚えていたのだ。
「ありがとう、アキラ……」
「ううん。テシオ……アイちゃんも飲むでしょう? 簡単につまめるものを作るね」
「アキラ、わかってんねぇ。君が作るものならなんでも良いよ。美味しいのはさっきのご飯でわかっているから」
「よしできたよ!」
そう言うとアキラは皿をいくつか食卓に運んできた。
「これはキュウリか?」
テシオンが不思議そうに訊く。
「うん。キュウリとゴマ油を和えてるんだ。ご飯食べたばかりだから、あまり重たいものは嫌かなと思って」
ただのキュウリにゴマ油。なんだかそっけない料理だなとテシオンは感じたが、ひと口食べて驚愕した。
「何、これ! これがキュウリ? あたしの中のキュウリという概念が完全に崩されたんだけど……。これはキュウリ界のビッグバンだよ!」
「大げさだなアイちゃん。相変わらずアキラのツマミは美味しいな」
テシオンとは反対にカオルは「アキラだから当たり前だろう」という態度でキュウリを口に運ぶ。
「いや、ちょっと。他のツマミも気になりすぎる!」
続けてテシオンは、アキラが用意した板わさに手を伸ばす。
「あぁ、このわさびの刺激とかまぼこの優しさが織りなすハーモニー!」
さらに枝豆を食べると……
「この茹で加減、そして適切な塩の振り方!」
いちいち感動して喜ぶテシオン。それを見て笑顔で息子を自慢してくるカオル。アキラは「こんなもので喜んでもらえるなんて、ちょっと恥ずかしいな。全然手がこんだ料理ではないのに。でも良かった」と嬉しくなった。
「よしカーくん。飲もう! まずはビールだ」
「アイちゃんは昔からビールが好きだもんなぁ」
「じゃあ僕はジュースで参加」
3人の楽しい夜は更けていくのであった。
作ってくれた人への感謝を忘れずに。料理は心です。
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