9、居場所
ジクロが私を助けてくれたことは、瞬く間に街中の噂になった。
戦士団内もその話題で持ちきりだ。
戦士団の副団長が事故から巫女を救ったという状況が民衆の関心を集め、絵本化までされてしまった。
そしてその絵本をみんなで見ているのだけれど⋯⋯
「なにこれ〜超ロマンチックなんですけど〜ねぇリファ。これって運命よね〜?」
カルバが私の肩を抱きながら何度も左右に揺する。
「なんだこの絵は。リファも俺もこんな顔じゃない。やり直しさせろ」
そう言ってジクロは絵本を手に取ろうとする。
「だめ!」
私は慌ててジクロから絵本を取り上げて自分の胸に抱きしめる。
「命の恩人ってやつだねー」
ニトロがジクロにまとわりつく。
「ジクロ。本当にありがとう。傷は大丈夫?」
ジクロは私を助ける時に怪我をした。
帰ってからすぐにカルバが見てくれたが、よく洗ってガーゼを当てておけばすぐに治るということだった。
訓練や戦闘にも支障ないらしい。
カルバが言うなら間違いないだろう。
でも、途中で菌が入ることもある。
経過は最後まで見ないと安心できない。
「何度も聞くな。大丈夫だ」
「次ガーゼ替える時、私がやるよ」
「いらねぇ。ガキじゃねぇんだぞ」
「いやでも心配だし、最後まで責任を持たないと⋯⋯」
その言葉を聞くとニトロがニヤニヤし始める。
「ねーリファー。異性が怪我をしたときの責任の取り方って知ってるー?」
ニトロが今度は私に絡んでくる。
「お金とか。労働とか?」
「ちっちっ」
ニトロは立てた人差し指を左右に振りながら言う。
そして私に耳打ちする。
「⋯⋯⋯⋯結婚」
「え〜!」
私は驚いて飛びのく。
「おい。お前なんつったんだ。変なこと吹き込んだんじゃねぇだろうな?」
「傷物にしたんじゃ仕方ないよねー」
ニトロが言うと、ジクロはニトロの首根っこを捕まえて物陰に消えていった。
この時、一緒に居たテオがどんな表情をしていたのか私たちは誰も見ていなかった―—
—―その日の夜
私は結局、ジクロのガーゼ交換をするために部屋に押しかけていた。
ジクロはベッドの上で足を伸ばしている。
ジクロの部屋は清潔感に溢れ、机や椅子などの家具の向きは床板の向きとぴったり平行に合っていて、本棚の本の背表紙の高さはきれいに揃っている。
たぶん元々は私と似たような部屋なはずなのにこうも使い方によって性格が出るんだな…。
妙に関心してしまう。
「おい。人の部屋をじろじろ見回してんじゃねぇぞ」
「いやあまりにも整ってるから⋯⋯ごめんなさい」
「まぁな」
ジクロは少し得意げだ。
「ジクロは戦士団が長いのに荷物がそんなに多くないんだね」
「赤ん坊が身一つで拠点の入口に捨てられてたらしいからな。他のやつらみたいに家から持ってくるものがないだけだ」
「そうなんだね」
私はその話になんとなく違和感を覚える。
親が赤子を捨てる場所に戦士団を選ぶのだろうか。
街には病院や教会もあるのに。
それに、この世界では羽根の色が遺伝するようだ。
ジクロのように黒い羽根なら、親が生きていればすぐに見つかりそうな気もする。
「で、責任とってくれんのか?」
唐突な言葉に驚く。
「え? 結婚するの?」
「ニトロ、あの野郎⋯⋯その話は一旦忘れろ」
ジクロは一瞬ニトロの部屋の方向を睨むようにしながら言った。
「何でもします⋯⋯」
果たして私にできることはあるのだろうか⋯⋯
「今、何でもつったな?」
「はい⋯⋯何でもです⋯⋯」
ジクロが私をじっと見ている。
私もジクロをじっと見る。
お風呂上がりのジクロは、いつもより肌が火照っているように見える。
「笑わないか?」
「? はい⋯⋯」
「⋯⋯俺が眠れるまでここにいてほしい。背中を撫でてほしい。お前にしか頼めない」
ジクロは甘えるような目で言った。
あぁ⋯⋯この人はなんて愛おしいんだろう⋯⋯
副団長としての重い責任、仲間の死や自分の生い立ち⋯⋯この人は一人でたくさんのものをこの背中に背負っている。
いつも眠れぬ長い夜に、苦しんでいる。
でも、この人は誰にも弱音を吐かなかった。
みんなの兄で居続けた。
そんな彼が私には甘えてくれる。
それがとても愛おしかった。
「いいよ。撫でてあげる。どうして欲しい?」
「こっちに来てくれ」
ジクロは私をベッドに招いた。
ベッドにうつ伏せになるジクロに私はお布団をかけてあげる。
そして、ジクロの隣に寝転んだ。
私はジクロの背中を撫でる。
あったかい⋯⋯
「ジクロ、おやすみなさい」
「あぁ。リファ、ありがとう」
ジクロは1時間も経たないうちに寝息を立て始めた。
私は、安心しきったその寝顔をずっと見つめていた。