13、約束
月明かりがきれいな夜のこと、私とジクロは池のほとりに来ていた。
池の水面には月が反射してゆらゆら揺れている。
「すごくきれいな場所だね」
「あぁ」
「連れてきてくれてありがとう」
「あぁ」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
沈黙が続く。
私は沈黙が苦しくなり、口を開く。
「そういえばジクロは暗くても目が見えるの?」
この世界の人々は暗いところでは目が見えにくいと聞いた。
でもジクロは道中も私と同じかそれ以上に見えているような気がした。
「あぁ。他のやつらよりは暗さに慣れるのが早い方なんじゃないか? 光が全く無いと見えないけどな」
ジクロは教えてくれた。
また沈黙が流れる。
しばらくして、ジクロの静かなため息が聞こえてきた後⋯⋯
「なぁ。俺のこと、避けてんのか?」
ジクロの目は伏せられ、池を見つめている。
「うん。避けてる⋯⋯」
私は正直に答えた。
「なんでだ?」
「言えない⋯⋯」
そうだ。こんなこと言いたくない。
「俺が何かしちまったのか?」
「⋯⋯違う」
「そうか」
ジクロはそれ以上、理由を聞いてこなかった。
それに安堵した一方で罪悪感を抱く。
「もう、仲直りしてくれないのか?」
ジクロの声が静かに響く。
「本当は、仲直り⋯⋯したい」
私は膝を抱えながら答えた。
でも形だけ仲直りしたって意味がない。
「仲直りしたい。でも⋯⋯私はね、子供っぽいの。それで⋯⋯いつもジクロに子供扱いされて拗ねちゃったの。子供っぽいくせに、他の男の人とキスはできるの。こんな人間はジクロの側にいる資格はないから」
私はジクロの顔を見ながら答えた。
ジクロは私の顔を見た。
少し驚いたように目を見開いていた。
その後、また目を伏せた。
「今まで悪かったな。子供扱いが嫌だったんだな」
そう言うとジクロは私の肩を抱き寄せた。
「でも。俺はお前のことを本気で子供だと思ったことはない。ずっと一人の女として見てきたつもりだった。それに、他の男とキスしたことがあったら駄目なのか? そんなやつごまんといる。そんなことで俺はお前に避けられちまうのか?」
違うよ⋯⋯私の場合は過去の恋愛とかじゃない。
「だって⋯⋯私は楽なほうに流されようとしたから。彼のことも傷つけたから。ずるいことしたから」
私はここに来る前に、テオに告白の返事をして来た。
テオは、少し悲しそうな顔をしていたが、応援してると言ってくれた。
「⋯⋯今までのことはもういい。二股かけたわけでもあるまいし。俺とお前はまだちゃんと始まってなかったんだからな。今から始めればいいんだ。これからは俺だけを見てくれ。それでいいだろ? 今まで悪かった。寂しい思いをさせて悪かった」
ジクロは私を強く抱きしめた。
あぁ、ずっとこうして欲しかった。
ひび割れていた心が潤いに満たされて傷が治っていく⋯⋯
それから、私の両肩に手を乗せて、目を見ながら言ってくれた。
「俺はお前が好きだ。幸せにする⋯⋯約束する。だからずっと側にいてくれないか。家族に⋯⋯なってくれないか?」
その瞬間、ジクロ以外のものが世界から消えたような感覚がした。
何も感じない。虫の鳴き声も、風が頬をなでる感覚も、草の匂いも⋯⋯
感じるのはジクロだけ⋯⋯
「おい。泣くなよ」
ジクロは微笑みながら私の頬を伝った涙を拭ってくれる。
「私も好き。ジクロが好き。ずっと一緒にいる。ずっと⋯⋯一緒にいる」
私はジクロに抱きついた。
絶対に離さない。
もう離れたくない。
ジクロはいつまでも私の背中を撫でてくれた。