第1話
このクソッタレな世界で、たったひとつ、何よりも誰よりも大切な人が——犯されていた。
裸に剥かれ、痛めつけられ、赤く腫れ上がったカラダ。遠慮も容赦も、配慮のカケラもない暴力的で無慈悲な行為が彼女を襲っている。
だと言うのに、禁術によって強制発情させられた彼女は、甲高く喘ぎ、痛み以上の快楽に身を任せることしかできないのだ。
「あぁ————っ」
それをただ眺めているボクは、一体、何なんだ。
ヤツの興奮を煽るだけのスパイスとして、ボクは生かされている。鎖に繋がれ、魔力を封じられ、何もできない。
愛する人ひとり、救えない……!!
ボクは、私は、なんて無力なんだろうか————。
◇◆◇
昨夜クリアしたエロゲでエグめの奴隷調教をされる姫騎士様が、寝室にいた。
——セシリア・ローズクォーツ。
「………………っ」
俺に気づいた彼女はまるで怯えるようにグッと身体を強張らせて縮こまる。
ジャラリと、金属音がなった。その手足は痛々しい奴隷の枷で繋がれている。
そこに王族であり騎士であった頃の面影など欠片もなく、存在するのはボロ布の少女のみ。
美しかった金色の髪は乱れ果て、紅玉の瞳は曇りきっていた。
「なぁ」
俺はセシリアに一歩、近づく。
「ひっ……!?」
するとセシリアはサッと顔を青ざめた。
尻もちをついたまま必死で後退り、自ら壁際へと追い詰められていく。
「や、やめて……もう、やめて、ください。ひどいこと、しないで……辛いんです苦しいんです……私、もう…………」
「………………っ」
それはあまりにも悲壮で痛ましく、現代日本で平穏に生きてきた俺に取って非現実的すぎる光景だった。胸がキュッと絞められる。
暴力的な調教の数々によってセシリアに刻みつけられた恐怖。その心はもう、完全に折られていた。
「あんたは、奴隷なんかじゃない」
ベタベタの唾を飲み込みながら、俺はなんとか口を開いた。
ここは、日本だ。ゲームの世界とは違う。
異世界転移なのかなんだか知らないが、日本に奴隷なんていないのだから。
「そ、それって、どういう……まさか、廃棄、ですか………………?」
しかし、良かれと思って紡いだ言葉は、上手く伝わらない。
セシリアの表情に焦りが滲む。彼女は震えながら土下座した。
「も、申し訳ありませんでした……わ、私、辛くありません苦しくありません。ご主人様にお仕えできて、し、しあ、わせ、です……だから、もっと、ご奉仕させてください………」
勘違いが加速するセシリアはむりやりな笑みを浮かべながら擦り寄ってくる。
俺とゲーム内の”ご主人様”の区別すらついていないまま、傷だらけの手を、当然のように俺の下半身へ伸ばしてきた。
「そういうことじゃないって」
「あっ……」
その手を払いのける。
そっとできる限り優しくしたはずなのに、セシリアは打ちのめされ、まるでこの世の終わりかのように唖然とした。
「あ、い、いや、だから——」
すぐさま否定するために声をかけ直すが、
「————あ、あぁっ!?」
俺の機嫌を損ねてしまったと思ったのだろう。
首を縮こめてブルブルと震えながらパニックに陥るその姿を見て、俺はまた言葉を失った。
俺は元々、人相が良い方じゃない。
目つきは無意味に鋭くて恐ろしいし、笑い方はぎこちないとよく言われる。口が悪くて世渡りの下手な俺は、就職にも随分と苦労した。
そんな俺とあの極悪極まりない”ご主人”を重ねてしまっているのだろうか。
言葉を伝えることは難しい。平静な相手に対してでさえ俺にとってはそうなのだから、今はもはや不可能と言っていい。
だったら、どうすればいい。
少々考えたのち、俺は彼女との距離感を見極めつつ再度近づいて、腰を下ろした。
「ひっ」
セシリアは瞳を揺らして、腰を引く。しかしその背後には部屋の壁だけだ。
俺は、彼女の手を縛り付ける手枷を掴んだ。
一か、八か——
両手にチカラを込める。
「え……?」
そして、枷を引きちぎった。
壊れた鎖はボロボロと崩れるようにして大気中に消えていく。
「おお、マジで壊せた……!」
この手枷は、魔力によって作られている。
作中でそう語られていた。
主人の魔力によって生み出された手足枷こそが、奴隷の証。
セシリアを奴隷たらしめている根源だ。
しかし今、ここにその主人はおらず、世界は隔絶されているとしたら。
俺は脚を繋ぐ枷にも手を伸ばし、ぶっ壊した。魔力の供給を失って脆くなっていたそれは、いとも簡単に消滅する。
「な、なんで……え……?」
「言ったろ。あんたはもう奴隷じゃない」
「……………………。……? ほんとう、に……? あ、あぁ……」
セシリアは自由になった両手を虚ろな瞳で見つめる。涙がポツポツと落ちた。とめどなく、大雨のように降り続ける。
ついにはぐちゃぐちゃになった顔を両手で覆い隠し、腰を丸く折り曲げた。
「——————————っ!!」
声にすらならない、咽び泣き。獣のような慟哭。
奴隷に堕ち、全てに絶望していた少女は解放された。
かけるべき言葉など見つかるはずもなく、俺は寝室から抜け出した。