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旅館に怪盗が現れたんだけど、普通旅館に怪盗って来る?

探偵たちの初めての社員旅行in岐阜です!


岐阜要素は薄めです!


フィクションですので、岐阜を題材にしていますが、登場する人物や団体、お店は架空のものです!


警察もこの世界の警察なので、現実とは異なります!


軽い気持ちで読んでもらえると幸いです!



「下呂温泉に売ってる牛乳さぁー。下呂牛乳って名前らしいよぉ?」


「やべぇwww逆に絶対飲むべ?www」


 笑いながら「だよねぇwww」と楽しそうなティフォンは、開いた両手を口元に当てくふくふと笑い続ける。その仕草はあざとく見えるものだが、彼に全くその気は事をわかっているセタは、写真を撮るだけで指摘したりはしなかった。


 二人は電車に揺られながら、中身のない会話を永遠と続けていたかと思うと、急に二人とも無口になってぼーっとしたり、幼馴染ならではの素を全開にして、実家のような安心感と、初めて足を踏み入れる地方へのドキドキと共に目的地までたどり着く。


 駅を出て目的地まで辿る道についた2人を、夏の日差しと温泉街独特の匂いが迎えた。


「思ってた5倍は……ファンシーなとこだな。」


「めっちゃカエルいるぅ。かわいー。」


 思っていた以上に色とりどりの……特に目に優しい緑が多い理由は、数多くのデフォルトされたカエル達が目に付くからだ。


 小走りになってかけていくティフォンは、様々なカエルの看板や人形を写真に収め始める。


 どこか憎めない顔のカエル達が、こぞって店の宣伝をしてくれているので、大体どの店も何を売っているのかすぐ理解できた。


 ゲロゲロプリン、ゲロゲロ焼きおにぎり、カエルちゃんティラミス……。


 どれも地元には無いもので、別の県に来たなと実感する。


下呂ゲロだから、カエルってことか。」


 セタも、そのカラフルなのにどこか古めかしい雰囲気を楽しみながら、ゆっくりと足を進めた。


 もちろんスイーツも気になるが、飛騨牛を食いたい。この辺りには肉寿司やひつまぶしがあったはずだと、事前に調べてきたマップを携帯で確認する。


「しっかし、蒸し暑っちぃなぁ。」


 北海道とは違い、日差しだけではない蒸すような暑さにすぐ額を汗がつたっていく。


 セタはそれを袖で軽く拭って前を見ると、汗なんか気にすることなく、カエル達を見つけては走るを繰り返す子供のようなティフォンが目に映り、水分を取るよう軽く注意した。


 この蒸し暑さの後の風呂は格別だろうなと少し嬉しくなったが、隣を通り過ぎるカップルの会話が無意識に耳に流れ込んできてその嬉しさは身を潜めてしまう。


「聞いた?ここって夕方だと女の子の幽霊が出るらしいよ?」


「あれだろ?呪いの子守唄を歌いながら旅館に案内するってやつ。」


 夏だからなのか、仲がいいからなのか、カップルは怪談話で盛り上がっていく。聞きたくないし、頭に残したくないはずなのに、何故か耳が勝手に最後までそのカップルの話を聞こうとしてしまっていた。


 明らかに嘘だとわかるまで聞いて、安心したかったのかもしれない。


「本当は廃墟の旅館なのに、連れて行かれる人は普通の旅館に見えて気が付かないらしいな。」


「そうそう!お代として腕か足か選ばされるやつ!!」


 この手の話が苦手なセタは、ありえないとは思いつつも、無意識に1人を避けようとティフォンを探した。だが、この数十秒の間目を離しただけのティフォンの姿が見当たらなくなっている。


 「は!?」と道で出すような声ではない大きさの驚きの声を響かせてしまった。


 恥ずかしさと焦りと怒りが混ざり合いながらも、ティフォンを探すために小走りで進む。5分ほど小走りで進むと、幸いにもティフォンはすぐに見つかった。


 ティフォンは、見知らぬ小さな女の子のために這いつくばって、自動販売の下に入り込んでしまっているナニカを取ってあげている。


 この時代だと珍しいおかっぱの女の子を見て、なんだかさっきの噂話を思い出してしまったセタは、今は昼だしと心の中で自分に言い聞かせて近づく。


 セタがティフォン達に声を掛ける寸前くらいのタイミングで、ティフォンが女の子の人形の救出に成功し、それを自分の服の汚れていない部分を使って拭いてあげてから手渡した。


 人がジロジロ見ながら通行していても、まるでその人達は見えていないように振る舞い、ズボンが汚れることを厭わないで膝立ちしてまで女の子に目線を合わせているティフォンは、地元でなくても周りから怪訝な顔で見られてしまう変わったやつだ。


 変わったているけど、底抜けにいいやつである幼馴染を、セタは少しでも通行人の見世物にされないよう、自分が壁になる気であえて立ったままでいた。


 人形を手渡された女の子は、一言も何もなく走り去ってしまう。それすら気にする素振りもなく「転ばないようにね。」と声をかけた砂まみれのティフォンを、今度はセタが自分のタオルで乱暴に拭った。


 途中「うぐぅ。」と苦しめな声が漏れたけど、心配させたのだから甘んじて受けろと拭き続ける。気の済んできた頃に、まるでストップとでも言っているかのようにティフォンが両手を上げた。


「ありがとうセタ、もういいよ。あとは自分でやるから。」


 一応気が済んでいたので、セタはすぐに拭くのをやめてタオルをしまいながらティフォンに問う。


「なして、そんなとこに人形なんか入ってたんだよ。転がっては無理があんだろ。」


 人形があったのは、自動販売機の下だ。


 ボールでもない布地の人形が、ティフォンが這いつくばって手を伸ばさなければならないほど奥まで転がるとは思えなかった。


 セタ問いに、ティフォンは「あぁ…」と珍しく曖昧な答えを返したので、セタはそこまで気になっていなかったのに逆に気になってしまった。


 でも、ティフォンは「手を洗いたいな。」とだけ言って、セタを見ずに歩き出してしまう。


 トイレを検索してあげてティフォンに伝えると、「ありがとう!」といつも以上に大きな声を出して走っていく事も含め、何かあったのかと心配になった。


 ティフォンが離れ、また怪談話が頭をよぎり、人形が自分から自動販売機の下へ潜り込んでいく想像をしてしまったセタは、小さく震えたあと馬鹿馬鹿しいと己を叱責した。


 トイレからティフォンが出てきたところで、この地では聞くことはないと思っていた声が聞こえる。


「二人ともやっほぉ〜!」


「「ルプス!?」」


「奇遇ぅ~~~!」


 ティフォンは素直に喜び、「すごい偶然!!」とルプスに駆け寄っていったが、セタは先日、ここに2人で旅行に来ることをルプスに伝えていたので、「あいつ……まさか?」と少し警戒していた。


 セタだって、知り合いが幼馴染のストーカーなんてことになってほしくない。できれば自分の考えすぎであってくれと本気で願っていた。


「セタ!!飛騨牛の肉寿司売ってるとこあるけどいかない!?俺奢るよ!」


 そう言いながら、ニコニコとおいでおいでをしているルプスに、(お前どうしてここにいんだよ)と聞いたつもりが、「俺3皿は食べる気で来てるけど。」と口から出ていたセタは、結局何も聞けずに店に同行した。





「俺が奢るって言ったじゃん!」


「いつもいっぱいお菓子を持ってきてくれるじゃん。今日ぐらいさ。」


 いつの間にか全員分の会計を済ませていたティフォンにルプスは驚愕しているが、セタは「またこいつの悪い癖がでているな。」と思うだけで、飛騨牛の美しいサシの入った寿司を口いっぱい頬張り堪能していた。


 悪い癖ではあるが、むしろ今回は金額的にセーフの範囲だ。


 ティフォンは、気に入った人に貢ぐことに喜びを感じてしまう、推しに投げ銭を惜しまないタイプだ。


 つまり、推しと言えるほどルプスを気に入ってしまっていることにもなるが…ルプスならば、投げ銭を求めるタイプではないからいいだろうと結論付け、二皿目を頬張る。


 推しだし、男相手だからこのくらいで我慢しているのもわかっていた。


 女の子とか、好きな子ならこの比ではない。


 昔、ティフォンは小悪魔………いや、悪魔的な女の子にちょっと絡まれていた時期があった。最初は飯を奢らされていただけだったが、彼女側には何も要求しないティフォン(彼女いない歴年齢)を上手く操っている気にでもなったのか、要求はエスカレートしていった。


 セタがようやく「あれ?ティフォンのやつもしかしてカモにされてね?」と気がついたときには、彼氏のプレゼント買ってとか意味わからない事を言われた挙げ句、本当に買ってあげいて、流石に頭を思い切り叩いて説教をした後すぐその関係を終わらせた。


 ティフォン曰く、「お兄ちゃん」と言われ慕われたから、断れなくなっていたらしい。


 ティフォンも大人なのだから、彼の人間関係に自分は口出しはしないと考えいた自分を捨てた出来事でもあった。


 セタ自身、軽い女性恐怖症になりかけるくらいの衝撃だった過去を忘れるために、また飛騨牛を頬張る。


 美味しい牛肉と米の旨味と、温かみのある木のテーブルや、偶然、誰も観光客のいない静かな店の中のイートインスペースに、僅かな騒がしさをもたらしているテレビ、全てにセタの嫌な気分はしっかりと消されていった。


 

 ティフォンも横で「美味しいねぇ。」と横でニコニコと笑っている。


 幼馴染(男)に対する言動にしては、過保護だと言われてもしょうがないとセタ自身思っていたが、もう自分達はしょうがないくらいの気でいた。


 そして、その過保護はルプスにも伝染している気がしている。


 元々気が利くタイプなのだろうが、ルプスはティフォンにことさら世話を焼いている気がしていた。今も、ズボンにタレをこぼしたティフォンが雑に拭こうとしたのを止め、ほとんど跡が残らないように拭いてる。


 そんなルプスの世話焼きを、ティフォンは嫌がることも恥ずかしがることもしないし、本心から礼を言っていた。


 


「ルプスはすごいね、手品みたい。」


 綺麗に跡が残らなかった箇所を見て、純粋な子供のように素直な感想を述べるティフォンを、ルプスは少し心配が混じった目で見つめる。セタは「こいつこんなもんじゃねぇぞ」と言ってやりたかったが、ここではやめておいた。


「ティフォン達、ちゃんと依頼主に断れた?絶対に怪しいことに首を突っ込んじゃダメだよ。」


「明日しっかり断って帰るよ。」


 ね?と同意を求めてくるティフォンに、セタはそうだなと返したが、ルプスの不安そうな顔は戻ることはなかった。


「ルプスは仕事で来たんでしょ?暑いし体調とか気をつけてよ?」


 そんな彼の不安を消してあげたかったのだろう、ティフォンが話題を変える。


 ルプスのストーカー疑惑を拭い去りたかったセタも自然にその話題にった。


「前から聞こうとおもってたけど、普通にお前ってなんの仕事してんの?」


 よくぞ聞いてくれましたとばかりにニヤリと笑ったルプスは、「フッフッフッ…」と古典的な笑い方をしながら何処からともなく鞄を取り出し、その中から黒と紫のTシャツを取り出した。


「俺は、オリジナルのTシャツや小物を売ってるよ!!」


 バァーン!!と効果音がついてそうなほど堂々と広げられたTシャツは、目を引くアーティスティックな柄のもので、筆で絵の具を走らせている様に躍動感ある美しいものだ。


「スッゴ!!」


「まじかよ…。」


 思わず、2人が魅入ってしまう出来のそれは、なんともセンスの良いものだ。


 見たこともない印刷式のタグは、ルプスがオリジナルで作った証だろう。そのタグの文字が英語かどうかもわからないセタは、なんだか敗北を感じた。


「これ普通にほしい〜。」


 ティフォンがTシャツの模様を優しく撫でる。それを嬉しそうに見ているルプスは穏やかな声で、「これ、あげるよ。」と見せていたTシャツを渡し、またどこからか小物をポンポンと取り出してテーブルに並べていった。


 どれも個性的だが、センスの高いもので若い人達に受けそうなデザインのものだし、Tシャツ同様とても美しい色彩だった。


「丁度ここらへんでフリーマケットが開催されるから、明日出店する予定なんだ!」


「なら、今回はもらえないなぁ。」


 残念そうにシャツを返すティフォンに、驚いたのはルプスの方だった。


「なんで!?いいよ一枚くらい!!」


「だって、この1枚に出会いたい人がいるかもしれないでしょ?」


 こう言い出したティフォンは頑固だとわかっているセタは、ショックを受けているルプスに申し訳無さを感じるが、やはりティフォンは譲る気がない。


「俺も、明日ちゃんと現場に行って買うよ。フライングは良くないよね。」


 それなら、今もらっても同じじゃねぇかと思われるかもしれないが、ティフォンの中のオタク的なモラルがそれを許さない。


 ティフォンのかなり面倒くさい部分であるし、人から毛嫌いされることのある部分であるが、セタはティフォンの気持ちも少しわかるので直せとは思っていなかった。


 だから、ルプスがこのティフォンの面倒くさい所を許容できるかは、セタ的に賭けに近い。


 ティフォンの中の譲れないものであるから、ルプスが面倒くさいと思ってしまえばそれまでだったが、今のところルプスからは困惑以外の感情を見つけられなかった。


「そうだ、ルプスはどこに泊まる予定なの?俺達はアルなんとかって大きなとこだけど。」


話題を変えたティフォンに、「覚えてねぇのかよ。」と咄嗟にツッコミを入れてしまったセタは、携帯で宿の情報をルプスに見せる。


 ルプスは軽く画面を見て「俺もそこの近くの民宿だよ。」と変えられた話題に合わせた。良いやつだよなぁとセタは感心すると同時に、ストーカーではなさそうで安心もしていた。


「そっか、同じ宿だったらよかったなぁ。」


「今度3人でどっか行っちゃう?」


「え!?めっちゃ行きたい!!」


 セタも、それはそれで楽しそうだなと2人の会話に加わろうとしたところで、店に設置されていたテレビが聞き慣れない音を流し、3人は自然と黙ってテレビを見た。


『緊急ニュースです。』


 神妙な顔をした女性アナウンサーが、大きなスクリーンの前に立ちこちらに向かって語りかけている。


『世界中で〝令和の奇術師〟だと話題となっている怪盗が、日本で犯行予告を出していた事がわかりました。』


「あれ?この前の新潟のやつ?」


 ティフォンがつぶやいたように、先月新潟で怪盗が美術品を盗んだ件になにか進展があったんだろうと思ったセタ達は、ティフォンに軽く同意しながら目線をテレビからは外さなかった。先月に出た情報は盗まれた物とその価格ぐらいしか公表されていないので、少なからず興味を持っていたからだ。


「情報が遅れて公表されるのはしょうがないからね。」


「むしろそれが普通だしな。犯行前に情報を拡散なんて、混乱しか招かねぇよ。怪盗しか得しねぇし、普通にあぶねぇし。」


「お祭りでも、人波で怪我人とか出るもんね。」



 三者三様の感想を述べたところで、3人共が思いもしない内容がテロップやアナウンサーの後ろに設置されたプロジェクターに映される。


『警察の情報があやまってネットで拡散されてしまったことにより、怪盗の犯行が今夜、岐阜県の下呂市で現れることが昼頃から拡散され…』


「「「え?」」」


 あまりにも予想外なニュースに、3人は声も顔も揃って困惑した。


「は!?普通にありえねぇだろ!!」


 ワンテンポ遅れてツッコミを入れたセタをなだめる人はいない。


 ティフォンは直ぐ様、本当にネットでそんな騒動があったのか調べ、ニュースよりも事細かに情報を拾っていく。


「うわぁ……マジでここじゃん。」



「あー…。」


「ルプス?」


 今まで聞いたことのないようなルプスの落胆を含む声色に、ティフォンは反射的に声をかけ、セタはその落胆の原因に勘づいてしまったた気がして黙って彼を見た。


「明日のフリーマケット、中止になっちゃった。」


 残念そうに眉毛を下げて、それでも無理に笑いながら携帯をこちらに向ける。


 映し出されたのは、セタの予想通り混乱を避けるためフリーマーケットは中止するという文面。


 運営からの決定事項のようで、延期ではなく中止と書かれているのがセタには悲しみを、ティフォンには怒りをつれてきた。


「はぁ?許せねぇ。出くわしたら一発入れてやろうかな。」


 もちろん、ティフォンの一発入れたい相手は怪盗である。わかっていてセタは文句を言わなかったし、ルプスは携帯をしまってティフォンをなだめた。


「やめようよ。危ないことしないで?」


「こいつ人殴れねぇから。ゲームでしか戦えねぇから。」


「いや、今日はいける気がする。今日はムカついてる。」


 それでもセタはルプスほど心配してなかった。まず、怪盗に会うことは無いだろうし、会ってもティフォンは殴らないと分かりきっていたからだ。


 せめて、これからの時間をルプスの楽しめるものにするため、セタは怪盗の予告状を見たり、考察や出現場所をネットで見ながら、そことは離れた場所で楽しそうな場所を検索していく。


 検索しながら、セタは軽く疑問を持った。


「しっかし、そんな世界を股にかける怪盗が狙う宝ってのが、下呂市の美術館にあるなんてな。」


 優秀なネット民が、かなり早い段階でターゲットが展示されているであろう美術館を特定し、警察が張り込んでいる場所すらも予想しているようだが、同じ優秀なネット民であるはずのティフォンは何故か

「ん〜〜〜〜。」と言いながら別の場所を携帯に出し、ズームしてセタ達に見せてくる。


「“コレ”が本物なら、今騒がれてる場所じゃなくて俺達の泊まる旅館のそばにある神社に出現するよ。」


 ティフォンの美しい黒曜石のような黒い瞳が光ったような気がして、セタは小声になる。


「マジでゆってる?」


「うん。これしか、共通点が無いもん。」


 いつもの様にニコッと笑うから、ティフォンの目は隠れたが、セタ達の困惑は膨れ上がっていった。


 ティフォンの携帯に映っているのは、抹茶を飲むための器だ。


 全体が黒く光り、その中に小さく天の川のような輝きが見えるので確かに綺麗ではあるが、今まで怪盗がこんな和風なもの盗んだ記録は無いし、何より警備員もいない様な古い神社に、誰でも観れる様に飾ってある物であることから、何故ティフォンがコレを盗まれると思ったのか検討もつかなかった。


 もちろん、セタが軽く調べた限りネットではこの神社の話題は一つもない。


 しかしティフォンは、この前ネットにもニュースにもなっていない怪盗が盗む宝の共通点を考察していたことから、ティフォンの中で根拠のあるものだとはわかった。


 セタが詳しく聞く前に、ルプスが小声でティフォンに聞く。


「ティフォンは、この情報どこで手に入れてるの?警察でもないよね?」


 もちろん、一般人であるティフォンは警察の情報なんて知らない。というか、警察すら知らない情報の可能性がでてきて、セタは少しだけ周りを気にしたが、やはり店には誰もいないことにひとまずホッとした。


「最初の獲物だった博物館って、カナダだったでしょ?あそこの博物館で働いてる人とソシャゲ仲間なんだよ。」


「そうなの!?あそこ日本人いただけ?!」


「こいつ、英語できるんだよ。」


「できるとまでは言えないよ。ゲーム内でコミュニケーション取れる程度。」


 警察の情報じゃないだろ?の質問に対して、ティフォンの答えは解答にならないものだった。でも、ティフォンはわざとはぐらかしているとかなく、ティフォンの中で話が繋がっていて、主語も何もかももすっ飛ばしているだけだと長年の付き合いでわかっているセタは、そっと話を誘導する。


「そのカナダの博物館と、今回の宝が関係してんの?」


「博物館が関係してるって感じでは無くてね、盗まれた物がこの神社のコレと関連があるんだよ。コレが本物ならだけど。」


「マジかよ。」


「その人が、茶碗のことを知ってたの?」


「コレは俺が個人で調べたよ。元々、今日見に行こうかなと思ってたくらい。本物ならすごいし。」


「そういえばお前、最近茶碗ハマってたな。」


「うん。コレは欲しいくらい綺麗だなと思って。」


 ティフォンがここまで物欲を出すモノは珍しいなと、改めてセタは茶碗を見た。


 高そうだなくらいのあっさい感想しか浮かばない自分では、怪盗がわざわざ予告状を出してまで派手に窃盗する理由は思いつきもしないなと心の中でため息をつく。


 チラリと前を見ると、自分より美術品に詳しいであろうルプスは、完全に茶碗よりティフォンに興味を持っていかれていた。


「本当に?欲しいだけで探し当てたの?カナダの人からなにか言われたとかなく?」


「うん。カナダで怪盗が出現したときも、彼はかなり興奮して語っててさ、会話とも言えないくらいで、情報交換的なものの気なんか一切無かったよ。アルセーヌルパンよりジャパニーズ忍者に近い!とか言ってて、忍者は存在した!ビューティフルアンドエキサイティング!!てなってたんだよね。」


「忍者かぁ…。」


 半信半疑なのか、どこか宙を向いてつぶやくルプスを見ながら、セタはもう一度自分でもその茶碗や神社についてネットで調べたが、全然情報がない。ティフォンの携帯で見たものは、彼が本気でかき集めた情報だなと実感し、ますます信憑性が高まったが、ティフォンは外す時は盛大に外すのでとりあえずもう少し話を聞くことにした。


「お前は、その人から怪盗の話を聞いてなんか気がついたりとかあったわけ?」


「俺的には、予告状出す時点で全く忍んでないし、忍者では無いかなと思ってるよ。」


 そういうことではねぇよ。と思ったセタは、流石に続く言葉を予想していなかった。


「もしかしたら、誰かの指示で集めてるかなとは思うけど。」


 セタだけでなく、宙を見ていたルプスまでも目を丸くしてティフォンを見る。


 ティフォン本人は、呑気に紙コップの温かいお茶を飲み干していた。


 ティフォン的に話は済んだみたいな動作に、お前それはねぇだろとセタは紙コップを奪い自分のを半分入れたが、不思議そうにありがと?と言っているだけでこっちのいとも何も汲み取っていない事がよくわかる。


 でもそのありがとの声色で、セタの方はティフォンが無理矢理話を終わらせたいとは思っていないことがわかった。


 どう切り出せば、自分達にもわかるようにティフォンが話してくれるか考えていたセタと違い、ルプスはシンプルに疑問を口にした。

 

「な、なんで?そんなこと思ったの?」


「え?そんな感じしない?」


 ルプスがシンプルに聞いてくれたおかげで、返ってきた返答はシンプルなものだった。


「俺がそう思っただけだけどね。根拠とかゼロだよ。」


 ティフォンの中では根拠はあるが、それは証拠に基づいたものではないことだとわかったセタは、いくらか軽い気持ちで話すスタンスに決めた。


「五右衛門的な義賊でもないっぽいんだろ?」


「ん〜〜、どーだろ。」


 何かを思い出すように上の方を向くティフォンは、カップを両手で持つ仕草も相まって幼く見える。


 幼く見えるのは、優しすぎるせいだと知っているセタは、急かさずに続きを待った。


「とにかく美人で、若いって事しか聞けてないしな。」


「まじかよ、勝手に男だと思ってたわ。先入観ってやつだな。」


 これ以上は、ティフォンも噂話程度だと思ってほしい話題だなと感じたセタは、小声になるのもやめて体制を少し崩すと、さっきまで見えなかったルプスの表情が見え少しだけ驚いた。


「……怪盗って、結局窃盗犯だからね。」


 憂いを帯びて見えてしまったその顔を、セタがどうしてか考える前にルプスと目が合い、ニッコリと笑われる。


 変な違和感のようなものを感じた気がしたけど、セタは露骨にならない程度に視線をずらして会話を続けた。


「そだな。漫画みたいに壮絶な理由があってかも知んねぇけど。」


「妹を人質に取られててとかだったら、セタは味方しちゃうよね。」


 いたずらっぽく笑うティフォンに、違和感やモヤモヤを拭われた気がしたセタは、わざと少しムッとして答えた。


「しねぇやつ人じゃなくね?ろくでもねぇ奴のほうが逮捕されろだべや。」


「ろくでもねぇヤツの方は、直接手を汚してなくても?」


 真剣な声色に聞こえてしまうルプスの言葉に、振り返るよりも早くティフォンがいつもの声色で答えた。


「ルプスがろくでもないと思うやつなんて、心バッチィじゃん。」


 ティフォンの言葉が、なんだか自分の中に腑に落ちすぎて自然と頷いたセタは、自然とルプスを見ることができた。


「普通に脅しは犯罪だからな。証拠残さねぇやつなら揃えてやるわ。」


 ストーカーだったら困るけど、嫌とか許せないとかではなく“困る”くらいにはいい奴だともうわかってしまっている。


 もし、ルプスが過去になんかやってたとか、やってた人を故意に見逃したとか、隠してるものがあっても“いい奴”なのには変わらないのだから、なんとかなるだろうと何故か確信的な何かを得てしまった。


 まだ、少し不安そうなルプスに


「探偵の仕事って、普通証拠集めだしな。」


 と言ってニヤッと笑うと、笑顔のティフォンも頷いた。


「殺人事件のとかじゃなくて、不倫とか身近なやつでねぇ。」


「それな。不倫もかなりエグいけど、この前の嫁の仕事を監視しろって姑が依頼してくるやつが個人的にきつかったわ。」


「ねぇ〜。」と言って優しい雰囲気のまま、ティフォンは


「ルプスのフリーマーケットを中止にした怒りは、個人的に持ち続けるけどね。」


 と、独り言にしては大きく呟いた。


 それを聞いて、ルプスの憂いがフリーマーケットの件であった可能性を見つけたセタは、俺もですよと大げさくらいに頷いておいた。


「ルプス、甘い物いる?」


 ルプスが答える前に、ティフォンは彼の手のひらに可愛げのないシンプルな透明の小袋に入った、綺麗な色とりどりのものを渡す。 


「グミ。素人が作ったやつだから、今日中に食べて欲しいけど。」


 そう言って、ティフォンは当たり前のようにセタにもグミを渡す。ルプスが来ることを知っていたわけではなく、いつでも小腹がすいたら食べれるように用意された身内用のおやつは、包装に気を使ってはいないが味は期待していいとわかっていた。


 なんのためらいもなく口に入れるセタと違い、ルプスはそのグミをまじまじと見つめ、そのグミの色がルプスの美しい銀の瞳の中に溶け込んでいた。



「………綺麗。」


 今のルプスの瞳もかなり綺麗なのに、本人は見れないのかと思ったが、自分が口に出すと変態チックな気がしてセタは黙っていた。


 だから、セタもティフォンも何も言わない時間ができ、その時間ずっとルプスはグミを宝物のように見つめていた。


「ティフォンは、才能あると思うよ。」


「そう?虹色のカカポを作ってみたんだよ。割と気に入ってるんだよね。」


「「虹色のカカポ!?」」


 なんだか感動や感傷的な雰囲気をふっ飛ばすような、聞き慣れない&予想もしない言葉に、セタとルプスはそっくりのテンションとまったく同じタイミングで声を上げティフォンを見た。


「カカポって言う鳥がいるんだよ。丸くて飛べないやつ。」


「「鳥……か?」」



 二人が困惑しているのは、カカポを知らないからではなかった。


 どう見ても、美しいステンドグラスを手で引きちぎり、ギリギリ丸くしたみたいなその形は、生物とは誰も思わない出来だったからだ。


「一見、アボカドとか言われる鳥だからね。」


 もちろん、アボカドにも見えない。


「フリーマケット、次は絶対に成功するよ。」


 笑顔のティフォンに“いい奴”であるルプスが、コレは生物に見えなくて驚いたなんて言うはずもなく、笑顔でティフォンの気持ちだけ大切に受け取った。


「うん。」


「何時かわかれば、怪盗の面拝んでやったのに。殴れなくても一言文句言いたかった。流出させた警察のセキュリティもどうかと思うしさ。」


 すぐに携帯をいじりながら目つきを鋭くさせるティフォンに、今度はセタも心から同意する。


「いやマジで、警察のセキュリティは心配だよな。それこそ、人が集まりすぎて怪我とか、近隣の人たちの生活が脅かされるとかあるし。」


 怪盗の予告状は、謎解きのような文面なので何時に何処かは分かる人にしかわからない。セタは解く気すら無かったが、ティフォンは内心解けないことが少し悔しいのだろう。


「警察の不祥事ってことで、クロも大変になるだろうからやめてほしいよね。巻き込まないであげてほしいよ。」


「あいつは人を巻き込む側だと思うから、大丈夫だろ。」


「だったら全然いいんだけどさぁ。」


 いや、良くはねぇよとツッコミを心の中で入れたセタは、もう一度テレビのニュースを見た。


『こちらが、怪盗が現れるとされている美術館の付近で、現在交通規制が行われておりここから進むことが出来ない状況です…』


「ここじゃねぇよな?ここなら、こんな人いて怪盗しか喜ばねぇよ?警察も警備も困るだけだし。」


「警察は……、盗まれるものに共通点があるなんてしらないからさ。」


 小声で話すルプスの言葉に、もし今回もティフォンの読みが当たればそれとなくクロにでも言っとくかくらいに思ったセタは、そだなぁと割と気の抜けた返事を返した。


「やっぱり、怪盗がわざと美術館に警察を集めてるのかな?逆に警察が本当の現場には人が集まらないように、フェイクニュースを流してるのかとも思ってたけど。」


「あぁ、普通にそれかもな。」


 次は飛騨牛の串でも食べに行きたいと思うほど、セタの関心は怪盗からそれかけていたが、席を立つ前に携帯に着信がかかり留まる。


 表示された名前が、今まで電話なんか掛けてきたことの無いクロだったから、セタは考えるより先に出ていた。


「もしもし?なした?」


 短く、怪盗のニュースは見たかということを聞かれる。


 電話越しのクロの声は表情が読み取れないものだが、別段大変そうとか、苛立っている感じもしなかった。


「あぁ、うん。ティフォンは別の場所っていうか、なんか割と普通の抹茶飲むやつみたいな茶碗だと思ってるけど。」


「これ普通じゃないよ?多分4つ目の曜変天目だし。」と軽くティフォンが訂正を入れてきたが、そのティフォンのテンションは普通のものだったので、セタはあまり深く気にしないでクロとの通話を続けながら、ぼんやりとそうなのかくらいの感覚だった。なんだか自分も昔どこかで聞いたことがある気も薄っすらとする名前だ。



「なんだっけそれ、聞いたことはあるわ。」


「一時期テレビでも話題になった、夜空みたいなきれいな茶碗だよ。俺も1個欲しいもん。高すぎて無理だけど。」


 セタと電話越しに聞こえていたクロも、へぇくらいだったが、ルプスが目をまん丸にしてティフォンを見ていて、ティフォンがまたテンションを間違えているのではとセタは素早く心を身構えさせた。


「ティフォンって、陶芸とかも好きなの?」


「好きと胸を張れるほど詳しくはないよ。これはたまたま欲しいくらい綺麗だったから調べただけだし。」


「こいつ、最近湯呑み凝ってるからな。」


 さっきコレ話したわと自分で思ったセタは、ティフォンがさらっと言ったセリフも思い出して違和感を感じた。


 ティフォンはなぜか、一つしか展示されてない茶碗を“4つ目”とわざわざ言っていた気がしたからだ。


「ん゙?4つ目?」


「そうそう、」


 ティフォンが自分の携帯で、さっきとは違う資料のようなものを見せてきた。いや、コレさっき見せろよとは言えないほど、ティフォンの言葉に驚愕することになる。


「本物の曜変天目なら、世界で4つ目なんだよ。」


「世界で!?日本でじゃなくて!?」


「世界で3つしかないし、その3つとも日本にあるよ。」



 当たり前みたいに言われても、そんなこと知らない。でも、詳しく聞いたって頭に入る気はしなかった。


 電話中だったからか、ティフォンはすぐに携帯を戻すし、普段通りの態度のままだ。


「嫌でも、流石にそんな大層なやつが普通の神社に飾ってなくね?」


「曜変天目って認められてなかったら、ただのめちゃくちゃ綺麗な茶碗だからね。変天目なら何個か存在してるみたいだし、似てるなと思ってる人は何人かいると思うよ。」


 ティフォンは、その4つ目だと思っている茶碗の画像を大きくして、指で撫でる様に触った。


 セタはそれを見て唐突に、ティフォンは自分にもこの茶碗が〝曜変天目〟という凄いものである可能性を伝える気が無かったのだと気がつく。


 もし、言いたかったら調べた直後にすごいすごいと報告してきたはずだ。


「誰も、コレが4つ目になることを望んでないんだ。国の宝にしたいわけじゃない。」


 細められるティフォンの瞳は、それこそどの曜変天目茶碗より黒く光る漆黒だ。



『どのくらいの確率で曜変天目ってやつだと思ってんの?』


 携帯越しにクロがティフォンへと投げかける。ティフォンは「ん~~~。」とたいして悩んでなさそうな声を上げ、宙を見ながら何か面白いことを思いついたようにニコッと笑った。


「今日、クロがこの肉寿司食べに来るぐらいの確率かなぁ。」


「え?ゼロってこと?」


 思わず聞き返したセタのセリフをわざと潰す様に、ぶっきらぼうな声が店の入口から入ってくる。


「今すぐ俺のも買ってこいよ。気が利かねぇな。」


「えええぇ!?」


「ティフォンがびっくりするの!?」


「お前がびっくりすんのかよ!」


 本気で驚いているティフォンは、自分にツッコミを入れた二人に何故か手をパタパタと動かし、まったく意味のないボディランゲージを試みる。


「だってっ、言ってみただけだったよ!?」


 そんなティフォンにも、セタ達にもまったくもの応じしないクロは、もちろんなんの説明もなくどかっとティフォンの目の前の席に座って


「肉。」


 と当然のように言い放った。


「わかったっ!待ってて買ってくるよ!」


「ティフォンが!?」


 ルプスの驚く声も、セタの静止の手も届かず、当たり前のようにティフォンは肉寿司を買いに走っていってしまう。





「無限に食えるわ。」


 セタは、せめて3皿だと言っておく事をしなかった自分を心のなかで責めていた。


 目の前の皿の数を、数えたくないが脳が勝手に数えて勝手に計算する。


 〝無限に食える〟を、まだ欲しいに脳内変換したティフォンが、買い足そうとしたのをいち早く察知したセタは、がっとティフォンの腕を掴み立たせなかった。


「夜ご飯入んねぇだろ。やめとけ。」


 あえて、クロのためだというスタンスの話の運びにすることにより、ティフォンはすぐ納得し大人しく座る。


「そうだね、まだ他の店にも美味しそうなのいっぱいあるみたいだし。飛騨牛のひつまぶしとか…」


 何か調べ始めたティフォンを、あえて無視して、セタは肉寿司を食べているクロに話題を振った。


「まず、お前は何しにきた?仕事として?」


「肉喰いにヘリできた。」


「「肉喰いにヘリできた!?」」


「うるさ。」


「普通そんなこと言われたら驚くべや!」


 自分達と違い、声を出さなかったティフォンですら驚きを隠せない顔をしている。ルプスは未だに信じられないのか「怪盗関係なく!?」と再度確認していた。返答は「あるわけねぇだろ。」というなんともとりつく島もないものだ。


 逆に冷静になってきたセタは、もうどうにでもなれとあえてヘリのことは詳しく聞かなかった。


「東京なら、飛騨牛でも流通してんじゃねぇの?」


「ティーがココのをわざと写真付きでメッセージしてきたんだよ。」


「ごめん、食べたそうだったらお土産を飛騨牛にしようと思ってて。」


「お前はあやまんなくてもいいべや。」


 この2人のやりとりに、セタは二重三重に驚かされる。もうヘリとかどうでもいい。二人がそんな連絡取り合ってたの知らなかったんですけど。


(てゆーか、ティーって………。)


 今まで、自分含めティフォンを愛称で呼んでいるやつを見たことがなかったセタは衝撃を受けていた。ティフォンがそれを驚くことなく受け入れているのにも衝撃を受けて、もう逆に何も考えたくない。


 セタは、クロの分だとわかっていて一皿肉寿司を食べようとしたが、机の下で思いっきりスネを蹴られてそれすら叶わなかった。


 ティフォンがすぐ自分のスネを撫でようとよってくる気配がしたが、「甘やかすな。」とクロが静止している声が聞こえて軽く怒りが芽生える。お兄ちゃんは、絶対にそんな奴許しませんから。


「クロは本当にコレ食べに来ただけなの?東京から?」


 話題を振ってクロの視線を自分へ向け、その下では湿布をこっそりと手渡す“いい奴”の株がセタの中で上がってしまい、クロが手を出すくらいならルプスになんて自分でも意味わからない思考回路に陥ったセタは、わざと湿布をビタンと音がなるほど強く張り、痛みで正常な思考回路を取り戻した。


「金はあるからな。」


「やなやつ。普通ヘリで来るかよ。」


 ノソノソと机に這い上がるようにしてクロを睨みながら悪態をついたが、クロは清々しいほど鼻で笑った。


「欲しいなら稼げば?」


 「腹立つぅ〜。」






 クロが瞬く間に全ての肉寿司を食べ終え、セタのスネにもあざや傷がないことをティフォンが確認したあと、自然と話題は怪盗のもとに戻っていた。


「てゆーか、怪盗って何がしてぇの?なんでこそ泥しねぇんだよ。ドMか?」


「やだなぁ、ドMの怪盗…。」


 ティフォンがそう言って宙を見る。彼の脳内にどんな嫌なドMの怪盗がイメージされてるのか誰も見ることはできなかったが、わりと本気で嫌だなぁの声だった。


「絶対に違うよ。目立ちたがりやとかじゃない?」


「目立つならマジシャンしてればよくね?」


「世界的なマジシャンになれるのは本当に一握りだし、運もいるよ。怪盗は数が少ないし話題にはなりやすいよね。捕まらなかったら特にさ。」


 もし、ルプスの言う通りの理由で怪盗を始めたとしたら、本当に迷惑極まりない。ワンチャン今日クロに捕まらねぇかなと他人事に思っていたセタは、クロと目があって少し驚いた。


「お前サッカーできる?」


「急に話変わったな。」


「怪盗探して、思いっきりサッカーボールぶつけたらおもろくね?」


 ティフォンがそれいいね!と思ったのをいち早く察知したセタは、いいねと言わせる前に「嫌だわ。」としっかり断った。


「普通にこっちが傷害罪だろ。お宝持ってたら物損もあり得るし。」


 お宝である茶碗が破損するのは嫌だと思い直したティフォンが、確かにと納得したのがよくわかった。


「コントロールも尋常じゃないと無理だよねぇ。サッカーゴールよりずっと狙いは狭いはずだし。」


「それな。できるレベルなら普通にサッカー選手になってるだろ。」


「ならお前何が出来んだよ。麻酔銃もねぇし、声も変えられねぇし、スケボーもできねぇじゃん。」


「普通探偵にいらねぇスキルと道具なんだわ。」


 しかもクロは、麻酔銃なんて持っていた日にはしっかりとか逮捕する奴であることを知っているので、セタは逆に信頼されているんだとポジティブに捉えることにした。ティフォンやルプスも和やかに


「改めて聞くと、道具含め探偵より怪盗にむいてない?法律ガン無視できる精神力とか。」


「人を麻酔で眠らせて、声も変えられて、年齢的な姿も変えられるもんねぇ。」



 と他人事をしみじみと楽しむように会話する。


「お前は何が探偵に向いてんの?」


 セタは、クロの問いかけにわりと真面目に答えた。


「体力と根性がある。」


 んふふと、ティフォンのいつもの優しい笑い声が隣から聞こえた。


「人望と人脈じゃん。セタは本当に凄いと思うよ。」


 少し小っ恥ずかしくなる暇もなく、クロが真顔で「でもそれ、探偵じゃなくてよくね?」なんて言ってくるけど、セタは何故か心から腹が立つ等ネガティブな感情がわかなかった。


「いいだろ別に。なんとか食っていけてるし。」


 それこそ、謙遜なしになんとかのレベルだけど、セタは本当に今の生活を気に入っていた。


「探偵なら、怪盗とやりあってみたくね?」


「普通に無理だろ。やり合ってたらお前、俺のこと問答無用で逮捕するだろ。」


「するわ。」


「するのかよ!ならやり合わねぇわ!元からその予定ねぇし!」


 渾身のツッコミも、冷静に「お前らの予定ってなんだよ。」と返されて、セタは体から空気が抜けるような脱力感を感じた。ティフォンがくすくす笑っているので、それは後で言いたいことがあるけど、全部後回しにする。


「旅館に泊まって、日頃のストレスを癒すんだよ。明日は依頼を断って、土産買って帰るだけだし。」


「旅館か……。」


 まさか、俺も泊まるとか、俺が貸し切るとか言い出すのかと身構えたセタは、違う方面で予想を裏切られる。


「連続殺人事件に巻き込まれる方な?」


「やめて?縁起でもねぇだろマジで。」


 ティフォンのくすくすがブフォッと吹き出すような笑いに変わり、なんだか自分達が漫才でもさせられている気になったセタは、とりあえずむせ始めたティフォンの背中をいつもより強めに叩いた。








「「ぁ゙〜。」」


 なんだかんだあったが、無事2人で宿につき、一旦何もかも忘れて貸し切りの露天風呂に浸かると、自然と声が出るほど多幸感に包まれた。



「貸し切り風呂やべぇ〜。」


「それなぁ〜。」


 屋根があるが、奥の方へ行けば夜空を一望できる貸し切りの露天風呂は、掛け流しの温泉で、女性にも人気な理由がわかる心地よさだ。


 ツルツルしてきた肌を面白く思いながらティフォンの方をみると、ティフォンはニコニコと夜空を見ていた。


 ティフォンの瞳に星が映り込み、それこそ昼間画像で見た曜変天目茶碗のようで驚く。


 そんなセタに気がつく素振りもなく、ご機嫌なティフォンはもっと空をみたいのか奥へ移動し始めた。


「多分殺人事件とか起きないしねぇ〜。」


「起きても警察の仕事だべや。」


「それもだしさぁ。」


 ティフォンは振り返り、セタを見てくふくふと笑う。


 そのくふくふ笑いが、本格的な笑いに変わっていくので、セタはなんだよと続きを急かした。


「漫画でもさ、男二人の温泉旅行で何かあることあんまりなくないwww?」


 セタも思っていたが、改めて言われると面白い気がして、思わずふふっと笑ってしまう。


「それな。」


 せっかくだからとセタも奥へ移動し、夜空を見上げた。


 こんな綺麗な夜空を、こんなに気持ちの良い温泉に浸かりながらカップルが入っていたら、なんか起これと僻んでしまうのは、もはや人ならしょうがないのかもしれない。



「いいよなぁ主人公って…。絶対に美人で優しくて支えてくれる幼馴染いてさぁ。」


「ごめぇんwww」


「お互い様だべやwww」


 でも、セタ達はこの男だけの風呂を満喫していた。男同士だからこそ気の抜けたリラックスできる空間が心地よかった。


 しかし、そんな2人の心地よさとはかけ離れたサイレンが、どこからともなく風に流されウゥーーーーと聞こえてくる。


「サイレン」


「トヒル」


「やめろよ。静岡出してくんな。」


 セタのテンポの良いツッコミに、子供のように笑い始める。


「静岡にも行ってみたいよねぇwww」


「普通のな?普通の静岡な?間違ってもホラーなやつは嫌だから。」


「逆にどう頑張ってもホラーな方はいけないしょ?」


「まぁなぁ。」


 サイレンがすぐに聞こえなくなってホッとするほど、2人は疲れていた。その疲れを癒すように、夏にしては爽やかな涼しい風が2人の頬を撫でる。


「北海道に帰ったら、2人でやる?静岡のホラーゲーム。」


「絶対に嫌。」


 ホラーな映画やゲームが苦手なセタと違い、ティフォンはホラー系統がもっぱら強かった。むしろ、ゾンビ等の命が無いものやクリーチャー的なものを倒すゲームを、純粋にシューティングゲームとして楽しめるまであるくらい、ある種しっかりとゲームと現実を区別して好んでいる。


 世間のよく言うゲームの影響で起こる事件なんて、元々事件を起こす奴のきっかけに過ぎないのは、笑いながらゾンビを撃ち倒す隣の幼馴染が、現実では人にデコピンすらしたことがない事実で証明されている。


 だからこそ、現実でホラーは起きないでほしいとセタは切実に思っていた。


 現実で、この優しい幼馴染が可哀想なゾンビ達を攻撃できる気がしない。やるとしたら自分自身が戦うしかないのに、ビジュアルがもう無理だ。一生この星空のように美しい静岡県のままでいてほしい。


「岐阜の星空も綺麗だねぇ。」


「お前、昔っから星空とか好きだもんな。」


「うん。」


 綺麗な話題にすり替わり、セタは安堵して石の縁に両手を置き顎を乗せて空を見上げる。


 セタも星空等の綺麗でロマンチックなモノは好きだった。


「宇宙と深海って、共通点が多いんだって。」


 セタにはロマンチックな星空でも、ティフォンにとっては深海をイメージするものらしい。自分とまったく異なる幼馴染の思考は、いつ聞いても不思議な気持ちにさせられた。


「両方とも、行けば死ぬリスクが高いのに、なんで人類は両方に焦がれるんだろうね。不思議じゃない?」


「まぁな…。ジェットコースターとか人気だし、スリルは欲しいんじゃねえの?あと探究心とか。」


「うん。知識欲って、三大欲求を唯一上回る欲だと思うんだよね。」


 ティフォンもセタと同じように石へ腕を置き、顎を乗せてリラックスする。でも、セタと違い目を閉じていた。


「皆、死んでみたい欲ってあるんじゃないかなぁ。」


 ティフォンの死とは無縁に思えそうな優しい声は、何故か死に近い何かもある気がするほど透明なものだ。


「………とりあえず、他のやつにはあんまそういうこと言わない方がいいぞ。」


「そっか…。」


 目を開けたティフォンは、パシャリと音を立てて体勢を変え、また夜空を見上げた。


「俺だけなのかな。」


「いや、それはねぇと思うけど…。」


 セタも、ティフォンの話を否定したいわけではなかった。


 ただ、今その話?的な、お前変わってるなって言われちまうぞくらいの『普通』がセタの中にあるから出た言葉であった。


 この幼馴染が普通じゃない事を十分わかっていたし、そのままでいいと本気で思っているけど、ヒーローの様に憧れを持たれる種類の普通ではない幼馴染に、いつも少しだけ戸惑う自分がいた。


「目を背けたい人も、きっと多いだろ。」


 人は、死を直視して生きていけない。


 それは、普通のことだ。


「そうだね。」


 ティフォンは目を閉じながら、透明な声で肯定する。


「俺も、セタ達の死からは目を背けていたいよ。」


 そのセリフすら、セタには予想外だった。


「一番先に死にたい。」


 自分なら、絶対に言わないだろう言葉。


 でも、否定できなかった。


 まったく違うこの幼馴染と、自分の共通点のようでもあるからこそ、セタは同意はしなかった。


「…………お前、寂しがりやだからな。」


 俺もなんて言ってしまえば、ティフォンの願いは叶えられないことになるから。


 セタの返事に、ティフォンは安心したように笑った。その目はまだ閉じられたままだから、いつも以上に彼の心は汲み取れないけど、声は穏やかだ。


「なんでだろうね、一人になるのも好きなくせにさ。」


「人ってそんなもんだべや。」


「うん…。」


 目を開けたティフォンは、セタを見ないでまた空を見る。


「泥臭くて、欲まみれで、滑稽で、悲痛で、同仕様もなく汚いのに」


 どこまでも綺麗な瞳と声で吐き出される言葉達は、やっぱりどこか透明だ。


「違うか………、どうしようもないから、キレイなものが好きなのかな。」


 セタの目に映る美しい景色と、隣にいるティフォンの見ている景色は同じものなはずなのに、繋がっているか不安になる気がして、セタは温泉で顔を洗った。


 自分の顔がツルツルして、その手触りがセタを少し癒してくれる。


「曜変天目を作った人って、きっと星空を掴みたいくらいだったんじゃないかな。」


 ティフォンのその言葉も、さっきの死が云々よりだいぶメルヘンな気がして、セタは自然と笑みが出た。


「そうかもな。」


「セタは、どうする?」


「なにが?」


「星空を掴めるほどの力を手にしたら、セタならどうする?」


 やっぱり、こいつは俺と発想がちげぇなぁと面白くなったセタは、少し笑ってから思わず真剣に考えた。


「なんか、メルヘンってより勇者と魔王の対峙した時のセリフみてぇだな。」


 そのセタのセリフはティフォンにとって予想外だったが、ティフォンはノリノリで劇チックに自分の出せる限界の野太い声で魔王を演じ始める。


「勇者セタ、俺を見逃してくれたら、星空を好きにできるほどの力をやろう。」


「見逃してくれたらwwwそんな魔王やだぁwww」


「たしかにぃwwwwww」


 本当に一瞬だった魔王は、2人の笑い声で消し去られた。


 セタはひとしきり笑って、はぁと大きめのため息を吐いてから、もう一度考える。


「星空をかぁ。」


 セタが星空で思い浮かぶのは、何故かロマンチックな事ばかりだ。どうしても昔から、星空は恋人たちに似合うと勝手に思い込んでしまっているフシがあった。


「プロポーズの時とか、流星群にしたりはしたいな…。」


「かぁっこいいー!」


 ティフォンのテンションに少し恥ずかしくなったセタは、すぐに「お前はどうすんだよ。その力。」と聞き返す。


 ティフォンは、至極普通に「え?いらない。」と素っ気なさすぎる返事をした。


「いらねぇのかよ!」


「だったら力より100兆円欲しい。税金払わなくていい100兆円。」


「桁が小学生。」


 一番現実味がないのに、ティフォンは何故か現実的に話し始める。


「それがあったら、セタの事務所を大きくして、もっといいデスクとか、腰が痛まない椅子を買ってあげれるし、」


 100兆もあって、まだ事務所手伝うのかよとは言えなかった。


「ルプスの服やグッズも全種類買って、皆で行く旅行もめちゃくちゃ豪華にできるし、」


 欲は、直結して〝生きたい〟だと言っていたのは、まだ幼かった時のティフォンだった気がしていたから。


「クロがお腹いっぱい食べれるくらいお肉とか買ってバーベキューしたりさ、ヘリだと狭いからジェット機とか買って、どこにでも行けるし」


 どこまでもティフォンらしい欲に、セタはふふっと笑ってしまうことを止められなかった。


「俺達の豪遊のために、魔王見逃すの?」


「どうせ俺では、魔王は倒せないじゃん。」


「見逃してくれは相当追い詰められてるべや。」


「違う人に追い詰められてるから、逃げてるのかもよ?勇者とか、なんだっけ、賢者?聖者?」


 たしかになぁと言う前に、セタは怪我している魔王を想像した。


「………怪我してる魔王なぁ。」


 想像上の魔王は、黒くていかにも重そうな鎧をボロボロにして、剣を地面に刺し片膝をついて息を切らしている。


 素顔は見えないが、所々血も滲んでいる弱った姿は、本来人を寄せ付けないものだろう。


 本来と思ってしまったのは、自分の幼馴染は例外の可能性があると思ってしまっているからだった。


 茂みにこの魔王が落ちてたら、ティフォンなら近いてしまうんじゃないかと嫌な確信があった。


「お前、普通に手当てして逃すかもしれねぇしなぁ。」


「えぇ?魔王は流石に…サビオでは無理じゃない?聖者?賢者?の治癒的な何かいるくない?」


 道民なら誰もが知っているが、サビオとは絆創膏のことだ。セタだって、まさか幼馴染が魔王にサビオを貼るところは想像していなかった。むしろ、魔王にサビオがもう出てこない。


「サビオくらいの怪我で逃げる魔王、やだなぁ〜。」


「逆に、今まで一回も怪我したことなかったかもよ?箱入り息子で痛みにちょー弱いかもよ?」


「どっちみち倒しズレぇ〜〜。」


 んふふといつもの様に笑ったティフォンは、自分の腕枕に顎どころか頬を置いて、完全に昼寝のような体勢になりながら、「セタはやっぱり優しいなぁ。」と言って目を閉じた。


「やっぱり皆、無敵の魔王だから遠慮なく倒せるんだなぁ。」


「おい、寝るなよ?」


「うーん。」


 そのうーんの返事が、絶対にYESじゃない事をわかってしまったセタは、ザパァと音を立てて立ち上がり「出るぞ!!」とティフォンを引っ張った。ティフォンの返事はまた間延びした「うーん。」であったことから、セタが大変なのは言うまでもない。








 やっと温泉から出て、セタはティフォンに水分を取らせながら説教しようとしていたが、ガタガタと自分達の部屋のドアが音を立て、飛び上がるくらい驚き、変な声まで出てしまった。


「何何何何何何何何何何何何!?!?」


 今度はどんどんと少し乱暴にドアをたたかれパニックになるセタを対照的に、落ち着き払っているティフォンが軽く動作だけでなだめ、「はーい。どうかしましたかぁ?」と冷静に返事をする。


「探偵さんなんですよね!」


 聞こえた声が、切羽詰まってはいるが人のものであったことにセタも少しづつ冷静さを取り戻す。元々冷静だったティフォンはあえて返事をしないでいると、向こうからこの宿の店員であることを簡易的であるが丁寧に説明され、ティフォンはセタにカバンと携帯を押し付けた。携帯はしっかりと録画できる状態で持たせ、自分が対応するためにドアを開けに行くティフォンは、こういうところが信じれないほど男前である。


 興奮仕切った店員が2人ほど、部屋に入らんばかりの勢いで「怪盗がっ、怪盗が出たんです!!」と繰り返す。


 振り返ってセタを見たティフォンは、やっぱり落ち着いたまま


「どうするセタ、その面だけ拝みに行く?」


 と笑顔で聞いた。


「……お前、割と怒ってんな。」


「そりゃそうじゃん。ルプスがあんなにショック受けてたし。」


 「まあな。」と納得しかけたセタは、昼間のことを思い出したと同時に、数々の疑問がブワッと押し寄せた。


「てゆーかここに!?この旅館に出たの!?神社じゃねぇの?!」


「この近くの神社にっ、その後ここに逃げ込んでっ」


 酸欠の魚のように慌てている従業員をティフォンがなだめ、もう一人の方が叫んだ。


「旅行客の誰かに変装して潜伏しているんです!!!!」



「……………、……え?この旅館に?」


 「はい。」と2人の従業員は双子のように揃った返事を返したが、セタの混乱は解けなかった。


 自分達の部屋に、わざわざ言いに来る理由が、非難しろ等ではないような気がしたからだ。


「……………俺達が見破れってこと!?」













「普通に考えて無理じゃね?」


「ねぇー。」


 何故か、探偵だからという理由でロビーにまで連れてこられてしまったセタ達は、脱力していた。


 当たり前だが、客全員がロビーにいるとかない。もっぱら、本当に何故自分達がココに連れてこられたか分からなかった。


「警察いるし。」


 警察の人達と、アレが刑事か?という人が従業員に聞き込みをしているのが見える。むしろ、それが普通だ。


 自分達は首を突っ込もうとしたわけではないのだから、もう部屋でゆっくりさせてほしいくらいなのに、あの従業員達が何かしら自分達のことを刑事っぽい人に話していて、逆に自分達が容疑者のようでため息しか出なかった。


「お前らが探偵とか名乗ってるやつらか?」


 思った2倍は高圧的な態度で話しかけてきた刑事(だと思う)に、一歩前に出て対応し始めたのはまたしてもティフォンだった。


「ただの宿泊客ですよ。まさか、捜査に口だそうなんてファンタジーなこと思うわけ無いじゃないですか。逮捕まったなしですよね?」


 ティフォンのその言葉に、刑事()の隣にいた若い部下(的な人)が小馬鹿にしたように笑って


「そうですね。大人しくしていてくださいよ?」といらない念を押してきた。


 それだけなら、そっすねぇで済んだのに、こっちの返事も待たず、刑事()が怪訝そうな顔で「男2人で旅館に?」と吐き捨てるように言い放ち、


 ティフォンの敵対スイッチが押される音が、セタにだけ聞こえた。


 ティフォンの中で、もうこの刑事()達はセタを侮辱した敵であると認識されてしまったので、ティフォンはセタに話させる気はないとでも言うように笑顔のまま対応し始める。


「俺は彼女ができるほどいい男じゃ無くて、でも一人旅はさみしいでしょ?気の優しい人を巻き込んだんですよ。」


 邪推してんじゃねぇぞ?をトゲトゲのオブラートで包んだティフォンのトゲは、部下()には少し刺さったようだが、刑事()の方は田舎特有の差別的な目とでも言えばいいのか、隠す気のない蔑みを声色と目でぶつけてくる。


「巻き込んだなぁ。」


 ティフォンも北海道という大自然の田舎で育ってきているため、気がついているからこそあえて下手に出ている体で対応を続ける。


「こいつは男らしくてモテるんで、俺のやっかみも含んでますかねぇ。」


 これ以上疑うことは、てめぇらが憶測で騒いでるだけの僻み野郎だと自ら証明することになるぞ?を声色と瞳に宿しているティフォンは、ナイト気取りでも、彼氏気取りでもないが、ゾンビだったら撃つ時の心構えだ。


 実は、ティフォンは可愛い系ではなく綺麗系の顔立ちなので、今のような臨戦態勢の時のほうが人目を引く。


 それを気がついていない、信じないティフォンは、「女受け良さそうな顔だが?」と言われても、低身長を侮辱されているのだと捉え、余計に瞳と声を冷ましていった。


「180センチ無いと人権無いらしいじゃないですかぁ。160台の俺はナマコなんですかねぇ。」


 完全に180無い刑事()達に笑顔で言い放つ。やはり部下()の方には意図は通じているフシが見受けられたが、ティフォンの容姿を気にする刑事()には「たしかに、背はないな。」というブーメランが刺さるセリフをしっかりと言わせた。


 ブーメランに気がついているのはギリギリ180に近いくらいの部下とセタの方で、しなくていいヒヤヒヤが止まらない。


「余計男色に見られると思うぞ。」


「男性にもモテたことないほどですけどねぇ。彼女いない歴年齢をいじめないでほしいなぁ。」


 刑事のクセに、そんな事も気がつけないほど経験に乏しいのか、洞察力が無いのかどっちだろう。どっちみちたいしたやつじゃない自白してるけどね。という副音声が、ついに部下()にはしっかりと聞こえるまでになったようだ。刑事()の方も、機嫌を損ねたのは感じたらしく、軽く「それは悪かったな。」と謝ったが、機嫌を損ねた理由がモテ無い男の僻みだと文面のまま捉えたので、まだ自分が優位に立っていると思い込んでいた。


 実際は、ティフォンのコントロールにしっかりと乗っている。元々、ティフォンは副音声など聞かせる気は無いのだ。


 この刑事みたいなタイプは、この対応をする奴に自分が思っている以上に隙を見せると思っての会話であったし、その思惑通り、刑事()はセタ達への警戒は解いていた。


「名前は?」


「ティフォンです。」


「ティフォン?名前までどっち付かずだな。」


 これ以上、この刑事は自分達に突っかかることなく下がるだろうとティフォンは読んでいたし、ティフォンの読み通り刑事は部屋で大人しくしてろと吐き捨てて、次の聞き込みに行こうとしていた。


 だが、その言葉が吐き捨てられることはなかった。


「ティー、誰そいつ。」


 そう、静かに怒りを灯すような声が場を支配したからだ。


「クロ。」


 驚いたティフォンが目を丸くして、こぼすように名前を呼ぶ。


 その名前を聞いて、一番はじめにざわつきだしたのは部下()だった


「クロって、まさか特殊部隊のっ」


 それを聞いて、周りの警察達にもざわつきが広まっていく。



「警視庁の」


「トップの」


「黒豹の」


 水を落とされた水面の様に動揺し始めた警察達を無視して、ざわつかれている本人はティフォンとセタの前に歩み寄ってきた。


「何?レンガ蹴って、怪盗の後頭部ぶっ飛ばした?」


 こんなに警察をざわつかせ、それでも誰も何も口出ししてこないほどの地位にいると実感させられるのに、いつも通りの彼のテンションとセリフはセタを安心させ、ほっと息を吐いたほどだった。


「普通にしねぇよ……。殺人未遂じゃん。」


「ルプスっ間違えた。クロも怪盗を取り締まることにしたの?」


 ティフォンが人の名前を間違えることは、別に変なことでもなんでもない。


 しかも、相手はさっきまで一緒にいたルプスだ。


 なのに、セタは引っかかった。


 それに引っかかってしまったことによって、他のことまで気になってしまったセタは、それを悟られぬように、確かめるように、話しているクロとティフォンを見つめる。


「めんどくせぇけど、やれやれうるさい奴らもいんだよ。腹立つわマジで。」


 ため息のつき方、立つ時の体重の掛け方、体型、匂い、全て自分の知るクロだった。


「お前らはどうしたんだよ。出しゃばりたくなった?」


 クロがセタに話をふる。


「ちげぇのに、怪盗を見破れって部屋から引っ張り出されたんだよ。」


「どうやってだよ。一人一人の顔面思いっきり引っ張りまくるとか?」


「普通に俺達逮捕されるべ?」


「するけど。」


「知ってたわ。やらねぇよ。」


 クロなら、なんの違和感もない自分との会話の運びとテンポ。なのに、セタはどうしてもクロでは無いんじゃないかという考えが拭えなくなり、大きくなっていった。


 ある程度その不安に似た何かが大きくなったところで、別に本物のクロだったら蹴られるだけだわと開き直ることにする。


「ちょっと、電話だけするわ。」


「誰?コレ?」


 クロが右手の小指を立てて、セタの中で疑いは確信に近いものになってしまう。


 でも、一縷の望みを懸けて電話をやめたように見せながら“クロ”へ電話をかけた。


 

 クロは、傍若無人で暴君な上に嫌なヤツだが、育ちがいい。


 絶対に、お前いいとこの奴だろとバレるほど、食べる時の所作や物を触る動作ににじみ出ていた。


 それは、田舎で泥臭く育ってきたセタ達の共通認識であったからこそ、ティフォンも少しあれ?くらいには思っている。


 そう、小指を立てて女を表すということを、クロならやりそうであるのに、クロはやらないのだ。目の前のクロは、わざと傍若無人に振る舞いすぎている気がしてしまう。


 でも、まさか目の前の友人が本人じゃないなんて、普通ではありえないことが起こっていると信じられないから、ティフォンが無意識にその可能性を消していることも感じていた。


「居たら俺と2人で来ないじゃん。」


「そっか、ドンマイ。」


「うっざ!!!」


 吹っ切れるように大声を出したセタに、ティフォンだけが驚いた。


 クロなら、驚く事がなさそうに感じてもおかしくない。


 でも、クロだって驚くことぐらいあることも、驚いたらティフォンとよく似たまん丸な幼い目を向けてくることもわかるほど、セタはクロと仲良くなってしまっていた。


「おっさん!こいつ名誉毀損で手錠かけといてくれよ!」


 刑事()はあたふたと慌て始め、「そんっ、め、名誉毀損というのは」とどもり始めるが、クロの携帯が鳴っていないこの場で、

そんなこと今のセタにはどうでもよかった。


「そうだな!名誉毀損とはちげぇかもな!」


 マナーモードにしてたとか、機内モードになってたら、それでもいい。


 考えすぎだったら、それに越したことない。


 違ってくれと、一番願っていたのはセタだったかもしれなかった。


「クロのフリして警察欺いてるだけだからな!」


「えっ。」と声をだしたのは、ティフォンだった。


 そのティフォンの顔を、セタは見ることができなくて、クロの顔をしている“誰かを”睨んだ。


「どこで知ったんだよ。クロが、コイツをティーって呼んでること…。」


 今まで、一度もなかった。クロすら、今日初めて口に出したティフォンの愛称。


「俺も、今日初めて知ったんだけど?」


「今日の肉寿司食ってる時だろ。お前疲れてんの?」


「なら………、お前」


 あの場には、自分達しかいなかったのは確認していた。


 自分と、ティフォンとクロ………そして、


 ティフォンが、咄嗟に名前を出してしまうほど、懐いてしまっている“いい奴”


 セタがその名前をどうしても口に出せないでいたその時、パコン!と場に合わない高めのポップな音がした。



「ルプスのフリーマケットの分!!!!!!」


 その音は、怒っているティフォンがスリッパで叩いてでたらしき音だった。


 地面に付いていない比較的きれいな方で、しかもポップな音を立ててしまうほど弱く叩いたであろうところがティフォンらしかったが、ティフォンらしくも無かった。


 ティフォンがルプスだと思っていたなら、絶対に反対側であってもスリッパでは叩かないとセタの長年培ってきた物が告げる。


「クロならよける!!」


 必死に叫んだティフォンの声は、怖いという物が滲んでいた。


 ルプスじゃないかもしれない。


 その可能性がでてきて初めて、セタも恐怖を感じ、反射的にティフォンを引っ張ってクロの顔をした人物から引き離す。


「くっくくくっ。」


 クロの顔から、クロじゃない声が漏れ始めた。


 その声は、ルプスのものともまったく違っていて、セタは安堵と恐怖がいっぺんに来るというとても奇妙な感覚を味わう。


「よく見破ったなぁ!!最北の探偵達!!」


 バサァと演劇のように服を剥ぎ捨て、クロの顔のまま服装だけマジシャンの様なタキシードになった怪盗は、まるで重力を無視しているかのような身軽さでロビー中央のよくわからない像の上にストっと軽い音を立てて飛び乗り、そこへ隠していたらしい茶碗が入っていると思われる木箱をわざわざ持ちながらこちらを見てきた。


「上手く騙せると思ったんだがな。運良く日本の警視庁特殊部隊のトップが、恋人とデートしているところを目撃できたと思っていたのに…。」


 セタは自分が見つけられなかっただけで、怪盗があの店にいた可能性や、店の店員が怪盗である可能性を考えていなかったことを少しだけ悔やんだが、あの茶碗だけは割らずに取り返せないかだけ考えることにした。


 セタ以外の警察達も、宝があるからなのか、怪盗との対峙なんて非日常のことに対応できないのか、動かなかった。


 まるで、本当に手品を観に来た観客のように静かに大勢の視線を集める怪盗は、やっぱり演劇の様に大げさに語り続ける。


「どうやら、彼の片思いのようだ。」


「俺と片思いとかあるわけねぇだろ!クロは仕事が忙しいだけで、女の人が雪虫のようにくっついてくるほどモテてんだよ!絶対にモデルさんとか女優さん的な美女と付き合ってる!」


 ティフォンの怒りが怪盗に届いたかどうか、その場にいた全員が分からなかった。


 ティフォンの怒りの咆哮と同タイミングで、ビュオッと風を切る音とともに、信じれないほどの速さと威力の蹴りが怪盗目掛けて放たれたからだ。


 ほぼ偶然くらいギリギリに避けられた怪盗が、二発目を喰らう前に大きく飛び退いてまたロビーに降り立つ。


 対照的に、像の上から怪盗を見下ろしていたのは、生物の頂点を思わせるほど圧倒的な強者のオーラを放つ本物のクロだった。


「てめぇかぁ?勝手に人のふりしやがって。名誉毀損で訴えんぞ。」


「クロ!!」と嬉しそうにティフォンは声をあげる。まるでヒーローが登場した時の子供のような無邪気なそれに、怪盗が演技を交えて笑った。


「これは分が悪い、いったん」


 怪盗が喋っていてもお構いなしに、ブォンブォンブォンといつの間にか手にしていた警棒のようなもので容赦なくクロが襲いかかる。


 登場はヒーローの様だったのに、その容姿のなさと追い詰めるような淡々とした連続攻撃は、悪の幹部の様だ。


「気品が無いなぁ!!」


 避けていた怪盗が叫びながら、長い筆のようなものをだして応戦する。力では圧倒的にクロが優先だが、怪盗も弱いわけではないことが見てわかるほどだった。


「俺は休日だったんだぞ!!八つ当たりも入ってんに決まってんだろ!!」


 八つ当たりも入ってんのかよと思ったが、口に出さなかったセタと違い、ティフォンは手でメガフォンを作ってまで


「クロ!!ルプスのフリーマケットの分も一発お願いします!!」


 と叫ぶ。怪盗が咄嗟に「それはさっき受けただろう!!」と言い返したのが意外だったが、


「俺の一発なんてスライムより弱いじゃん!!」


 とティフォンが言い返したのはもっと意外だった。


 事情を知らないクロが、手をコキコキと鳴らしながら怪盗に近づいていく。


「よくわかんねぇけど、一発な。」


「よくわからないならやめろ!」


「殴る名目はいんだよ!!」


 もう、敵っぽいとかではなく完全に悪役のそれくらいのクロが、警棒()で思い切り筆()を吹っ飛ばし、怪盗の顔面を拳で殴った。


 殴れたと、誰しもが思うほどだった。


 バギィと木の割れる嫌な音がしたその時、怪盗が自分の顔を宝の入っているであろう木箱で間一髪守ったことが周りにも伝わる。


 あまりの事に言葉も出なかったセタ達だったが、怪盗が「あぁ!宝がぁ!!」と大声を上げたのでつられて「「えぇ!?」」と叫んだ。


 怪盗はニヤリと笑い、クロがもう一発入れる前にヒラリと舞い上がる。


 マントもグライダーもピアノ線も無いのに、怪盗はふよふよとロビーの中央の上空に浮かんだ。


「なぁんちゃって♡」


「うっざ!?」


 思わずセタは叫んでしまったが、その挑発には乗らなかった冷静なクロが、怪盗を仕留めるために警棒を性格に投げつける。威力の高いとわかる音をたてまっすぐ飛ぶ警棒を、怪盗は上手く何かを当てた。


 バシュンと派手な音が鳴ったかと思うと、煙幕が瞬く間にロビーを埋め尽くし、従業員が筆頭にパニックを起こす。


「クロ大丈夫!?セタもっ」


 パニックは起こしていないが、セタやクロが心配すぎたティフォンは口を覆わず思い切り叫び、煙幕を吸い込みひどくむせてしまった。


「ごっふごっふごっふ。」


「お前がだろっ気管支弱いのにバカ!!」


 すぐそばにいたセタが、うずくまりながら咽るティフォンの背をさすり、どうにか外に出さねばと思案している最中、ティフォンの体がふわっと抱き上げられた。


「外出るぞっ。」


 クロから聞いたことのない様な焦った声を聞いたことと、姫抱きされて救出される幼馴染が完全にヒーローに助けられるヒロインポジションであったことに、セタは色々思うことが多すぎて、逆に


「えぇ……。」


 しか言えなかった。





 外に出ると、救急車や消防車が何台も来ていて、野次馬もすごい数だ。


 その野次馬から、誰かが叱られながらも走って近づいてくる。


「ティフォン!!セタ!!」


 目が慣れてくると、今にも泣きそうな顔のルプスで、あぁ、やっぱりこいつはいい奴だなとホッとした。


「大丈夫!?俺っ」


 本当に泣いているんじゃないかと思うほど声を震わせるルプスに、さっきまで噎せていたティフォンが手を伸ばす。


「俺達は大丈夫だよ。」


 ティフォンの手がルプスの頬に触れる前に、忘れかけていたあの部下()が声をかけてきた。


「少し、お話を聞いてもよろしいですか?」


 正直、いい加減マジでめんどくせぇと思ったが、法治国家で生きている国民である以上、責任だけは果たすべきだと己に言い聞かせ、今度はセタがティフォンの前に出て話す姿勢を取った。


「怪盗を見破られたのは、やはり何か推理的な」


「たまたま、俺達がクロと親しかったんですよ。」



 クロが否定しないことを、わりと本気で感謝しながらセタは話を続けた。


「俺達冗談も言い合えるんで、もし本人だったとしても一回蹴られるとかで終わるだけだし、一か八かくらいでした。ほとんど偶然です。」


 バシャッバシャッと嫌な音と光がして、思わず振り向く。


 嫌な予感なんてあたって欲しくなかったのに、そこにはすごい数のカメラを持った人達が自分達を我先にと映していた。


 新聞に載ってしまうことは明らかで、下手したら見開きとかにされてしまう。


「偶然だから!偶然って書いといてよ!?てゆうか新聞とか俺達の顔は載せないでよ!?」


 セタの本気の叫びは、虚しくも届かないとセタ本人が一番勘づいてしまっていたが、吠えずにはいられなかった。


「俺達普通に温泉旅行に来ただけだから!」


 そんなセタを、ティフォンが援護しようと立ち上がるが、すぐにクロの手によって座らされる。ルプスも、できるだけ自分が壁になるようにティフォンの顔を覗き込むような形でデリカシーの欠片もない光から影を作った。


「ティフォン、本当に気管支とか大丈夫?」


「全然…元々大声とか、笑いすぎるとむせるんだよ。」


 3人のそれぞれの優しさを受け、自分の体が弱いせいで守らせてしまっていると思ったティフォンは、情けなさに顔を上げることができず、心配だけはさせないようにと明るい声を絞り出した。


「セタも気にしすぎちゃって、本当はアクティブなこと好きなのに、今回も温泉旅行なんてさ……。」


 ティフォンは、けして病弱な訳では無い。ただ、運動神経が良い方ではない自覚があり、好きなことも家の中でできることが多く、運動不足の面が否めないし、風邪等引きやすく、元々気管支が弱いのも相まって長引かせてしまう。


 そんな自分がセタと一緒にいては、セタのためにならないだろうなと漠然といつも考えていた。


「俺は家でゲームとかしてるのが好きだし、今後はクロとかルプスと楽しいとこ行けるようになったら俺も嬉しいな。絶対にその方が皆も楽しいし、」


 ゴッとかなりエグい重めの音がして、同時に来た今までにない頭の痛みに「いって!!!!」とかなりでかい声を上げたティフォンは、あまりの衝撃に自分がクロにげんこつを食らったと気が付かなかったほどだった。


 ルプスは、痛がるティフォンの頭をそっと撫で、困った様に笑いながら優しい声で語りかける。


「元気なら、ティフォンも一緒に行こうよ。」


 ルプスの言葉は、ティフォンにとっても嬉しいものだったが、それを嬉しいと素直に受け入れられるほど、ティフォンの心は癒えていなかった。


「……でも俺、100兆円持ってないし。」


「小学生しか100兆円とか言わねぇだろ。」とクロにツッコまれる。殴られてからのやり取りを見て、だいたいティフォンがどういう事を言ったか察したセタからも苦笑いされて、ティフォンはいじけるように口を突き出して、でもとかだってとか、本当に小学生みたいな事を言い始めた。


 そんなティフォンを、彼の思惑通りめんどくせぇと見捨てる奴らはココにはいないようで、特に優しくルプスがまた語りかける。


「俺達で、旅行へ行こって言ってたじゃん。俺、楽しみにしてんだよ?」


「何?俺おいてくの?へぇ?置いてくんだ。」


 こちらもまた小学生の様な態度になり始めたクロに、ティフォンは違うよ!と声を荒げた。そんなこと皆知っているからこその掛け合いだったが、ティフォンにはティフォンの根拠があったからすぐには引けなかった。


「皆スポーツとか好きじゃん。俺はゲームでしかろくに運動して無いし、別の人とやったほうが」


「ゲームを運動に入れるなよ。」


「うん。じゃあ運動したことないくらいだよ。」


「これからすればよくね?」


 今まで、避けられることの方が圧倒的に多かったティフォンが、ルプスやクロといった選べる立場の人達から声をかけられ、どうすればいいか恐怖に近いほど悩んでいることを知っているセタは、あえて無視してお前の負けだよとティフォンの頭を強めに撫でた。


「無理しない程度にな。」


「うん、友達とエンジョイでもいいじゃん。逆にゲームとか教えてよ。」


「そだな、久しぶりになんかやるべ?」


 ティフォンなんかいいのねぇの?と、会話の中心に無理やりと言えるほど無理やりティフォンをねじ込んだ。


 ティフォンは、いつもと違う困ったような、泣き笑いのような、眉毛をへにゃっと下げる下手な笑い方をした。


「なら皆で、静岡のホラーゲームやる?」


「絶対に嫌。」

セタ…好きなゲームはRPG、格闘ゲーム、ファミリーゲーム等。

 ゲームはやれば楽しく楽しめる。お金をあまりかけないでプレイしたい派。基本、皆でワイワイ楽しむのが好きだが、感動系のRPGを一人で泣きながらプレイするのも好き。


ティフォン…好きなゲームはシューティングゲーム、ホラーゲーム、レースゲーム、RPG、謎解き、音ゲー、謎ゲー等幅広くどんなゲームでもほとんど愛しているゲーマー。ゲームを作る会社に感謝を込め、スパチャしている気で課金を惜しまないタイプ。のめり込むと寝ないし食べない。


クロ…好きなゲームは対人ありきの対戦ゲーム。ゲーム自体をあまりやらないが、やると強い。元々負けず嫌いなので、友達に誘われて負けるのは嫌だったのと、持ち前の才能をゲームにも遺憾なく発揮するので強い。友達のゲーム借りるタイプ。


ルプス…好きなゲームがまだないくらいゲーム初心者。ティフォンの影響で興味があるものがいくつかある。でも一人でRPGとかを最後までやりきれる気がしない。凝り性なのを自覚しているので、あまりのめり込みすぎる大作は避けたいけれど、皆がめっちゃよかったとか言ってたら気になっちゃうタイプ。


作者は小学生のころ、同級生の友達に大乱闘するゲームやぷよぷよするゲームで完膚なきまでにけちょんけちょんにされていたので、ゲームは軽くトラウマに感じるレベルですが、その子がゲーマーなので知識と情報だけ増えていきました。

小学生でも、ゲーマーとはゲーマーなのだと、彼を見て実感していました。



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