オカルト編集部への異動 新たなる心霊現象への扉
寮はひかりと結婚し5年の月日が経っていた。あいかわらず仕事が忙しい毎日だった。
秋の夕暮れ、寮は静かに窓の外を見つめていた。黄金色の夕陽が山の向こうへと沈んでいく空は、穏やかで平和な時間の流れを感じさせた。部屋には優しい静けさが広がり、心地よい安らぎがあった。だが、その瞬間、後ろから優しい声が静かに響く。
「寮くん、お茶が入ったわよ」
振り返ると、そこには妻のひかりが立っていた。温かな笑顔を浮かべ、彼女の存在そのものが家の中を明るく照らしているようだった。二人は結婚して5年。かつて不気味な心霊現象に悩まされたこのアパートも、今では寮の努力によって静けさを取り戻し、まるで別世界のような平穏が訪れていた。
寮は大学卒業後、念願だった出版社に就職し、編集者として忙しいながらも充実した日々を送っていた。ひかりも地元の会社で変わらず働き続けており、互いに忙しい毎日を過ごしていたが、その中で二人の絆はますます強固なものになっていた。お互いの時間を大切にし、平凡ながらも幸せな生活を築いていた。
そんな彼らの生活に、新たな喜びが訪れた。それは、3年前に生まれた娘のあかりの存在だ。あかりは二人の生活に新しい意味をもたらし、どんなに疲れていても、彼女の笑顔を見るだけで二人の心は癒されていた。あかりはすでに3歳になり、その小さな手で何度も絵本を開き、両親に何度も「読んで」とせがむようになっていた。
「寮君、あかりちゃんが絵本を読んでほしいって」とひかりが笑顔で言う。
「わかったよ」と寮は穏やかに答え、仕事の書類から目を離し、あかりの方へと向かった。彼女が手にしている絵本を見て、微笑みながら一緒にソファに腰を下ろした。絵本を開くと、あかりは興奮した様子でページをめくる。それを見守るひかりの表情にも、母親としての優しさと誇りがにじんでいた。
*** オカルト編集部への異動 ***
そんな穏やかな日常が続くと思われていたが、その平和が突然揺らぐことになる。
ある日、寮は出版社で編集長の伊藤から呼び出しを受けた。普段は軽やかな雰囲気の編集長だが、その日は少し重々しい空気をまとっていた。
「寮君、急な話で申し訳ないが、オカルト編集部に異動してほしいんだ」
その言葉に、寮は一瞬言葉を失った。オカルト編集部――それは、かつて彼が学生時代に熱心に取り組んでいた分野だった。霊や超常現象に向き合い、数々の危険な出来事に巻き込まれてきた過去。あの頃の記憶が、一気に頭の中に甦った。
「オカルト担当の社員が急に退職してしまってね、どうしても人手が足りないんだ。君には過去にオカルト関連の取材経験があるし、何よりも適性がある」
寮は心の中で深い溜息をついた。オカルト――もう二度と関わりたくない世界だと思っていた。かつては霊能力を持ち、超常現象に果敢に挑んできたが、今はすっかり普通の生活に戻り、妻と娘と共に穏やかな日々を送っていた。今更、またあの不気味な世界に引き戻されるのか?
家に帰ると、いつものようにあかりの笑い声が玄関越しに聞こえてきた。寮は靴を脱ぎ、リビングに入ると、ひかりとあかりが仲良く積み木で遊んでいた。
「ただいま」と声をかけると、ひかりが微笑んで振り返る。
「今日は早かったのね、どうしたの?」
寮はソファに腰を下ろし、ため息をつきながら、オカルト編集部への異動を伝えた。ひかりは少し驚いた様子を見せたが、すぐに穏やかな笑顔を浮かべた。
「やっぱり、寮君はこの世界から完全には抜け出せないのかもしれないね」
冗談めいた言葉だったが、その背後には真実を見透かしたかのような現実感があった。
「僕はもう霊能力者じゃない。ただの編集者だよ。大丈夫、今回は危険なことはないはずだ」そう言いながらも、寮は不安を完全に拭い去ることができなかった。
「そうね。でも、何かあったらすぐに相談してね。無理しすぎないように」とひかりは優しく言った。
その夜、寮は眠れなかった。暗い天井を見上げながら、心の中に浮かび上がる不安を抑えきれない。再び霊的な世界に足を踏み入れることへの恐怖が、徐々に彼の中で大きくなっていった。
*** オカルト編集部 ***
翌日、寮は心を決め、オカルト編集部に足を踏み入れた。壁には霊的現象に関する写真や記事が所狭しと貼られ、そこには異様なまでの緊張感が漂っていた。だが、寮にとっては懐かしい空気でもあった。
「寮君、久しぶり!あなたの力が必要なの」
振り返ると、そこにはオカルト編集長になった涼子が立っていた。彼女はいつも通りの明るい表情で、寮に歩み寄ってきた。
「今回、君に取材してもらいたい案件があるの。緑ダムの近くにある一軒家なんだけど…」
「緑ダム?」その名前を聞いた瞬間、寮は息を呑んだ。緑ダム――それは、学生時代にオカルト研究部の後輩だった瑞希たち調査を行い未解決で終わった場所だった。危険な事から撤退するべきとアドバイスを行った記憶と結びついていた。
「涼子さん、その場所は危険です。過去の調査で、オカルト研究部の後輩たちたちが大きなダメージを受けました」
涼子は少し考え込むような表情を見せたが、やがて口を開いた。
「でも、今回の場所は緑ダムそのものじゃないから、大丈夫よ。ただの取材だから、そんなに心配することはないわ」
寮は一瞬迷ったが、結局承諾するしかなかった。かつての愛車、ミレニアム・ファルコン2号はもうなく、今は軽乗用車が彼の相棒だった。あかりの誕生から車を乗り換えていた。寮は装備を整え準備を済ませて車に乗り込むと、彼の中には決意と不安が入り混じっていた。
出発の日、新人の前田とともに寮は緑ダムへと向かった。
車の中で取材の打ち合わせをした。
「今回は、かなり危険な心霊スポットだから慎重に取材を行おう」
「寮さん、よろしくお願いします」前田は好奇心と緊張が入り混じっていた。
寮は緑ダムに近づくにつれ、彼の中で眠っていた霊能力が再び目覚め始めていた。胸の奥に蘇る異様な感覚に気づきながら、寮はその思いを抑え込んだ。
二人を乗せた車は、静かに、だが確実に未知の危険に向かって走り続けていた。何が待ち受けているのか、まだ誰も知る由もなかった。
緑ダムに近づくにつれ、寮の心の中で不安が増していった。窓の外を流れる景色が徐々に変わり、都会の喧騒から離れ、静寂に包まれた山間の道を進んでいく。2時間くらい走り続けると目的地付近に辿り着いた。
「寮さん、あの家ですか?」前田が指さす先に、木々の間から一軒の古びた家が姿を現した。
寮は車を路肩に寄せ、エンジンを切った。「ああ、間違いないな」
二人が車から降りると、周囲の空気が一変したように感じた。寒気が走り、寮の背筋が凍りつくような感覚に襲われる。
緑ダム周辺では、未だに数々の心霊現象が生じていた。
かつて瑞希たちが浄化を行ったが、広範囲に生じる心霊現象の数々と霊道がいくつも交差しており、完全に浄化を行う事は不可能だった。寮は、車の回りに塩を撒いて結界を張り、「前田くん、気をつけてくれ。何か...普通じゃない」寮は警戒心を強めながら、ゆっくりと家に近づいていった。
玄関前に立つと、扉が軋むような音を立てて、ゆっくりと開いた。まるで二人を招き入れるかのように。
「誰かいるんですか?」前田が声を上げたが、返事はない。
寮は深呼吸をし、おそるおそる家の中に足を踏み入れた。薄暗い廊下が二人を迎え入れる。埃っぽい匂いが鼻をつき、何年も人が住んでいない様子が窺えた。
「寮さん、ここで何があったんですか?」前田が小声で尋ねた。
「詳しいことは分からないんだ。でも、この家には何か...邪悪なものが潜んでいるらしい」
その時、二階から物音が聞こえた。二人は顔を見合わせ、階段を上がることにした。
二階の廊下に立つと、寮の霊感が急に強くなった。何かが...いる。そう感じた瞬間、一つの部屋のドアが勢いよく開いた。
「誰だ!」寮が叫ぶと同時に、部屋から黒い影のようなものが飛び出してきた。
「前田くん、逃げろ!」
寮は咄嗟に前田を庇い、黒い影と対峙した。かつての霊能力が完全に目覚め、寮の体から淡い光が放たれる。
黒い影は唸り声を上げ、寮に襲いかかってきた。寮は両手を前に突き出し、全身の力を振り絞って対抗する。
「消えろ!霊光弾」
激しい光が部屋中を包み、黒い影は悲鳴を上げながら消滅した。
光が収まると、寮はへたり込むように床に座り込んだ。
「寮さん!大丈夫ですか?」前田が駆け寄ってくる。
「ああ...なんとか」寮は息を整えながら答えた。「久しぶりに...こんなことをしたよ」
大きな黒い気配は消えたが、何か建物周囲を囲む様な気配を感じられた。
その時、寮のスマートフォンが鳴った。画面を見ると、ひかりからだった。
「もしもし、ひかり?」
「寮くん!大丈夫?突然、あかりが『パパが危ない』って泣き出したの」
寮は驚いて前田を見た。まさか...あかりに霊感が?
「大丈夫だよ、ひかり。今は無事だ。でも...帰ったら話があるんだ」
電話を切ると、寮は深いため息をついた。再びオカルトの世界に引き戻された自分。そして、娘にも霊感の兆しがあるのかも知れない。
寮は話を終えると、カメラで周囲を撮影し家の間取りや気配を感じた場所などメモした。
到着してから3時間ほど過ぎ、夕方になっていた。
「前田くん、今日はここまでにしよう。帰ろう」と話し掛けた。
「寮さん、夜になってからの取材は、しないのですか?」と、尋ねた。
「さすがに夜になって、悪霊が大勢現れたら対処できないよ」と、設置してあったカメラのや機材の撤去を始めた。
20分ほどで車に機材を積み込み終え、車に乗り込みながら、寮は考えていた。これからの人生で、どう家族を守りながらこの仕事と向き合っていくべきか。答えはまだ見つからなかったが、一つだけ確かなことがあった。
寮の今の力では、強力な悪霊と対峙する力が無い事だった。
陽菜は就職後、海外にしばらく出張しており、春香もお寺の修行でしばらく無理だった。
また、かつてオカルト研究部の仲間や後輩もそれぞれの仕事、道を歩んでおり、かつての様な活動は不可能になっていた。
「寮さん、機材の撤去終わりました」前田が全ての機材を収納しチェックを済ませた。
車が動き出し、寮たちを乗せて山を下っていく。夕暮れの空が、新たな挑戦の始まりを告げているかのようだった。
***帰り道の怪***
噂の心霊スポットの家から10分ほど過ぎた所でダムが見えた。
前田が「寮さん、ここも心霊スポットとして有名な所です。以前ほど大きな怪奇現象の噂は減っていますが。。。」と、話しを続ける。
「前田くん、ここは白いスーツを来た女性の悪霊が現れて僕の大学の後輩も危険な目に会った場所なんだ」ダムを通り過ぎて行った。
前田は寮の話を聞いて、少し怖くなっていた。
寮は何かを感じ「この峠を抜けるまでは、安心できない」と口にした。
夕暮れの山道を車が進む中、寮と前田の緊張感は徐々に高まっていた。ダムを過ぎてしばらくすると、突然雨が降り出し、次第に大雨に変わって行った。
「寮さん、この雨..普通じゃないですよね?」前田の声が震えていた。
寮は額に汗を浮かべながら、ハンドルを強く握りしめた。「ああ、これは普通の雨の降り方で無い、気をつけよう」
その瞬間、道路の真ん中に白いスーツを着た女性の姿が浮かび上がり、寮はブレーキを踏み車はスリップし、ガードレールの手前で止まった。
「前田くん、大丈夫だったか?」前田は白いスーツ姿の女性を見た事で恐怖に怯えていた。
寮が魔除けの呪文を唱えると、白いスーツ姿の女性はかき消すように消えていった。
寮はため息をつきながら、「危なかったな...」と呟いた。
「寮さん、あれは...」
「ああ、おそらくダムの悪霊だ。まだ完全には浄化されていなかったみたいだ」
車は再び動き出し、二人は無事に峠を抜けることがでた。しかし、この経験は寮に、オカルトの世界に戻ることの危険性を改めて実感させるものとなった。
家に帰る途中、寮は考え込んでいた。家族を守りながら、この仕事を続けていくには何が必要なのか。そして、娘のあかりに芽生えつつある霊感をどう扱うべきか...
多くの課題が寮の前に立ちはだかっていた。寮は決意を新たにし、かつての仲間たちとの絆を思い出し、新たな力を見つけ出す必要があるのかもしれないと考えながら家路を急いだ。
ご購読、ありがとうございました。
今回は、ひかりと結婚して5年後の話になります。
理由としては、ひかりと結婚して、
普通にまじめに働いている日常生活が続き平穏な毎日だったからです。




