50話 ぼくと花子さんとお菊
刺激的な毎日、個性豊かな人達に囲まれて1年近く経ち…ぼくは6年生になっていた。
6年生になって初日の放課後、ぼくは習慣的に旧校舎の3階の女子トイレを目指す。その行為に義務感はなく、生活の流れの一部である。
旧校舎に入り階段を上る。ギシッギシッと一歩一歩進む度に床の軋む音が鳴る。木造建築ならではの風情と言ってもいいだろう。
「こんにちは」
2階に着くとぼくは挨拶をした。その相手はいつも2階の清掃をしてる用務員さんだ。訳があるのかないのか彼はいつも2階に居る。そして、返す言葉はいつも決まっている。
「廊下は走るなよ」
一部の人達はこの言葉を脅しとして認識している。だが、彼の物腰柔らかな表情や声にぼくは微塵も恐怖を感じていない。その証拠に…
「はい!」
明るく元気よく返事をする。これは今日に限った事ではない。毎日、同じように返事を返す。ぼくは走ったらどうなるかを知らない訳ではない。ぼくはある人物が廊下を走っていたと彼に告げ口した事がある。実際、その人物は走ってなどおらず、完全にぼくの虚言ではあったが、それを聞いた彼の声は荒々しく見た目は異形の姿へと変貌し、その人物を追いかけたのだ。それを見ても尚、ぼくが彼に接する態度が変わらないのは“罪悪感”を学んだ貴重な体験だったからだろう。
3階に着いたぼくは彼女が待っている女子トイレのドアの前に立つ。いや、彼女は待っている訳ではない。いつもそこに居るのだ。まるで旧校舎3階の女子トイレは自分の部屋かのように…
そして、ぼくがドアを開けると…
「進級おめでとう♪」
長い黒髪で口にはマスクを着け、赤いコートを着た女性がぼくを祝福した。彼女は有名な怪談、都市伝説の主である口裂け女だ。
「ただの6年生になっただけですよ」
「そうよ、なにもしなくても6年生にはなれるんだから祝う事じゃないわよ」
そう言ったのは黒髪のおかっぱ頭で白のワイシャツに赤い吊りスカートを着た少女。背はぼくと同じくらい。この少女こそが旧校舎3階の女子トイレの主である“トイレの花子さん”だ。
「でも、子供の成長は祝わなきゃ」
「子供の成長って、あんた誰目線よ?」
「ん~、お姉ちゃん♪」
一瞬考え答えた口裂け女だが、もちろんぼくと彼女の血は繋がっていない。
「あれ?あれー!?」
2人の会話をそっちのけでぼくはトイレに足を踏み入れた。
「ふふん♪気づいたようね」
自慢気な花子さん。
「気づきますよ!どうしたんですか、これは?」
トイレには旧校舎とは思えない程の近代的な設備が揃っている。他にもテレビに冷蔵庫に振り子時計。だが、それらは前々からあったものだ。なら、ぼくは何に驚いたのか、それは…
「こんなに広くなって…もしかして!」
ぼくの言葉通りトイレは広くなっていた。
「あんたの予想通り、首なしよ」
首なしとは首なしライダーの事だ。花子さんが住まうトイレを魔改造したのは彼だ。
「ダーちゃん、凄いんだよ。1人でぜ~んぶ作っちゃったんだから」
口裂け女が言う『ダーちゃん』とは首なしライダーの事だ。
「でも、広くなった部分って…」
「そうよ、音楽室を削り取ってやったわ」
音楽室と言ってるが、その教室は美術室も兼ねている。
「いいんですか?絶対モナリザさんに文句言われますよ」
「もう言われたわよ。ホントうるさかったわ」
「音楽室の方じゃなくて男子トイレの方に広くすればよかったんじゃないですか?」
女子トイレは男子トイレと音楽室の間にあるのだ。
「なに言ってんのよ!あんたがトイレ出来るように残してあげてるんじゃない」
「花ちゃんはやさしいね~」
「うっさい!あ、それより見てなさい」
花子さんはテレビが置いてある周辺を飛び回る。
「いまさら飛べる事の自慢ですか?」
「違うわよ、いま私が居る場所はどこ?」
「女子トイレです」
「そう!でも少し違うわね。いま私が居るのは元々は音楽室だった場所…いえ、部分よ」
「そうですね」
「まだ気づかないみたいね、私はトイレから出られないのよ」
花子さんは地縛霊という特殊な体質のせいで女子トイレから一歩も出られないのだ。
「あ!広くなった部分に移動が出来てる!」
「そうなのよ!私の忌まわしい体質も広くなった部分を女子トイレだと認識してるのよ!」
嬉しそうに飛び回る花子さんを見てたらぼくはある事に気づく。
「あれ、個室トイレ減らしたんですか?」
3つあった個室が1つになっていた。
「そうよ、せっかく広くなったんだし、もっと広くしたいと思ってね」
「これだと3番目とか一番奥の個室トイレとかなくなりましたね」
ぼくに花子さんを傷つける意思はなかった。だが何気ない一言に花子さんは…
「しまった…」
花子さんは膝から崩れ落ち床に両手をつく。
「どうしたの?花ちゃん」
「私の怪談…アイデンティティーが……」
「大丈夫ですよ、怪談と違いがあっても花子さんは見た目で“トイレの花子さん”だって誰でも気づきますよ」
“トイレの花子さん”という怪談ではよく数字の③が出てくる。校舎の③階の女子トイレや手前から③番目の個室トイレなど… その個室が今では1つしかないのだ。
「大丈夫じゃないわよ!個室が1つなのよ!会いに来てくれた子が迷ったらどうすんのよ!」
「むしろ迷わないんじゃないですか?それに怪談では手前から3番目だけじゃなく、一番奥の個室ってのもありますし」
「それも問題よ!個室が1つだけだと[一番奥の個室]じゃなく[トイレに1つだけある個室]って事になりかねないわ!」
「気にし過ぎだと思いますけど」
「ひとへや………ふたへや足りなーい!」
「ほら、困ってる奴いるじゃない」
「今の声って誰です?」
「私じゃないよ~」
首を横に振る口裂け女。もちろん質問したぼくの声でも一番最初に声に反応した花子さんでもない。3人は廊下を見ると、そこには何かに覆われてるのか全身モサモサした人物が居た。
「誰よ、あんた!?」
「花子さんの知り合いじゃないんですか?」
「知らないわよ」
「私も知らない」
「花子さん!あなたが花子さんなんですか!?」
謎の人物は花子さんに駆け寄る。動く度にファサファサと音が鳴る。
「これ紙ですね」
謎の人物が至近距離まで近づいた事で全身を覆ってる物が紙である事がわかった。
「えと、私は……」
「あああ、ちょっと待ちなさい」
花子さんは強引に謎の人物の話を遮った。すると花子さんはポケットから折り畳まれた1枚の紙と五円玉を取り出した。そして紙を広げると紙には平仮名の五十音と[はい]と[いいえ]、[゜]と[゛]、鳥居の絵が書かれている。花子さんは鳥居に五円玉を当てそこに人差し指を置くと
「おいでませぇ」
その言葉が合図かのようにポンッと煙と共に少女が現れた。少女の名はコックリさん。髪は耳にかかるくらいの金髪、頭には狐のような大きな耳、尻尾も生えている。身長はぼくや花子さんと同じくらいで巫女服を着ている。
「なによ?」
不機嫌そうなコックリさん。
「こいつ、6年生になったわよ。なにかないの?」
「なにもしなくても6年生にはなれるんだから特別言う事はないわよ」
(似た者同士だなぁ)
「君はなにニヤケてるのよ」
「ぼくニヤケてました?」
「そりゃあもう……それとあんたは近づくな!」
コックリさんは口裂け女を指差した。
「な~んで~」
嘆く口裂け女。コックリさんが口裂け女を拒絶するのには理由がある。それは口裂け女による過剰なスキンシップだ。今では拒絶するあまり口裂け女に触られただけで意識を失う程だ。
ファサファサ
「ん、なに?」
音に気づいたコックリさんは振り返る。
「ぎゃあああぁ、なによコイツ!?」
振り返った先に謎の人物。驚いた拍子に尻餅。
「だ、だべないでぇ」
(なんか見たことあるなぁ、このあと安全だとわかって笑顔になるんだろうなぁ)
ブァサ
「ぎゃあああぁぁぁ」
謎の人物はコックリさんを覆うようにして包み込んだ。
「は、花子さん!コックリさんが!」
ぼくは予想がハズレ大慌て。
「大丈夫よ」
落ち着いた様子の花子さん。
「いつもイガミ合ってるからって見捨てるんですか?」
「そうだよ、花ちゃん!なんとかして~」
「だから大丈夫よ。静かにしなさい」
慌ててた2人は黙る。すると声が聞こえてきた。
「かわいい♪フワフワ、モフモフ♪」
その声は謎の人物の声だ。
「大丈夫そうですね」
「そだね」
その声を聞いた途端に危機感はどこかへ吹っ飛んだ。
「なんで私ばかりこんな目に…」
謎の人物の中でもがくコックリさん。
「あれ?この紙って…」
もがいていると1枚の紙に見覚えがあったようだ。
「放しなさいよー」
「きゃっ」
コックリさんはなんとか謎の人物から脱出した。
「あんた、この紙を見てここに来たわけ?」
脱出と同時に1枚の紙を剥がしていた。
「はい、これ剥がす事できても離れてくれないんです」
「なによそれ?」
花子さんはコックリさんが持ってる紙を覗く。
「なんか見覚えがあるわね……『一度、この紙が張り付いたら“トイレの花子さん”と友達になるまで、この紙は離れません』か……」
「あ~!それ私が花ちゃんに出会うキッカケになった紙だよ~」
「ああ、そうだったわね。他にもあったなんて思わなかったわ」
「会ったばかりですけど友達になってくれませんか?」
「イヤよ」
即答で断る。
「えー、あちこち探し回ってようやく見つけたのにぃ」
「あら、可哀想。ちなみに今までどこ探し回ってたわけ?」
「3階以上ある建物なら全部です」
断られた事で少ししょんぼりした様子で答える。
「ぷぷ……あははははは、あんたバッカじゃないの!前にもあんたと同じ事をしたバカが居たわ」
花子さんはチラッと口裂け女を見る。
「それで?私に友達になるの断られたわけだけど、どうすんの?」
「他の解決法を探します」
「しつこく頼み込めば友達になるかもよ?」
「そういうのは友達とは違う気がします」
「あっそ」
「それじゃあ」
謎の人物は別れを告げ廊下へ向かう。するとパサ…パサパサと謎の人物に纏わりついてた紙が次々と床に落ちていく。
「あれ?どうして?」
困惑する謎の人物の姿が徐々に顕になっていき、ついにすべての紙が剥がれ落ちた。
謎の人物は女性だった。綺麗な長い黒髪で前髪は右に流し右目は隠れている。白の着物を着ていて先程まで大量の紙に覆われてたせいか、ずいぶん細身にみえる。そして、なぜか皿を大事そうに持っている。
「これって……私、花子さんと友達になれたって事ですか?」
「よかったね~」
「なっ!」
その光景を見て花子さんをジーッと見つめる視線があった。それはコックリさんの視線だった。
「なによ?」
視線に気づいた花子さんはなるべく刺激しないように聞く。
「花子……」
「なに言うつもりよ?やめなさい!」
コックリさんが何を言おうとしてるかはわからないが、花子さんにとって、それは間違いなく屈辱的な言葉だろう。その証拠にコックリさんの顔は嫌らしい笑みを浮かべている。
「あんた、チョロいわね」
「ちがーう!」
「なにがちがうのよ?現に紙が剥がれたじゃない。しかも全部」
「ありえないわ!この私が数分会話しただけで心を許すなんて、なにかの間違いよ……そ、そうよ!この紙の効力が切れただけよ!絶対そう!」
必死に逃げ道を作ろうとするが
「それはないわ」
「なんでよ?」
「この紙そのものが霊的物質で作られてるわ。霊力を使い果たしたなら紙も消滅するはずよ」
「そんなのわかんないじゃない!」
「はぁ?私の力を疑うわけ!?」
「なにが『私の力』よ、あんた紙拾って調べただけじゃない!」
「拾っただけじゃないわよ!その紙は……」
コックリさんは何かを言いかけたが止めた。
「『その紙は』の続きはなに?」
「なんでもないわ」
花子さんの追求に背を向け拒絶する。
「あの……友達になるのって悪い事なんですか?」
ぼくは2人の会話に入る。
「うんうん♪少年の言う通りだよ~♪」
「そうよ、別に悪い事じゃないんだから認めなさいよ。私は初対面の相手と数分会話しただけで友達認定しちゃうチョロい花子さん…いいえ、チョロ子さんですって」
「後半のはすごい余計なんだけど」
不満そうな花子さん。
「そうだよ~、花ちゃんはチョロいんじゃなくて心が広いんだよ」
「……この話はもうヤメよ!ヤメヤメ!」
花子さんは強制的にこの話題を終わらせる。
「というわけだから、よろしく…」
花子さんは未だ謎の人物に照れながら言った。
「はい!よろしくお願いします!」
ようやく新章の6年生編スタートです!そして、早速、新キャラ登場ですが皆さんは正体がわかりましたか?たぶん、登場時のセリフと49話の次回予告で察しがついてる人も多いでしょう。でも、正体よりもどんなキャラなのか、どんな特性があるのかが重要なんです。これまで登場したキャラクターも皆さんが知るような都市伝説、怪談とは少し違ったと思います(*´艸`*) それでは