46話 花子さんとひきこさん②
2月25日
「あの山にゆきおんな……かぁ」
旧校舎3階の女子トイレ内から廊下、その先の外、更にその先にある山を見つめる花子さん。
「一人で山に閉じ籠ってる。寂しくないのかしら?」
昨日、口裂け女から【ゆきおんなの山】という七不思議を聞き一人、物思いに耽る。
「私がトイレから出られるんだったら、ここに引っ張って来て嫌でも友達に………暇潰し相手になってあげてもいいんだけど」
仮定の話ではあるが花子さんは居るかもわからない相手の友達………暇潰し相手になってもいいようだ。しかし、トイレから出られない花子さんとっては仮定の話であり実行できない。
「私の代わりに口裂け女は………期待できないわね」
明確な理由は無さそうだが、口裂け女に頼む選択肢を捨てた。
「首なしは………あいつ途中でババアに勝負挑まれて目的を見失いそうね」
未来予知とも言える直感でその選択肢も捨てた。
「はぁ、私の考え一つで自由に動いてくれるヤツ居ないかしら?」
「きゃひひ」
トイレ内に独特な笑い声が響く。
「あんた誰?」
「きゃひひ」
突然現れた笑い声の主に尋ねるが質問への回答はなく笑い声が返ってきた。
「あんた、妖怪?幽霊?まさかとは思うけど人間じゃないわよね?」
謎の人物の見た目は髪は肩に掛かるくらいの黒髪、白のワイシャツに赤いスカートを着ている。ここまでは普通だが、服は所々ボロボロで顔にはあちこちに傷痕がある。それを見て人間という可能性は低いと判断。
「きゃひひひ」
「ちょ、なに!?」
突然、謎の人物は花子さんの胸ぐらを掴みトイレの出入口へ向かって走り出す。
「ちょ、とま……あだっ!」
花子さんは出入口の見えない壁に衝突。
「きゃひ?」
事情を知らない謎の人物は掴んでた手を放し不思議そうに首を傾げる。
「あんたねぇ!」
鋭い眼光で睨み付ける花子さん。
「きゃひ」
するとまた花子さんの胸ぐら掴む。
「え?ちょ、まっ……」
「きゃひ、きゃひ、きゃひ」
「あだっ、あだっ、あだっ」
何度も廊下の方へ引っ張る。その度に見えない壁に衝突。意図した事ではないだろうが、謎の人物は廊下に居るおかげで花子さんからの反撃を受けずに一方的にその行動を続ける。
「いい加減に……しろ!」
なんとか謎の人物の手から抜け出した花子さんはトイレの奥へ。
「あんた、私にケンカ売ってんの?いいわ、かかって来なさい!」
先程まで一方的にやられてた花子さんだが、確かな勝算がある。不意さえ突かれなければ女子トイレ内は絶対無敵領域だからだ。
(さぁ、入って来なさい。さっきの仕返しをたっぷりさせてもらうわよ)
「きゃひひ」
罠だとも知らずに謎の人物は花子さんの目の前まで歩み寄る。
「こっから私の反撃よ!食らいなさい!」
花子さんは目の前に手をかざす。
「………………あれぇ?」
「………………きゃひぃ?」
何も起きず花子さんは首を傾げ、真似するように謎の人物も首を傾げる。
「なら、強めにいくわよ!ふんっ!」
今度は目の前に両手をかざす。
「……………あれぇ?」
「……………きゃひぃ?」
またしても何も起きず、二人一緒に首を傾げる。
「……うそ、私、力が使えなくなったの?」
ショックを受けた様子の花子さんは洗面台の森田……いや、石鹸……いや、森田を見つめる。すると森田は元気に飛び跳ねた。
「力を失った訳じゃないみたいね。あんた、なんなのよ?私の力が通じないなんて」
「きゃひひ」
相変わらず質問への回答はなく行動を起こす。つまり、花子さんの胸ぐらを掴み出入口へ。
「なんなのよー」
抵抗するもののズルズル引きずられ出入口付近での攻防になった。
「きゃひぃぃぃ」
「引っ張んなー」
攻防は均衡状態だが、一瞬の出来事でその均衡は崩れる事になる。
「こんにゃろっ!」
動き出したのは花子さん。引っ張られる力を利用し、謎の人物を突き飛ばした。
「きゃひ!」
「きゃっ!」
廊下へ突き飛ばされた謎の人物はタイミングよくやって来た口裂け女に衝突。
「イタタ。花ちゃん、いきなり抱きついて来るなんて、そんなに寂しかったの?」
「私はここよ」
トイレ内には花子さんの姿が。
「え?あれ~?じゃあ、この子は?」
「きゃひ」
自分と衝突した人物の顔を確かめる。
「きゃあ~~~!誰、この子~!」
慌ててトイレ内に居る花子さんの背中に隠れる。
「あんたね、なんであれと私を間違えんのよ?」
「だって~、洋服が似てたんだもん」
確かに白のワイシャツに赤いスカートという類似点はある。
「あんたは洋服で私を判断してるわけ?だったら、日曜の国民的アニメの主人公も間違えかねないわね」
「ん~、それならハナマル子ちゃんって呼ぶよ~♪」
「そういう事じゃないわよ!」
スパーンッ
「いた~い!」
「まったく……まぁいいわ、ちょっと困ってたトコだから手伝いなさい」
「なにすればいいの~?」
「あいつをなんとかしてちょうだい!」
謎の人物を指差す。
「あの子、誰なの?」
「知らないわよ!私の方が知りたいわ!」
「ん~。でも、花ちゃんなら、ここに居れば大丈夫なんじゃないの?」
これまでの出来事を知らない口裂け女は疑問を投げかける。
「そのはずなんだけど……あいつに私の力が通じないのよ」
「花ちゃん、力が使えなくなったの?」
「使えるわよ!ほら」
花子さんの合図に合わせて森田が活発に動き回る。
「花ちゃんはこうやって森田ちゃんと遊んでたんだね~♪」
「今はそれ関係ないでしょうが!」
スパパンッパンッ
「きゃう~ん!なんで三回も叩くの~?」
「私をイラッとさせた分と話を脱線させたからよ」
「それだと二回分だよ~」
「そうね……あと一回は森田の分よ」
「きゃひひ」
蚊帳の外になっていた謎の人物が二人に近づく。
「こ、こっち来んな!」
力が通じないせいか警戒心剥き出しで口裂け女の後ろに隠れる。
「きゃひ」
「え、なに!?わわわわ!」
謎の人物は口裂け女の手を掴み今までと同様、廊下へ引っ張る。
「きゃひ」
花子さんとは違い、すんなり廊下まで引っ張って来る事ができ手を放し、またトイレへ。
「く、来んなー!」
あっさり掴まれ攻防が始まる。
「口裂け女!助けなさいよ!」
「花ちゃん。この子、名前ってあるのかな?」
攻防の最中、助けを求めるがその相手は能天気な事を考えている。
「知らっないわよ!喋る言葉が『きゃひひ』ばかりなんだから!それより、助けなさいよ!」
「じゃあ、私達で名前を決めてあげよ♪」
「なんでそうなんのよー!」
「ええと、どんな名前がいいかな~?」
花子さんの叫びは届かず名前決めを始めるようだ。
「花ちゃん。この子はどんな子なの~?」
「知るわけないでしょ!」
「そんなんじゃ、決められないよ~?」
今までの仕返しなのか、それともただの天然なのかマイペース。
「わかった!決めるから決まったら助けなさいよ!ええと、こいつはさっきから私の事を引っ張るから……ひきこ、ひきこよ!」
「ん~、引っ張るから………それなら、ひっぱこじゃない?それか、ひっぱるこかな~?」
「細かいこと気にするんじゃないわよ!ひきこで決定よ!」
強引に決定。口裂け女は謎の人物……改め、ひきこ(仮)に近づく。
「あなたの名前、花ちゃんがひきこって決めちゃったけど大丈夫~?」
「きゃひきゃひ」
口裂け女の問いにひきこ(仮)は首を縦に振った。本人の承諾も得られたのでひきこ(仮)……改め、ひきこに決定。
「ひきこちゃんだから、ひーちゃんだね~♪ひーちゃん?今ね、花ちゃんは嫌がってるの。人の嫌がる事はダメのメッ!だよ」
「きゃひぃ」
注意されたひきこは大人しく花子さんを解放した。
「た、助かったわ」
「ひーちゃん、ちゃんと言うこと聞くし良い子だね♪」
「良い子じゃないわよね!だいたい、私を外に引っ張って何がしたいのよ?こいつは」
状況は落ち着いたものの未だに警戒心剥き出しの様子。
「きっと、花ちゃんと外で遊びたかったんだよ~♪」
「んなバカな理由で私はあんな目に遭わされたわけ?」
「わかんないけど……とりあえず、質問してみよ?言葉は理解できるみたいだし」
「そうね。また訳もわからず、あんな事されたら堪ったもんじゃないわ」
二人は素性が不明のひきこを見つめる。
「あんたはどっから来たの?」
「きゃひぃ?」
質問に首を傾げる。わからないらしい。
「ひーちゃんは何歳なの?」
「きゃひぃ?」
またしても首を傾げる。
「あんたは妖怪?幽霊?どっち?」
「きゃひひ」
その質問に対して壁をすり抜け幽霊である事をアピール。
「ひーちゃんの誕生日はいつ?」
「きゃひ……ひっひっひ」
指を折り数えてるようだが返答に時間が掛かっている。
「1月かな?」
見かねた口裂け女は尋ねる。
「きゃひ」
首を横に振った。違ったようだ。
「じゃあ、2月?」
「きゃひ」
続けて尋ねたが、これも違うらしい。この後も3月、4月と順番に尋ね首を縦に振ったのが8月だった。
「8月か~。次は何日生まれかだね~」
先程と同じように順番に尋ね7日で首を縦に振った。8月7日がひきこさんの誕生日らしい。
「あら、私と一緒なのね」
「え~!花ちゃんの誕生日って8月7日だったの~!?」
「そうよ。別に驚く事じゃないでしょ。質問を続けるわ。あんた、外で悪さしてないわよね?」
ついでに花子さんの誕生日が発覚したが平然と質問は続く。
「きゃひきゃひ」
質問に対して首を縦に振った。
「ひーちゃんはオシャレに興味あったりする~?」
「きゃひぃ?」
肯定も否定もせず首を傾げた。
「ていうか、あんたはさっきから意味のない質問ばかりするんじゃないわよ!」
「だって、仲良くなりたいんだもん」
二人がひきこに対する質問はそれぞれ目的が違った。花子さんは正体を見定める為、口裂け女はただただ親睦を深めたいだけ。
「じゃあ、聞くけど、あんたとはそこそこの付き合いなのに今の今まで誕生日聞かなかったじゃない!ひきこには聞いて私には聞かないなんてどういう事よ?」
「花ちゃん、聞いて欲しかったの?言ってくれれば聞いたのに」
「そういうこと言ってるんじゃないわよ!あー、イライラしてきた。尻をこっちに向けなさい。叩くから!」
「イヤだよ~。そんな告知されてお尻向ける訳ないじゃん!」
スパーンッ
聞き慣れた尻を叩かれる音がトイレ内に響く。
「ひゃう~ん!花ちゃん、幽霊ぱわーで叩くの禁止~」
「私じゃないわよ。だいたい、あんたの尻は直接、この手で叩くって決めてるもの」
「変な事に拘らないでよ~。あれ?じゃあ、誰が叩いたの?」
「きゃひ」
その疑問に手を挙げて答えたのはひきこだった。
「ひーちゃんと仲良くはなりたいけど、そういうのは花ちゃんだけで十分だよ~」
「よくやったわ。ひきこ」
花子さんは親指を立てる。
「もういい!帰る!」
「ちょっと待ちなさいよ!私とこいつを二人っきりにする気?」
自分の力が通じないひきこと二人っきりになるのを恐れ慌てて引き止める。
「花ちゃんはひーちゃんと親睦を深めればいいよ!イーッだ!」
その言葉を残し、自称26歳の口裂け女は可愛らしく立ち去ってしまった。
「あんた、引っ張るんじゃないわよ?」
「きゃひ?」
力が通じない以上、言葉で対話するしかない花子さんは刺激しないように念を押した。
これが花子さんとひきこさんの出会いでした。特に特別な出会いでもなく突然、現れ謎のままですね。それにしても花子さんが一方的にイタイ目に遭うのは珍しい貴重な回だったかもしれません( *´艸`) それでは