45話 花子さんとひきこさん
「ふふふ♪くすぐったいわよ♪あ、コラ!やったわねー♪」
ここは旧校舎の3階の女子トイレ。一人の少女が楽しそうに“何か”と戯れている。
「あんたはホント、人懐っこいんだから♪ほら、来なさい。撫でてあげる♪ふふ、そんなに嬉しいの?可愛いわね♪」
微笑ましい光景だ。それを見た来訪者が……
「花……ちゃん?なにしてるの?」
「く、口裂け女!?」
“何か”と戯れていたのは旧校舎3階の女子トイレの主である花子さん。来訪者は口裂け女だ。そして、“何か”は急に床に落ち微動だにしなくなった。
「い、いつから居たの?」
明らかに動揺している花子さん。
「ん~、『ヒマね、そうだ!一緒に遊びましょうか!アワアワちゃん♪んー、モコモコくんがいいかしら?今度、ちゃんと名前決めようねー♪』ってトコからかな~」
「なんでそんな前から声を掛けないで見てたのよ!」
「だって、現実とは思えなくて混乱しちゃって。それより、それ石鹸……だよね?」
花子さんが戯れていた“何か”を指差す。
「そ、そうね」
「花ちゃん、寂しいなら私が遊び相手になるよ?」
「さ、寂しくなんかないわよ!てか、そんな目で見るな!」
同情にも似た視線を向ける口裂け女に否定の言葉を言うが
「でも、わざわざ幽霊パワー使って石鹸を操ってたよね?」
口裂け女の言う事が本当なら、花子さんは幽霊パワーを使い、あたかも石鹸を生きてるペットに見立てて戯れていた事になる。
「わ、私がそんな事するわけないでしょ!」
「じゃあ、その石鹸はどうやって動いてたの?」
「それは…………そうよ!この子は付喪神なのよ!そう!そうなのよ!」
付喪神とは長年、大事にされた物に魂が宿った存在である。
「こんにちは。口裂け女さんに花子さん」
そこへ二宮金次郎の銅像が現れた。彼はちょうど話題に上がった付喪神だ。
「あ、二宮くん。ちょっとこっちに来て!」
「なんですか?」
口裂け女に手招きされ二宮金次郎はトイレ内へ。
「えいっ!」
パシーンッ
突然、二宮金次郎にビンタする口裂け女。だが、彼の体は銅で出来ている。
「いった~い!」
「ボクは痛くないよ」
銅で出来ている二宮金次郎にはノーダメージ。だが、叩いた口裂け女はそれなりのダメージがあった。
「もう行っていいよ。二宮くん」
「ボクはなんで叩かれたの?」
疑問を口にしながら、二宮金次郎はトイレから出ていき隣の教室へ行ってしまった。
「花ちゃん、その石鹸……さんは付喪神なんだよね?」
「ええ、そうよ!」
「じゃあ、触れるよね?」
そう言うと口裂け女は石鹸へ手を伸ばす。
「あ!待ちなさい!」
花子さんの制止は届かず口裂け女の手は石鹸と接触………するはずだったが……
「………花ちゃん、触れないよ?」
「な、なんのことー?」
追求する視線から目を逸らす花子さん。
「じゃあ、仕方ないから石鹸さんに名前を付けてあげよっか!」
「なんでそうなんのよ!今はこの石鹸が付喪神かどうかを追求するトコでしょ!」
自分にとって話題が逸れ始めて良い流れのはずが思わずツッコみを入れる。花子さんはツッコみ気質なのかもしれない。
「追求していいの?」
「……それは」
「名前を付けるか、追求してもいいか、どっち?花ちゃん」
「じ、じゃあ………名前」
渋々、決まった。今から石鹸に名前を付ける事になるが、これはこれで恥ずかしい流れかもしれない。
「ん~、アワアワちゃんかモコモコくんで迷ってたよね。なら、合体してアワモコちゃんはどうかな?」
「イヤよ!」
「何がダメなの~?」
即却下され理由を尋ねる。
「私はね、[ちゃん]や[くん]も含めて悩んでいたのよ。あんたの案だと[ちゃん]に決まっちゃうじゃない」
「じゃあ、アワモコくんは?」
「そういう問題じゃないのよ。今からこの子の名前を付けるのよ?2つの案で迷った挙げ句、合体させて解決なんて中途半端がイヤなのよ!名前を付けるってのはね重大な事よ!舐めんじゃないわよ!」
思いの外、名前を付ける事に真剣に向き合っている花子さん。
「じゃあ、どうするの~?」
「新しい候補を考えるわ」
「じゃあ、シロちゃんはどう?」
「却下!見た目で言ったでしょ?安直過ぎるわ」
「花ちゃんのアワアワちゃんもモコモコくんも似たようなもんだと思うよ~」
自分の案がことごとく却下され口裂け女のマスクを着けた頬が膨れる。
「他に候補はないの?」
「そういう花ちゃんは?」
「よく聞いてくれたわ!」
待ってましたと言わんばかりの自信に満ちた表情。このセンスが問われる問答に花子さんが出す答えとは
「森田、与田、富田、この3つの中から決めるわ!」
「む~………………可愛くない!可愛くないよ~」
しっかり考えた上で花子さん提示した候補を可愛くないと断じる。
「何が可愛くないよ!全国の森田さんと与田さんと富田さんに謝りなさいよ!」
「森田さん、与田さん、富田さん、ごめんなさい………じゃなくて~!全部、名字じゃん!名前らしい名前にしようよ~」
全国の森田さん、与田さん、富田さんに謝りつつ、駄々をこねるように反論。
「うっさいわね!第一、あんたに決める権利はないのよ!」
「なんで~、ひどいよ~」
「最初にこの子の名前を考えてたのは私よ!言わば私はこの子の親!お母さん!ママなの!」
「じゃあさ、今度こそ、その3つから決めなきゃダメだよ?」
[アワアワちゃん]、[モコモコくん]、この2つの候補は白紙になり今は[森田]、[与田]、[富田]の3つの候補がある。
「………森田」
「それでいいの?」
「ええ」
花子さんは小さく頷いた。
「花ちゃん、今からでも[アワアワちゃん]か[モコモコくん]にしようよ~。合体させなくていいから~」
「イヤよ!もうこれで決まりよ!」
ただ頑固なのか、それとも[森田]を気に入っているのか、一方的にこの名前論争は終止符が打たれた。
「ところであんたは何しに来たのよ?」
「もちろん遊びに♪」
「いいわね。ちょうど体を動かしたかった所よ。やりましょうか、ボクシング!」
「なんでそうなるの~、イ~ヤ~だ~よ~」
すでにファイティングポーズで準備万端な花子さんに対して戦意すらない口裂け女。
「じゃあ、なにすんのよ?」
「お喋りだよ!お喋り!」
「お喋り?雑談がしたいわけ?」
「うん♪」
ファイティングポーズから雑談しやすいリラックスした体勢になる。
「あんたが雑談を提案したんだから、あんたから話題を振りなさい」
「ん~、花ちゃん、雑談って可愛くないから他の言い方にしない?」
「あんたはなんでもかんでも可愛さを求め過ぎよ」
「いいじゃん、いいじゃん♪これも雑談だよ♪」
「仕方ないわね」
ノリノリの口裂け女に押され雑談スタート。
「それで?雑談の可愛い言い換えは思いついてるわけ?」
「ん~、【お喋り】!」
「はい。じゃあ、【お喋り】で決まりね」
「え~、待ってよ~」
あっさり決まりかけだが、言った本人が待ったを掛ける。
「何よ?あんたが言ったんでしょ」
「だって~、会話のキャッチボールしたいよ~」
「私は別に雑談の他の言い方なんて興味ないもの」
「じゃあ、それは考えなくていいから、いつもみたいに私の案を否定して~、罵ってもいいから~」
なんとも不思議な譲歩案。それに対して花子さんの対応は……
「わかったわ。すぅ、はぁ…………却下よ!却下。何が【お喋り】よ?だいたいね、あんたがお喋りしたいって言って私は雑談って言い直したのが始まりでしょ?なのに【お喋り】に落ち着こうとするなんて意味ないじゃない!私を納得させたいなら、もっと考えなさいよ。バカ!」
「花ちゃ~ん♪それでこそだよ~♪」
否定され罵倒されたのに喜ぶ口裂け女。
「それでこそじゃないわよ!この議題が解決するまであんたが責任持ちなさいよね!」
「うん♪それじゃあ、【話し合い】はどう?」
早速、新しい案を提示する。
「あんたは雑談に対して可愛くないって言ったわよね?【話し合い】、それに可愛さはあるわけ?」
「ないね!」
「じゃあ、次!」
会話のキャッチボールが出来てて嬉しいのか特に未練なく自分の案を下げる。
「ん~、【お話し合い】ならどう?」
「さっきと変わらないじゃない!」
「ちゃんと変わってるよ~。さっきのは【話し合い】で今のは【お話し合い】だよ!」
そう、さっきとは違う。【話し合い】の頭の方に[お]を付けたのだ。
「あんたね、上品言葉みたいに最初に[お]を付ければ可愛くなるわけないでしょ!ちょっとの付け足しで変化する物はね、結局はただの錯覚よ!」
「手強い~。花ちゃんはどういうのなら納得するの?」
なかなか上手くいかず、選定役の花子さんに尋ねる。
「そうね、今までにない新しい言葉がいいかしら」
「新しい言葉か~、難しいよ~」
「仕方ないわね。発想のヒントとしてはその物事の特徴とかを並べてみてみるってのも手よ」
見兼ねた花子さんは助言をする。
「う~ん………雑談でしょ、私と花ちゃんは女の子でしょ……」
「私はともかく、あんたは見た目も年齢も女の子じゃないでしょ」
「私は26の女の子だもん!考えてるんだから邪魔しないで!花ちゃん」
反論しつつ思案を続ける。
「【女子雑談】………う~ん、可愛くない。【女子談義】……これもダメ」
「そうね、【女子談義】なんて彼女が居ない男子がどうやって彼女を作るか話し合うみたいでイヤね。ところで[女子]は確定なのかしら?これだと首なしや二宮とかは入れないわよ?」
「え?あ、うん。私と花ちゃんだけの言葉にしたいんだ~♪」
「あっそ」
素っ気ない言葉のはずだが嬉しさを感じる。
「花ちゃん、会って話をするのってなんて言うの?」
「集会とか会合じゃない?」
「集会……会合………どっちも[会]がある………そうだ!【女子会】はどう?花ちゃん」
ようやく良さそうな案を思いつき提示する。
「………まぁ、悪くないわね。[女子]ってのが少し引っ掛かるけど」
「やった~♪【女子会】で決まりだね~♪」
ご存知の方も多いと思うが【女子会】という言葉は存在している。だが、この二人の会話は19××年……つまり、私達が認識するよりも前に【女子会】という言葉は存在していた事になる。しかし、二人はこの言葉を広めたりはしなかった。よって気にする必要はない。
「よ~し、女子会をしよ~♪」
「なにすればいいわけ?」
女子会開幕と同時に概要を尋ねる。
「お喋りだよ!花ちゃん、なんか面白い話して~」
「仕方ないわね。それじゃあ、話の最後にあんたが尻を叩かれる話となんだかんだで尻を叩かれる話と尻を叩かれなかったと思ったら実は既に叩かれていた話、どれがいい?」
提示された三つ話に共通しているのは[尻を叩かれる]という結末。
「どれもイヤだよ~」
尻を叩かれるであろう本人は拒否。
「なら、あんたが話をする事ね」
「ん~~、ん~~、ん~~~」
考える、深く考える、必死に考える。さもなくば、自分の尻に悲劇が待っている。
「そだ!ここに来る途中でね、子供達がこの学校の七不思議を話してるの聞いたよ!」
ようやく出た話題。だが、花子さんにとって興味を引く話題なのだろうか。
「面白そうね。聞かせなさい」
興味を示した花子さんは胡座をかきリラックスした体勢。
「ん~とね、いろいろあってね、あ!【行方知らずの二宮金次郎】って言うのがあったよ」
「それはどういった内容なの?」
「これはね、時々、旧校舎の入り口にある二宮金次郎の銅像が居なくなる七不思議みたいだよ~」
「その七不思議の主は隣の教室で人体模型と遊んでるわね」
「だね~」
先程、遭遇した二宮金次郎はまさに七不思議を起こしてる張本人。
「そういえば、花ちゃんの七不思議もあったよ!」
「そりゃあそうよ!学校の七不思議、怪談と言えば私の名前が出てこないはずがないわ!」
自分の名前が出て上機嫌なご様子。
「それで、どんな話だったの?」
「う~ん、すごく怖かった。花ちゃんがこんな怖い人だなんて思ってもみなかったよ」
「それ絶対、濡れ衣だから」
「そなの?」
故意に脅かした人は小数居るが花子さんは基本的に怖い存在ではない。
「あんたね、本人と直接会話してるのに疑うわけ?」
「だって、花ちゃん私のお尻叩くし」
「それはあんたの尻が叩かれたそうにしてるからよ」
「私のお尻はそんなんじゃないも~ん」
両手でお尻を守る口裂け女。
「冗談よ。他にはどんな七不思議があったの?」
「ん~、あ!【ゆきおんなの山】って言うのもあったよ」
「へぇ、ゆきおんなねぇ」
「あのね、あっちかな。見える?」
口裂け女は廊下の窓を指差す。
「何があるの?」
「んとね、ず~っと先の方にある山なんだけど」
指差してたのは廊下の窓ではなくその向こうに見える山だった。
「んー、ああ、あれね」
「あれがゆきおんなが住んでるって言われてる山なんだって~」
「へぇ……って!学校の七不思議じゃないじゃない!」
そのゆきおんなが住んでると言われる山は明らかに学校の敷地外にある。花子さんのツッコみも当然だ。
「私は聞いただけだからわからないよ~」
噂話を聞いただけの口裂け女は困った様子。
「それで、そのゆきおんなは具体的に何してるわけ?」
「さぁ?花ちゃんみたいに山に閉じ籠ってるんじゃないかな」
「私………みたいにね」
何か思う所があるのか静かにゆきおんなが住んでると言われる山を見つめる。
「花ちゃ~ん、今のは『私は好きで閉じ籠ってるんじゃないわよ!』って言うトコだよ~?花ちゃん?花ちゃ~ん、花ちゃ~ん?」
かなり真剣に考え事をしているらしく口裂け女の声は耳に届かない。しかし……
スパーンッ
「いった~い!」
体に染み付いた習慣で口裂け女の尻を目視する事なく叩いた。
ひきこさんの話になりますが、いつ頃だったか花子さんと石鹸の関係を書こうかなみたいな話をした覚えがあるので書かせてもらいました(ノ´∀`*) 花子さんの以外な一面でしたね! それと『ござるござる』言う前のレアな二宮くんも登場しました。私が書き間違えたと勘違いされそうなので念のため補足です。 それでは