42話 モナリザとタイチ
(ん……ここはどこ…ですの?)
彼女は目を覚ました。そこは後に旧校舎になる校舎の2階と3階の間にある踊り場。
(わたくしは……なにも思い出せない…名前も…どこから来たのかも…)
目覚めたばかりで混乱してるのか、自分の素性が全くわからない。すると突然、なにかに視界を覆われた。
(なにしますのー!やめてくださいましー!)
彼女は叫ぶがその言葉は受け入れてもらえない。だが、キュッキュッと音を立て視界を覆ってた物が下に移動していき、目の前に1人の少年が居る事に気づく。
(なんですの?あなたは?わたくしになにをしてますの?)
彼女の声が聞こえないのか黙々と作業を続ける少年。
「毎朝、拭き掃除とは偉いね」
60代くらいの男性が現れ少年を褒める。
(拭き掃除……わたくしを拭いていますの?)
「あ、校長先生!おはようございます」
「うん、挨拶もできて感心!」
2人には彼女の声は聞こえたいない。
「ボク、この絵が好きなんです!だから毎日キレイにしてあげたくて」
「その年で美術品に興味を持つとは将来が期待できるなぁ」
校長先生はそう言いながら立ち去って行った。
「よし!キレイになった」
(キレイに……わたくし…キレイですの?)
こんなに近くに居るのに彼女の声は届かない。
「あー、やっぱりここにいた!」
少女が現れた。
「なに?」
鬱陶しそうに少年は言う。
「タイチ君、この絵好きだよね」
(あなた、タイチって言いますのね)
「このモナリザは世界的に有名な絵なんだ」
(わたくし、モナリザって名前ですのね…)
「でも、これレプリ…カって言うんでしょ?」
「たしかにレプリカだけど、それでもキレイな絵だよ」
モナリザを見つめ目を輝かせるタイチ。
「そろそろ、教室に行こ!タイチ君」
「う、うん」
少女に手を引かれ立ち去っていく。
(それにしてもここはなんですの?それに動けないですわ)
あれこれ考えるがなんの情報も得られず時間が過ぎていく。
キーンコーンカーンコーン その音が鳴ると周りが騒がしくなりはじめた。モナリザの前を子供達が行き来する。子供よりは少ないが大人の姿もある。
(みんな自由に動けるのになんで、わたくしだけ……)
身動きの取れない日々が過ぎていく。だが、毎日のようにタイチはモナリザをキレイにする。健気なタイチに毎日のようにお礼を言うモナリザ。
そんなある日。ゴトッと重い物を置くような音がした。それはモナリザの真正面からである。2人の男性が自分達の身長と同じくらいの大きさの長方形の物体をモナリザの正面の壁に立て掛けた。長方形の物体には布が掛けられている。
「よし!これで設置は完了だな!どうです?坊っちゃん」
男性の1人が言った。男性2人以外にも誰か居るようだ。
「学校で坊っちゃんはやめてよ」
照れながら現れたのはタイチ。
「最後の仕事は坊っちゃんにお願いします」
そう言うと2人の男性は後ろに下がる。
「もう」
坊っちゃん呼びを止めない男性に呆れる。
「じゃあ、いくよ!」
タイチは長方形の物体に掛けられている布を掴み。
「えいっ!」
思いっきり引っ張った。布が取り払われるとそこには大きな鏡があった。その鏡には四角い額縁に収まる女性の絵が写っていた。
「どうですか?母樣が女は鏡を見ることで美しくなるって言ってました」
モナリザを覗き込むタイチ。
(それで…わたくしのために?ちょっと待ってくださいまし!では、あちらに写ってるのは…わたくし?)
鏡に写る自分を見つめる。その姿を見て自分が身動きが取れない理由を理解した。そして、その姿に驚愕し
(………なんて、美しいんですの!わたくし!!)
自画自賛。
(こんな美しいわたくしが気ままにあちこち出歩いていたら大騒ぎになりますわね!神様もそれを見越してわたくしをこのような姿にしたんですわ!)
「うん、今日もキレイです」
タイチは笑顔をモナリザに向ける。
(もしかして、あなた、わたくしの声が聞こえてますの?)
その答えはすぐにわかった。
「お疲れ様でした。もう帰ってもいいですよ」
タイチは2人の男性を労う。やはりモナリザの声は聞こえてない。
「坊っちゃんも学校楽しんでください!行くぞ!」
「ウィーッス」
2人の男性は立ち去った。
その日からタイチの朝の日課に鏡を拭く作業が追加された。会話はできないがモナリザは毎朝、タイチが来るのを心待ちにしていた。それ以外の時間は正面の鏡に写る自分を眺めていた。なにが楽しいのかわからないが自分を見つめる時間は凄く充実してるらしい。
それから数ヵ月経ったある日。
「今日はお別れの日だから念入りに拭きますね」
(いつもご苦労様ですこと………ちょっと!いまなんて!?)
聞き返したがモナリザの声は届かない。
(聞き間違いでなければ、お別れって言いましたわよね…なんでですの?)
モナリザを拭き終えたタイチはお辞儀をする。
「最後の掃除かね?」
校長先生が現れた。
「あ、校長先生!」
「欲しかったら持って帰ってもいいんですよ。レプリカですからね。それにお父様には世話になってますし」
「いえ…家に持って帰っても父様はこういうの捨てちゃいますから」
「そうですか…」
「もう帰ります、さようなら、校長先生!」
「はい、さようなら」
階段を下りていくタイチを見送る校長先生。
「あ、校長先生!できれば鏡もそのままにしてもらえますかー?」
遠くからタイチが校長先生に尋ねる。
「ああ任せなさい」
その日から朝の日課はタイチではなく校長先生が代わりを勤めていた。
それから時間が経ち校舎は旧校舎になっていた。人の行き来がほぼなくなり、流石にヒマを持て余してたモナリザの前にスーツを着た男性が立っていた。
「お主…そろそろ目覚めるかもしれぬな。いや、目覚めてはいるが声が出せないのか……」
(なんですの?あなたは)
すると、もう1人…いや、2人の男性がやって来た。
「モナリザですか……お好きなんで?」
あとから来た男性の1人がスーツを着た男性に話しかける。
「いや」
質問に素っ気なく返すとスーツを着た男性は階段を上がって行った。あとから来た男性は苛立ちながら階段を上がって行った。
(なんなんですの)
~それから数日後~
モナリザの前にはマスクを着けた女性が背を向け立っていた。鏡を見ているようだ。
「あたし、きれい?なんちゃって~♪」
女性はその場で一回転。
(なんですの、この女は!わたくしにケンカ売ってますの?)
女性はなにかを思い出したように階段を上がって行った。
~それから更に時間が経ち~
ゴトッ、ゴトンッ
(なんですの?)
深夜、暗闇の中で物音が…それはモナリザの正面からである。
(んー)
目を凝らすと2人の男性が鏡になにかしてる。
(タイチがわたくしのために用意した鏡になにしてますの?)
様子を窺っていると鏡を取り外した。
「行くぞ」
「はい」
(ちょっと!どこに行くつもりですの!?待ちなさい)
2人の正体は泥棒だった。泥棒は急ぎ足で階段を下りていった。
(それは大切な物でしてよ!わたくしの大事な…大事なタイチとの絆でしてよー!)
モナリザの声は届かない。届いたとしても返すとは思えない。
(誰ですの?)
泥棒とは別の気配を感じたモナリザ。その気配は3階からゆっくり階段を下りて来た。
(なんですの?あなたは)
その人物は人の皮を剥いだような見た目で臓器がまる見えになっている。彼は人体模型。
「鏡が!鏡が盗まれましたの!すごく大事な鏡が!あなた先程の2人の仲間ではありませんよね?お願いしますわ!取り返してきてくださいまし!」
その声が届いたのか人体模型は走り出した。
数分後、人体模型は鏡を背中に担ぎ戻ってきた。
「助かりましたわ!もう1つお願いがありますの、二度とこのような事がないようにわたくしと鏡を移動してくださる?できれば、散らかってて何かを探すのが面倒になるような場所がいいですわ」
人体模型は無言で階段を上がって、数分後にまた戻ってきた。
すると鏡を担ぎ上げる。
「いい場所が見つかりまして?」
その質問に人体模型は頷く。鏡を先に運びモナリザのもとに戻ってくる。なぜか急いでる様子。
「わたくしをお願いしますわ」
人体模型は大事そうにモナリザを両手で抱える。3階に上がり左に曲がると人体模型はバランスを崩し倒れる。
「きゃっ!」
人体模型は背中から倒れた事でモナリザは無傷。その際、負傷したのか人体模型は片手でモナリザを抱えた状態で匍匐前進。
「大丈夫ですの?」
その質問には答えずひたすら進む。そして辿り着いたのは女子トイレの隣の教室だった。
「ここですのね!いいですわ!」
机や椅子が乱雑に置かれた教室を見て満足そうに言う。
人体模型は壁に背を預け座り、大事そうに…守るように………愛おしそうにモナリザを抱きしめると糸の切れたマリオネットのように力が抜ける。
「ホントご苦労様ですわ」
すると突然、人体模型は立ち上がりモナリザは床に落ちる。
「どうしましたの!?」
人体模型は床に落ちたモナリザを見て首を傾げる。
「あなた、さっきまでとはまるで別人ですわね」
先程までの雰囲気とはどこか違う人体模型を見て疑問に思うモナリザであった。
≪次回予告≫
これも紛れもない伝説と伝説の邂逅 会いに来る彼女 呼び出せる彼女 それは偶然であり奇跡であり喜劇な出会い 名前を積極的に出す彼女 複数の呼び名がある彼女 互いに活動範囲は相容れない 決して活動の邪魔にはなりえない だが彼女達は共存の道を選ぶ
今回はモナリザの美談でした(*´ω`*) 人体模型との出会いも突然でしたが、まぁいろいろあるんです!いつかその裏側を書けたらと思います。たぶん、皆さんが忘れた頃になると思います。 これはあまり関係ないんですが[タイチ]、[鏡]で何かピンッと来てくれたら嬉しいです。 それでは