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ぼくと花子さん  作者: 大器晩成の凡人
58/152

37話 花子さんと霊媒師④

 ~1980年代~


 ここは“トイレの花子さん”が出るという旧校舎前。なにやら大勢の人が集まりなにかを始めるようだ。


「暗くならない内に機材運び込めー」


「はーい」

「はい」

「はぁい」


 大勢に指示を出してる人物はディレクターだ。


「どうですか?ここは?」


 ディレクターはスーツを着た男性に話しかける。


「うむ、屋上に気配を感じる」


 この男性はスーツを着ているが有名な霊媒師。20代と若いが業界では知らない人はいない。


「やる気ですねぇ、でも、そういうのはオープニングの時に取っといてくださいよぅ」


 ディレクターは馴れ馴れしく霊媒師にすり寄る。


「……」


 気に障ったのかディレクターを睨みつける。


「失礼しました……それにしても服装はこれでいいんですか?一応、それっぽい衣装ならありますよ?」


「よい。霊と向き合うには服装ではなく尊厳を守る事が大事なのだ」


「そうですか…」


 ディレクターは霊媒師から離れ作業する人達の方へ。


「衣装どうします?」


 ディレクターに話しかけて来たのはAD。


「いらねぇんだってさ、まったく雰囲気が出ねぇじゃねぇか。そう思わねぇか?」


「は、はぁ…」


「なんだ、その気の抜けた返事は?新校舎あってこそ旧校舎!旧校舎があるから俺らに心霊番組のロケの仕事が回って来たわけだ。なのに霊媒師がスーツで来てんだぞ?ガッカリだよ」


「でも、旧校舎だけでも十分なくらい怖いんですけど」


「だな」


 ディレクターは旧校舎を見上げる。


「そういや、あの霊媒師、『屋上に気配を感じる』って言ってたぞ!ちゃんと番組の主旨伝えたんだろうな?俺らの狙いは3階の“トイレの花子さん”なんだぞ」


「はい、伝えましたよ」


「この際、偽者だったとしても番組の進行さえ出来れば問題ないが、屋上がどうのこうのとか言われたら困るんだよなぁ」


「でも、あの霊媒師は本物かも……」


 ADは神妙な顔。


「ん?なんでだ?」


「ここでロケする事が決まったのって情報収集で一番古い“トイレの花子さん”の目撃情報があったからなんですけど…」


「ああ、俺もそう聞いてる」


「その時、この学校の事を可能な限り調べたらイジメを苦に屋上から飛び降り自殺した事件があったんですよ。でも、霊媒師には“トイレの花子さん”の事しか話してないのに屋上を気にするなんて……」


「それだったら他にも事件があったって聞いてるぜ。イジメられてた子が2人の同級生をカッターで殺したとか。つまり、この旧校舎には3階、屋上、あとどこかに殺された2人の霊が居る事になるな」


「いえ、その2人はケガはしましたけど亡くなってはいません。イジメられてた子はその事件で転校したようです」


「お前は……よくリサーチ出来てて優秀だな」


 ディレクターはチョークスリーパーのような体勢でADの頭をワシャワシャ撫でる。


「よし!そろそろ下見の準備は出来た頃だな」


「必要なんですか?」


「必要に決まってるだろ!キャストが来る前に仕掛け…怖い場所を把握しないとな」


「優秀なディレクターですね」


「このやろう♪」


 またもチョークスリーパーのような体勢でADの頭を乱暴に撫でる。


「じゃあ、行ってくる。ほら、行くぞ!」


 ADに後ろ手に手を振り、肩に担ぐ程の大きなカメラを持つ男性を呼ぶ。


「ウッス!」


 その男性はロケ隊のカメラマンだ。カメラマンを任されてるだけあって体格がいい。


「下見の準備が整いましたよ」


 旧校舎入口前の二宮金次郎の銅像と向き合っている霊媒師に話しかける。


「うむ、では行こう」


 キーンコーンカーンコーン 


 17時、旧校舎の下見スタート


「まずは左の職員室と校長室を見に行きましょう」


「行く場所は決まっている」


 霊媒師はディレクターの提案を無視し階段へ。


「下見も撮れ高になるからカメラマン連れてきたってのに」


 苛立つディレクター。


「どうします?」


「いいから回しとけ!」


 カメラマンの質問に半ば八つ当たり気味に指示する。どんどん進む霊媒師に追いついたのは2階と3階の間の踊り場だった。霊媒師は壁に掛けられてた絵画を見ている。


「モナリザですか……お好きなんで?」


「いや」


 ディレクターの質問に素っ気なく返し、再び階段を上る。


「なんなんだよ」


 頭を掻きむしるディレクター。


「3階はすぐそこですよ」


「わーってる!」


 カメラマンはディレクターの態度に慣れてるのか顔色一つ変えない。


 2人は3階に着くと霊媒師はすでに女子トイレ内に入っていた。


「お主が“トイレの花子さん”か?」


「なに?あんたは?」


「そこに“トイレの花子さん”が居るんですか!?どこです?お前もトイレに入って近くで撮影しろ!カメラなら映るかもしれねぇ」


「ウッス」


 花子さんの事が見えない2人はズカズカと女子トイレに入って来た。


「私を見せ物かなにかにしたいわけね」


 鋭い眼光は2人を睨みつける。


「マズイ!逃げろ!」


 殺気にも似たその視線に危険を感じた霊媒師は2人に逃げるよう促す。


「こっちは仕事なんでね!撮るもんは撮らせてもらいますよ~」


 状況が全くわからない2人は撮影を継続。すると花子さんはキッとカメラマンを睨むとボンッと音を立てカメラから煙が出た。


「うわっ!」


 カメラマンは驚いた拍子にカメラを床に落とす。


「おいおい、せっかくの撮れ高が…」


 危機感のないディレクターはカメラの心配。


「出てけ」


 冷たい口調で2人を睨むと2人は廊下へ吹き飛んだ。


「に、逃げるぞ!」


 ようやく状況を理解したディレクターはカメラマンと共に逃げ出した。


 1人、トイレに残った霊媒師。花子さんの力が通じないのか、それとも……


「~~~~~~」


 お経を唱える霊媒師。


「なんのつもり?」


「~~~~~~」


 花子さんの質問に答えず、お経を唱え続ける。


「好きなだけやればいいわ」


「~~~~~ッ!」


 どうやら、お経を唱え終わったようだ。


「私もここまでか……」


 霊媒師は自分の死を悟った。


「なに覚悟を決めたような顔してんのよ?」


「私の出来る事はやった…それで成仏させられなかったのだ。諦めるしかないだろう。それにお主の怒りも買ってるしな」


「バカじゃないの?私があんたを殺すとでも?」


「だが、あの殺気は尋常ではなかった」


「面白半分でカメラを向けられたのよ、あれくらいの殺気がないと何度も同じ事を繰り返すでしょ。それに私が本気だったらトイレに入った時点で逃がさないわよ」


「では、なぜ私だけを残した?」


 そう、霊媒師には花子さんの力が通じないのではなく、霊媒師に対して力を使わなかっただけだったのだ。


「あんたは私が見えてるみたいだから、少し話を聞きたいの。場合によってはやってもらいたい事もあるし」


「断れそうにないな」


「逃げたいなら逃げればいい……って言いたいところだけど、私にとって大事な事だし滅多にないチャンスだから話だけはちゃんと聞いてもらうわよ」


「うむ、わかった」


「あんた、お経唱えて私を成仏させようとしたけど、なんで失敗したの?もしかして偽者?ただの真似事でやったわけ?」


「自分で言うのも妙なものだが私は本物だ。実績も積んでいる」


「じゃあ、なんで私にはなにもなかったわけ?」


「恐らく、お主は地縛霊であろう」


「じばく?わかりやすくお願い」


「土地に縛られた霊と思えばよい。お主はこの旧校舎ではなく3階の女子トイレに縛られておる。範囲が狭いのに比例して力が増しているのかもしれぬ」


「ああ、そうゆうこと」


 花子さんは自分に霊媒師のお経が通じなかった理由を理解した。もう一つ、花子さんだけにトイレ全体に見えない壁が存在する理由も理解した。


「あんたは本物だと信じていいのね?」


「ああ」


「じゃあ、頼みがあるわ。屋上に居る子を成仏させてあげて欲しいの」


「ここの後に立ち寄ろうと思ってた所だ。その子の事、聞いてもよいか?」


「あまり詳しくは話したくないわ。でも毎日、同じ時間に屋上から飛び降りて………もう、終わらせてあげて欲しいの」


「稀に自分が死んだ事に気づかず死ぬ直前の出来事を何度も繰り返す者がいる。恐らく、その子も…」


「説明なんてどうでもいいわ!サヨは……あの子は十分苦しんだわ!だから、あの子を成仏させられるかどうかを答えなさい!」


 怒りのような助けを求めるような声で霊媒師を問い詰める。


「保証は出来ぬ。だが、やらせてくれ」


 “やる”のではなく“やらせてくれ”と頼む霊媒師。


「そう…じゃあ、お願いするわ。ここを出て左に行けば突き当たりに屋上に続く外階段があるはずよ。たぶん、あと数分でその時間だから急ぎなさい」


「任せよ!」


「待って!」


 霊媒師を呼び止める。


「あの子を怖がらせないであげて……私みたいに強制的に成仏させようとしたら許さないから」


「わかった」


 走り出した霊媒師は廊下の突き当たりに着くが外階段に出るドアには鎖が巻かれ封鎖されていた。


「時間がない、乱暴だが仕方あるまい!」


 廊下に落ちていた鉄パイプを手に取り、ドアと鎖の間に鉄パイプを通しテコの原理で破壊。そして、乱暴にドアを開け外階段を駆け上がる。


「花子さん…花子さん…花子さん」


 震える声、震える体で屋上の端に立つ少女。


「待たれよ!」


 屋上に辿り着いた霊媒師は少女に向け叫ぶ。


「花子さん…花子さん…花子さん」


 少女は祈るようなポーズで花子さんの名前を連呼。


(やはり、この類いの霊に呼びかけは届かぬか、ならば!)


「花子さん…花子さん…今から行く…ね」


 少女の体は前へ傾く。


「マズイ!」


 霊媒師は手首に着けてた数珠を強引に引きちぎり、それを少女の方へ投げつける。そして、懐から御札を5枚取り出し、それも少女の方へ投げつける。


「間に合えーーー!」


 少女は落ちる寸前、足元に5枚のお札が少女を囲むように展開。


「え、なに?」


 少女は身動きが取れなくなった。


「ふぅ、間に合った」


 安堵する霊媒師。


「あなた、誰ですか?それに動けない」


 困惑する少女。


「すまぬ、お主の行為を止めるにはこうするしかなかった。安心せよ、すぐに解除する」


 御札は宙に浮き移動を始める。その中心に居る少女も一緒に。そして、霊媒師の前まで来ると御札は燃え、少女の拘束が解けた。


「お主、飛び降りようとしてたのか?」


「う…うわぁぁぁん」


 少女は悪い事をして叱られた子供のように泣きじゃくる。


「よい、たくさん泣けばよい」


 少女はしばらく泣き続けた。少し落ち着きを見せた所で霊媒師は


「お主、今の状況は理解しておるか?」


「え?」


 やはり、少女は自分の状況を理解していない。


「お主はすでにこの世の者ではない」


「え…え?じゃあ、私は」


「死んでおる…今のお主は霊としてここにおる。それに気づかず毎日、同じようにここから飛び降りていたのだ」


「まい…にち」


 少女は歩き出す。先程まで立っていた場所へ。


「どこへ行く!まさか、まだ」


「大丈夫です、確かめたい事があるんです」


 少女は先程まで立っていた屋上の端に着くと下を覗く。


「ここ…女子トイレの真上だ。毎日って……じゃあ、花子さんは毎日!?」


「ああ、花子は毎日、お主の最後を見届けていたであろう」


「そん…な!」


「花子にお主の事を頼まれたのだ。お主を怖がらせずに成仏させて欲しいと」


「花子さんに?」


 すると少女の体が光り出した。


「これは?」


「成仏の兆候だ。お主のような霊は自分の死を自覚した途端に成仏する事が多い」


「じゃあ、これ以上、花子さんに悲しい思いさせないで済むんですね」


 少女は笑顔で目から涙が流れた。

 悲劇からだいぶ時間が経ち、その間も花子さんはサヨの最後を見届けてたと思うと心が締め付けられます。花子さんにとって霊媒師の存在は救世主だったでしょうね。 それでは

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