36話 花子さんと霊媒師③
直接対面した事により一気に距離が縮まった2人。その日をキッカケにサヨは放課後も3階の女子トイレを訪れるようになった。
コンッコンッコンッ サヨは3階の女子トイレの手前から3番目…一番奥の個室のドアを3回ノックすると
「ハーナーコさん、遊びましょう」
「はぁい」
呼び掛けに応えて現れる花子さん。これが2人の挨拶のようなものだ。毎日、くだらない話をしたり、その場で考えた遊びをしたりして過ごしていた。
そんなある日の昼の休み時間の出来事。
「ここに居たのね」
2人はいつものように過ごしていると廊下から声が、廊下には1人の少女が立っていた。その少女はズカズカとトイレ内に入りサヨの方へ詰め寄る。
「昼休みはここに来てたのね。どうりで見つからないわけね」
少女はサヨの髪を掴み引っ張る。
「いたい、いたい、ごめんなさい」
なにか悪い事でもしたのか、それともその場しのぎなのか謝る。
「ちょっと、なにしてんの?」
サヨ以外の気配を感じ咄嗟に姿を消した花子さんが姿を現す。
「なに?あんた」
「私は花子よ」
「ふーん、そんなんで私がビビると思ってんの?」
「あらそう」
すると突然、少女は宙に浮く。驚いた拍子に髪を掴んでた手を放す。そして、右に左に移動したと思ったら廊下へ放り出された。
「ヒッ、ヒィィィ」
少女は逃げ出した。
「う…うぅ…ううぅ」
サヨは泣き崩れる。
「あいつ、逃げてったから、もう大丈夫よ」
「ううぅ…うぅ」
花子さんの言葉は効果がなく泣き続ける。
「大丈夫だから……」
優しく抱きしめようとするが花子さんの手はすり抜けてしまう。
(ホント腹立たしいわ、この体質)
自分の体質に苛立ちながらサヨの隣に座る。いま花子さんに出来るのは隣で寄り添う事だけだ。
「大丈夫、大丈夫よ……」
キーンコーンカーンコーン 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
いつの間にか泣き止んでたサヨは立ち上がる。
「授業なんか放って、ここに居てもいいわよ」
「……ううん、授業はちゃんと受けなきゃ」
「真面目ね」
「はい♪」
笑顔を見せるサヨだが、その目は赤く腫れている。そして、廊下へ向かう。
「今日…放課後も来るわよね?」
花子さんの問いが聞こえなかったのか、サヨはそのまま立ち去って行った。その日の放課後、サヨは花子さんの前に現れなかった。
~次の日の昼休み~
「昨日、放課後来なかったし心配だわ」
普段は姿を消してる花子さんだが、そこまで気が回らず、やきもきしてると
「なにが心配なんですか?」
花子さんの耳に聞き慣れた声が
「あんた!昨日、どうしてたのよ?」
声の主はサヨだった。
「昨日?」
「放課後来なかったじゃない!心配したのよ。あのイジメッ子になんかされたんじゃないの?」
「心配し過ぎだよ、花子さん。ただ体調が悪かっただけだよ」
「イジメられたらすぐに私に言いなさいよ」
「………花子さん、今日はなにします?」
この話題が嫌なのか話を逸らす。
「そ、そうね!なにしようかしら」
花子さんはその空気を察し、いつも通りの何気ない2人の日常に戻そうとするが、そのやりとりはぎこちなく会って間もない時のようなビミョーな空気が流れる。
「花子さん、今日も放課後は来れないかも…」
「…そう」
「明日からはいつもの私に戻るから……がんばるから…」
先程は「来れないかも」と言っていたが今の言葉からは今日はもう来ないと言ってるように聞こえる。
「ムリしなくていいわ」
「…うん」
サヨは女子トイレから立ち去って行った。
~そして、次の日の昼休み~
「まだかしら」
トイレの出入り口付近でウロチョロする花子さん。すると
「来た!」
サヨが女子トイレに入って来た。
「ちょ、ちょっと!どこ行くのよ?」
サヨは花子さんの前を素通り。まるで花子さんの事が見えていないよう。
「あ、そうだったわ」
花子さんは姿を消してた事を思い出す。そして、姿を現す。霊感の無いサヨはこの状態でないとコミュニケーションが取れないのだ。
「サヨ、こっちよ」
サヨは声のする方へ振り返る。
「むー」
頬を膨らませるサヨ。
「な、なに?」
「私達のいつもの挨拶しようと思ったのに!」
いつもの挨拶とはサヨが手前から3番目…一番奥の個室のドアをノックして花子さんを呼び、花子さんはそれに応えるという一連の流れだ。
「別にいいじゃない」
「よくない!」
思いの外、サヨはあのやりとりを毎回楽しみにしてたらしい。
「わかったわよ、今度から気をつけるわ」
昨日言った通りいつものサヨに戻りホッとする花子さん。それから、いつも通り他愛もない話をした。
~そして、放課後~
コンッコンッコンッ
「ハーナーコさん、遊びましょう」
「はぁい」
いつもの2人に戻っていた。そして、くだらない話をしていると
「花子さん、お願いがあるの」
「なに?急に?」
「あのね、私が卒業しても私みたいな子が来たら優しくしてあげて、居場所を作って欲しいの」
キョトンとする花子さん。
「ダメ?」
「ダメってわけじゃないけど…あんた、卒業ってまだ半年以上あるじゃない」
「うん…でも、言える時に言っておいた方がいいかなって」
「だからって今言わなくてもいいじゃない」
「だって、もしかしたら花子さんとケンカしたりして会わなくなる事もあるかも…」
「ケンカ?ありえないわね」
鼻で笑う。
「それに…引っ越しとか……」
「あんた、引っ越しするの?」
「もしかしたらの話だってば」
手を横に振り否定する。
「まぁ、あんたの頼みなら聞いてあげるわよ。し、親友としてね」
「しん…ゆう?」
サヨはピンと来てないようだ。
「なによ!恥ずかしさを我慢して言ったのに!」
顔を真っ赤にする花子さん。
「フフフ、親友ですね。嬉しい……大丈夫です。私は卒業まで居なくなったりしません」
「それだと卒業後はパタリと来なくなるみたいじゃない」
「中学生になったら小学校に出入りするのは難しいですよ」
「それもそうね……」
花子さんは別の手段を考えてると
「あ、でも近い内に隣に新校舎を建てるみたいですよ。そしたら、ここは旧校舎になって人の行き来も少なくなるだろうから中学生になっても来れるかも」
「そしたら取り壊しにならないかしら」
「大丈夫!花子さんの不思議パワーでなんとかなるよ」
「私の力はこの女子トイレ限定よ」
幽霊パワーで石鹸を操りながら言う。
「えー、なんとかならない?」
「ムリね、最悪この女子トイレだけが残る事になるかもね」
「それいいね!わざわざ3階まで上らずに済むし」
「私は嫌よ!考えてみなさい、旧校舎取り壊し後に女子トイレだけがポツンと存在するのよ!恥ずかしいわよ」
「んー」
想像してみるサヨ。
「なんか可愛いよ」
「あんたの趣味がわからないわ」
完全にいつも通りの2人に戻り楽しい時間が過ぎていった。
2人の日常が戻って数日、夏休みが目前まで迫って来た、ある日の放課後……
「……遅いわね、そろそろ夏休みの事とか話したいんだけど」
いつもなら帰りの会が終わるとすぐに3階の女子トイレに来るサヨがなかなか来ない。
「なにか当番の仕事でもしてるのかしら?」
あれこれ考えてると廊下に人の気配…
「ようやく来たわね」
そこには女子トイレに入らず廊下に佇むサヨの姿が
「あんた、どうしたの!?」
サヨの衣服は泥で汚れ、足は裸足、髪は寝起きのようなボサボサ頭。その姿を見ていつもの挨拶など忘れ姿を現す花子さん。
「なにがあったのよ!?」
「花子さん…花子さんは……自殺したんだよね?」
花子さんの質問には答えず、自分の質問をするサヨ。その声には感情など感じられない、その目には花子さんが映っているが、虚ろで花子さんを見てはいない。
「ええそうよ、だから、あんたの辛さはよくわかるわ」
「だったら、今からする事、花子さんなら理解してくれるよね」
トイレに入る事なく話を終えたサヨは音楽室のある方へ歩き出す。
「なにをする気?あ、そうか!イジメッ子に仕返しするのね。協力するわよ!とびっきり脅かしてやるわ」
サヨからの返答はない。姿を確認したいが花子さんは女子トイレから出られず待つしかない。
「………遅いわね」
夕方の5時を知らせるチャイムが鳴って数十分
「そういえば、音楽に興味あるって言ってたから音楽室でなにかしてるのかしら」
花子さんは大事な事を見落としてた。音楽室のある方向にあるのは音楽室だけではない。花子さんは生前その手段を選ばなかったから発想すらなかった。
そして、廊下を眺め戻って来るのを待つ花子さんの目の前をサヨは通り過ぎていった。左から右にではなく、右から左にでもなく、上から下へ。
「…え?」
一瞬の出来事で花子さんは上手く言葉が出なかった。サヨが通り過ぎた直後、ドシャッとなんとも不快で心を掻き乱される音が……
「きゃあああぁぁ」
下から女性の悲鳴が聞こえた。
花子さんは膝から崩れ落ち、自分が生前にイジメッ子に仕返しなど出来ずに命を絶った事を思い出す。
「あ…ああ」
感情が表情として表れるより先に涙が溢れ出る。遅れて悲しみと絶望で表情が歪む。その日は幽霊として目覚めた日の夜以来、泣き続けた。月明かりもその悲しみと絶望を癒す事は出来なかった。
次の日、学校には警察やら来て騒々しいが花子さんの耳にはなにも入らない。昨日、膝から崩れ落ちた場所から一歩も動かず廊下を眺めている。
そして、夕方5時のチャイムが鳴ってから数十分、花子さんの目に飛び込んで来たのはサヨの姿だった。そのサヨは花子さんに会いに来たのではなく昨日の出来事と同じように上から下へ通り過ぎていった。だが、昨日ように不快な音や悲鳴などは聞こえなかった。
それは次の日もその次の日も夏休みが始まっても毎日……サヨは同じ時間に同じ事を繰り返す。
「ごめん、サヨ。私のせいで……ごめん」
夏休みが明け2学期が始まっていた数日。3階の女子トイレに少女が駆け込んできた。少女は手前から3番目…一番奥の個室に入る。
「サヨ!?」
そんなはずはないが、そう思わずにはいられなかった花子さんは少女が入った個室に入る。
「ちがう……当たり前か」
その少女は一目でわかるくらいサヨとは全然違った。
「なんで私がイジメられるの?」
少女は泣きながらつぶやく。
「イジメか……」
花子さんはサヨに頼まれた事を思い出す。それは自分と同じような子が来たら優しくして居場所を作るというお願いだ。
「あの子の頼みだものね、あなたはどんな顔してるの………」
少女の顔を覗き込む。
「こいつ!」
その少女は花子さんも知ってる人物だった。その顔を見た途端、怒りが溢れ出しそうになる。花子さんはサヨの時のように怖がらないように工夫するつもりだったが、その場で姿を現した。
「だ、だれ!!?」
突然、目の前に現れた花子さんに驚く。
「私のこと覚えてないかしら?」
「ま、前にサヨと一緒に居た…」
「あの時、脅かしたのにここに逃げ込むとはね」
そう、その少女はサヨをイジメてた張本人だった。
「きょ、教室に居てもイジメられるから、ここなら“トイレの花子さん”の噂であまり人が来ないから」
「イジメッ子が次はイジメられる側になるなんてね」
「………」
少女、改めイジメッ子…いや、元イジメッ子は花子さんの皮肉に対して下を向き無言。
「あんたには聞きたい事があるわ」
「………」
尚も下を向き無言。
「強制的にでも答えてもらうわよ!」
花子さんは幽霊パワーを使い強引に顔を上げさせる。
「わかった?」
元イジメッ子の目を真っ直ぐ見る。拒否できないと思った元イジメッ子は小刻みに首を縦に振る。
「あんた、私と初めて会った日以降、イジメを続けてたの?」
「………」
無言でまた下を向こうとする。
「答えなさい!!」
また強制的に顔を上げさせる。
「お、怒らない?」
その言葉には後ろめたい事があると言ってるようなものだ。
「答えなさい!」
元イジメッ子の質問には答えず自分の質問に答えるよう強要する。
「……はい、続けてました」
「どれくらいの頻度で?」
「………」
「答えなさい!!」
「毎日です!」
元イジメッ子は手で頭を守るようにして怯えながら答えた。
(あれからも毎日……まさか!引っ越しの話は本気で考えてたんじゃ!?)
サヨとの会話を思い出す。
「じゃあ、あの日も?」
「あの日?」
「サヨがあんな事になった日の事よ」
「…はい」
あの日は誰が見てもわかるくらいヒドイ状態だった。
「あの……“私も”あの子と同じようにするんですか?」
怯えながら花子さんに尋ねる。
「“私も”?どういう意味よ?」
「あの子があんな事になったのってあなたがやったんじゃ…」
「っ!!」
花子さんの怒りは爆発寸前、必死で親友のお願いを守るために堪えるが個室の壁はミシミシと音を立てる。
「あの子はね!あんたに毎日イジメられてもあんたの悪口なんて一言も言わなかった!私が気づかないくらい毎日明るく振る舞ってた!何度も私は“イジメ”って言葉を使ったけど、あの子はその言葉を使わなかった!きっと、“イジメ”って言葉を口にしてしまったら自分が誰かに嫌われてる事を受け入れてしまうから!そんな、あの子をあんたがころ………」
言葉で怒りをぶつけた花子さんは急に黙り姿を消した。
元イジメッ子のせいでサヨがあのような行為をしたと言いたかったが、花子さんはイジメが続いてた事に気づけなかった事や引っ越しの話が出た時、自分の言葉のせいでこの学校に留まる事になり自分にも責任があるかもしれない。そしてサヨのお願いを守りたい気持ちもあり怒りを向ける先を見失った花子さんは
「ああああぁぁあああぁあああああぁぁぁああ」
学校中に聞こえるくらい大声で叫んだ。その声は目の前にいる元イジメッ子にすら届かない。
「ひぃぃっ」
花子さんが姿を消した事で逃げ出す元イジメッ子。だが、出入り口前でピタッと動きが止まる。花子さんによるものだ。
「待ちなさい」
再び姿を現した花子さん。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
必死に謝る元イジメッ子。
「少し黙りなさい」
その冷たい口調に元イジメッ子は口を閉じる。
「今日の放課後もここに来なさい。絶対よ」
元イジメッ子は無言で頷く。
~放課後~
「あの…来ました」
恐る恐る3階の女子トイレに入る元イジメッ子。
「少し待ってなさい」
夕方5時を知らせるチャイムが鳴ってから数十分。
「来なさい」
花子さんはトイレの出入り口付近に元イジメッ子を呼ぶ。
「…はい」
「ここから廊下を見ていなさい」
「…はい」
元イジメッ子はトイレ内から廊下を見る。すると廊下の外でサヨに通り過ぎていった。上から下へ
「なにか言いたい事は?」
「え?」
花子さんにはハッキリとサヨの姿が見えたが元イジメッ子の目には見えなかったようだ。
「…っ!!」
花子さんの感情に合わせて床のタイルや天井にヒビが入る。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
理由もわからず謝る元イジメッ子。
「……もういいわ、帰りなさい」
「…はい」
「待ちなさい!明日も居場所がないならここに来なさい」
「は、はい」
元イジメッ子は出ていった。
(サヨ…ホントにこれでいいの?私、優しくなんて出来そうにない……)
~次の日の昼休み~
「入ってもいいですか?」
恐る恐る3階の女子トイレ内を覗き込む元イジメッ子。
「……勝手にすれば」
元イジメッ子はトイレ内に入り自然と手前から3番目…一番奥の個室に入る。
「………」
「………」
お互い無言。サヨの時とは違いピリついた空気が漂う。
キーンコーンカーンコーン 予鈴が鳴り元イジメッ子は無言で出ていった。
そんな日が数日続いたが、ある日
「あいつ、今日は来ないのかしら?」
昼休みの時間になっても元イジメッ子はトイレに姿を現さなかった。するとパトカーのサイレンが聞こえてきた。すぐに救急車のサイレンの音も
「まさか!」
廊下ではバタバタと騒々しく先生が走る。子供達はなにか面白いものでも見に行く感覚で廊下に出るが先生に教室に戻るように注意される。
「胸騒ぎがするわ」
女子トイレから出られず、もどかしい時間が過ぎていく。結局、なにもわからなかった。そして、その日を境に元イジメッ子は3階の女子トイレに現れなくなった。
(サヨ、ごめん…私、あんたの願い……守れなかった)
この作品初めてのシリアスで悲劇です。でも、まだサブタイトルにある霊媒師が出てきていません!つまり、もう少し続きます!ショックを受けた方もいるかもしれませんが、結末を見届けて欲しいです。 それでは