72話 ぼくと花子さんと濡れ女⑥
〜前回のあらすじ〜
口裂け女の行動や言動でゆきおんなは少し不機嫌になっているかもしれないが、なんとか映画館に辿り着いたのであった。
「これ、全部…映画館?」
言葉足らずなゆきおんなだが、その発言で映画館には初めて来たのだとわかる。それは思わず息を飲んでしまう程の光景…と言いたい所だが映画館としては極々普通の設備ばかりだ。
「…どうしよう?」
初めて来た施設で利用方法に戸惑っているのだと思う。ゆきおんなはぼくに助けを求めるように尋ねた。
「任せてください!」
ぼくはエスコート役を買って出た。ここでゆきおんなのエスコートは終了…いや、この後にショッピングやかき氷などの予定があるので一時中断である。
「とりあえず、なに見ましょうか?」
映画を見るという漠然とした予定は決まっていたが、なにを見るかは全然決まっていなかった。とりあえず、チケット購入が出来る端末で見たい映画をピックアップ。
「君は何が見たい?」
「ぼくは…」
映画は客のニーズに合わせ年がら年中いろんなジャンルが揃っている。アクション、SF、ファンタジー、恋愛、ホラー。
「これ…ですかね」
控え目に端末の画面から見たい作品を指差した。
「じゃあ、これ見よう」
「ちょっと待ってください!たしかにぼくが見たいのはこの映画ですけど、シリーズ物なのでゆきおんなさんが楽しめないと思います」
その映画はアメコミヒーロー達がバトルを繰り広げる作品だ。関連作品も多く、最近ではマルチバース…いわゆるパラレルワールドもしくは平行世界などの要素が加わり複雑になり始めている。更に版権を越えた共演などもあり過去作品を見てないと伝わらない感動もある。
「私、気にしない」
「ホントにいいんですね?」
ゆきおんなの意思を再確認。
「うん」
確認が取れたので次の段階。次は時間だ。
「次の上映時間は20分後みたいですね。これにしますか?」
「うん」
時間も決まった。次は座席だ。
「最前列は空いてますね。それ以外は厳しそうですね…最前列でも大丈夫ですか?」
「うん」
ゆきおんなへの確認はトントン拍子で進んだ。
「あ、口裂け女さんはどうします?」
「私は幽霊だから、だいじょ…」
「口裂け女はいらない」
口裂け女の言葉を遮りゆきおんなが答えた。
「ガ~~~ン」
今日一日で二度もゆきおんなを冷たく感じたのもあり、その言葉にショックを受ける口裂け女。恐らく、ゆきおんなは口裂け女の分の座席はいらないという意味の言葉だったのだろう。
「あの、たぶん、口裂け女さんの席は必要ないっていう意味だと思いますよ」
落ち込む口裂け女をフォロー。
「ほんと?」
「うん、いらない」
「よかった~」
まったく言葉足らずだ。『うん』という肯定の言葉が無ければまた口裂け女は落ち込んでいただろう。
「次どうする?」
「あとは座席を指定してチケット購入ですね。ゆきおんなさん、お金大丈夫ですか?」
「大丈夫」
ゆきおんなは懐からシンプルなガマ口財布を手に取り中から一葉さんを取り出した。
「ここにお金入れたら購入出来ます」
「うん」
ぼくの説明で一葉さんを投入。購入確認画面が出た。
「これ押すの?」
「はい」
ゆきおんなは画面の購入を押し無事に2人分のチケット購入完了。
「これで映画見れる?」
「見れますよ」
ゆきおんなの質問にぼくは笑顔で答えた。
「じゃあ、行こ」
「待ってください!まだ入場案内始まってないから入れないですよ」
「じゃあ、どうするの?」
「準備をします!」
「準…備?」
チケットを購入は済ませたのにまだやる事があるらしい。映画館初心者のゆきおんなにはそれが何かわからない。
「あっ!飲み物買うんだね」
わかったのは口裂け女だった。
「そうです!あとポップコーンかホットドッグですね」
だいたいの映画の上映時間は90分くらいが普通だ。長い作品だと2時間超えなどもある。そうなると口が寂しくなる。その為に飲み物と食べ物は必要になってくる。
「ぼくがポップコーン買いますので一緒に食べましょう」
「うん」
自分の分の飲み物とポップコーンだけなら小学生のぼくでもなんとかなる。
ぼく、ゆきおんな、口裂け女はレジに並ぶ。前には3組並んでいて少し時間が掛かりそう。すると隣のレジの列のカップルがぼく達を見ている。ぼくはその視線に気づき
「あ、先生!」
「おお!少年」
その視線の主は一先生だった。そして、先生は列から抜けぼくの方へ。一緒にいた女性もせっかく並んでいた列を気にしつつ先生と一緒に向かって来る。
「少年はまたデートか?」
「まぁ、そんなところです」
少し照れながら答えた。
「どうせなら前の女性にも会いたいなぁ、すごい美人だったよなぁ」
「あ・ん・た・は!彼女の隣でよくそんなこと言えるわね!」
女性は先生の耳を引っ張り会話に入ってきた。
「イダダダダッ!ごめんなさい!鵺野さん」
「彼女さんだったんですね。てっきり奥さんだと思いました」
痛がる先生は置いといて、ぼくは女性…改め鵺野さんに話しかける。
「子供なのに言葉の選び方が上手ねぇ♪」
鵺野さんは機嫌が良くなり先生の耳を捻り上げる。
「イタイッ!取れる、取れる!」
「これくらいにしてあげるわ」
そう言うと先生の耳から手を放した。
「少年!俺の耳あるよね?」
「はい、大丈夫です」
先生の耳は在るべき場所にあるが、すごく赤い。
「ふぅ、よかった…コホンッ、改めて紹介させてもらいます。俺の彼女様の鵺野さんだ」
畏まった口調で先生は紹介した。先生が尻に敷かれる未来が容易に想像できる。
「鵺野さん、こっちの少年は少年で…こっちは?」
先生はぼくの事を紹介したが、ゆきおんなとは初対面のため尋ねる形になってしまった。そもそもぼくの事の紹介の仕方に問題があるのだが、それは気にしないでおこう。
「私、ゆきおんな」
ゆきおんなは自分の名前を答えた。彼女の名前はかなり有名だ。もし彼女が妖怪ではなく幽霊だったら間違いなく花子さんは嫉妬してしまうだろう。その名前を答えてしまった…
「ゆき…おんな?」
先生はうまく言葉が出ない。
「違うんです!この人の名前は…えーと……ユ、ユキョーンナ!ユキョーンナさんって言うんです!外国の人なんです!ゆきおんなと響きが似てるから、あだ名でゆきおんなさんって呼んでるんです!」
ぼくは慌てて誤魔化す。その必死さに違和感を感じられたかもしれない。
「…そうか!あだ名で呼ぶくらい仲が良いんだな!」
先生はぼくの言葉を受け入れた。
「ところで先生達、列から離れて大丈夫だったんですか?」
「ん?少年と一緒に並んでるから大丈夫だ」
端から見れば今のぼく達と先生カップルは一つのグループに見えるだろう。家族に見られてもおかしくない。
「もしかして一緒に注文するんですか?」
「ああ、そのつもりだ!それと朗報だ。先生の奢りだぞ」
「ありがとうございます!」
ゆきおんながお金を出すと言い出した時は抵抗があったぼくだが、先生だとすんなり受け入れる事ができたぼく。少しするとぼく達はレジの前に辿り着いた。
「好きな物を頼みたまえ!遠慮はいらん!」
恋人の前だからか気前が良い。
「じゃあ、ホットドッグとポップコーンと飲み物」
「おいおい、欲張りだなぁ」
「ポップコーンはゆきおんなさんと食べるんです。そもそもぼくはホットドッグ派なんです」
世の中にはイヌ派ネコ派論争や様々な二択の論争がある。ここで映画のお供としてホットドッグポップコーン論争があっても良いと思う。
「お♪教え子君とは気が合いそうだね♪」
「鵺野さんもホットドッグ派なんですか?」
「ええ!ちなみに私のオススメは沖縄で食べたホットドッグよ。買った後に自分でタマネギ、ピクルス、ケチャップ、マスタードを自分でトッピング出来るの!今でもやってるのかはわからないけど、よかったわ」
オススメと言うから食べ方や味の種類を言うのかと思ったら、県を飛び越えた話だった。
「へぇ、行ってみたいなぁ」
「私もホットドッグ」
ゆきおんなもホットドッグに興味を持ったらしい。
「じゃあ、ホットドッグ3つにポップコーンは…少年はキャラメルでいいよな?」
「あ、はい」
なぜか味は指定された。
「鵺野さんは…塩ですよね?」
恋人相手に敬語で尋ねる。
「ええ」
「飲み物は?」
「コーラ」
「コーラ」
「コーラ」
先生の質問に他の3人は同じ答え。
「…俺はミルクティー」
先生は寂しそうに呟き注文。しばらくして注文した品が届いた。
「先生、ありがとうございました!デート楽しんでください」
「お互いにな」
なんと!一先生の彼女が登場です!まぁ、それは置いといて。皆さんは映画のお供にはホットドッグですか?それともポップコーンですか? 私は断然ホットドッグです! それでは