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だれにも読まれなかった小説  作者: 桜木樹


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第4話 捜査ファイル 1

 白川章介(しらかわしょうすけ)はF県F市にある南警察署――通称南署――の刑事課に所属している。刑事課と言っても漫画やドラマのように頻繁に殺人事件の捜査をするわけじゃない。特にF県は全国的に見ても凶悪犯罪の発生率は格段に低い。F市に限定すればそれこそ殺人事件など年に一度あるかないかだ。だから白川に与えられた巡査部長という肩書も他県の同じ階級の人間と比べると能力的には劣って見えるかもしれない。しかしそこは腐っても警察官、無能という意味ではない。


 白川はそれでもいいと思っていた。腕を上げるということは言ってしまえば場数をこなすことだ。事件に慣れるほどに事件が起こることは喜ばしいことではない。警察が出動する事態が少ないことが平和である証なのだから。と、そんな考えが通用していたのはほんの数年前までの話。最近の市内の情勢は変わりつつあった。


 その日、南署が管轄する交番から連絡が入った。内容は「人の頭の骨のようなものを発見したので現場に来てほしい」というものだった。その報せを受け、手の空いていた白川は同じ刑事課のとともに現場へ向かうことになった。白川は何かというと金森(かなもり)と組まされる。金森は四十五歳の警部補。白川より十五歳年上の先輩で刑事課では課長の次に古参だ。


「どうせまたサルとかタヌキだろ」


 ハンドルを握る白川の隣で金森が楽観的な意見を述べる。


 F市はお世辞にも都会とはいえない場所だ。自然豊かな場所と言われれば聞こえはいいが、都市開発が進んでないだけと言い換えることもできる。そういう場所だからこそ都会ではあまり聞き慣れない通報が入ることもある。


 人骨だと思ったら動物の骨だったというのもその一つだ。金森は今回もそうだろうと思っているのだ。もちろん白川もそうであってほしいと思っていた。だが勘違いで終わるケースは一般市民が見間違える場合がほとんどで、今回は現役の警察官からの連絡だ。プロが人骨と動物の骨を見間違えるとは思えない。


 白川たちが向かっている山は八幡山と呼ばれる街中にある山だ。標高一三〇メートル程の山で、山頂にある展望台から一望できる夜景は市内でも数ある人気スポットの一つだ。ちなみにこの山にサルは生息していない。タヌキの目撃例はあるがそれと人間の骨を見間違えることはまずない。


 山頂にある展望台の近くまでは車で乗り入れることができる。平日の昼過ぎの時間帯。道行く車は白川の運転するパトカー一台のみ。ゆるやかな傾斜を速度を落として走っていると、中腹あたりでリュックを背負った背の低いポロシャツの男がこちらに向かって両手を大きく振ってアピールしているのが見えた。その隣には制服に身を包んだ警察官が立っていた。白川は彼らの傍で車を止めた。


「ご苦労さまです!」


 金森が助手席から降りるとすかさず警察官が金森に敬礼した。


「連絡くれたのはあんたで間違いない?」


「はい! 丸山(まるやま)巡査です!」


「ああ、そう」金森は自己紹介に興味がないようで適当に流して次を促した。「で、現場は?」


「こっちです!」


 返事をしたのは丸山ではなくポロシャツの男だった。男はそう言うと、山頂へと続く舗装されている道とは違う草木の生い茂る山の中へと入って行く。


「誰だあれ?」


「彼が通報してくれたんです」


 状況を把握できていない白川たちに丸山が説明する。最初に山で人間の骨を見つけたという通報が丸山の詰めている交番に入って、それを確かめるために丸山が単身ここまで来たとのことだった。


「動物か何か勘違いだと思ったんですが、妙に人間っぽいと言いますか」


 歯切れが悪い。内心そうであってほしくないという感情が見て取れた。


「のんびりしてて良いんですか。追いかけないと」


 今はどうこう言ってる場合ではない。白川が運転席から出て金森に言う。


「場所は知っていますので案内します」


 金森と白川は丸山の案内に従って舗装されていない茂みの中を進んだ。獣道とも言い難い道なき道を進む。闖入者に気づいたカラスたちの騒々しい鳴き声が白川たちの頭上に降り注ぐ。まるで招かれざる客を追い返そうとしているようだった。


 しばらく歩くと傾斜が落ち着いた場所に出た。周囲に木々が林立する中そこだけがポッカリと拓けた場所になっていた。落葉した紅や黄に色づいた葉が周囲に散らばっている。枝葉が影になっていて昼間だと言うのに薄暗い。


 そこに掘っている途中と思われる穴と掘り返した土の山とそこ刺さったスコップがあった。


「ここです。その穴の中にあります」


 丸山に案内された場所にはすでにポロシャツの男が待機していた。白川と金森はおそるおそる穴を覗くと、そこにはたしかに白い頭蓋が顔をのぞかせていた。それ以外にも芽を出したように白いものが点々と見える。頭部以外の骨が埋まっているのだろう。金森はしゃがんで穴に顔を近づける。穴の中の骨を見て、「本物だな、こりゃ」とつぶやくように言った。


 金森は立ち上がり面倒くさそうに後ろ頭をかきながら「署に連絡してくる」と言い残し来た道を戻っていった。


「では私もこれで」


 丸山は白川に向かって敬礼し、金森の後を追うように去っていった。ここからは所轄の仕事。交番勤務の人間はお役御免ということか。


 現場には白川とポロシャツの男だけが残った。白川はポロシャツの男に視線を向ける。


 服装は黒のポロシャツに黄土色のスラックス。背中にはリュック。靴はスニーカー。ハイキングにしてはやや違和感のある恰好をしていた。筋肉を感じない細い体に精悍とは程遠い顔つきはまさに優男といった風で見るからにインドアだ。ここで穴を掘っていたのは間違いなく彼なのだろうが相当に苦労したに違いない。だがその理由は皆目見当がつかない。


 気になった白川は男から話を訊くことにした。


「ちょっといいですか。なんの目的でここに穴を?」


「知らないんですか? 小説」


「小説ぅ?」


 突然出てきた予想外の単語に言葉が尻上がりになる。


「田嶋ハルの小説。『タナトスと踊れ』ですよ」


「あ、ああ。それなら」


 そのタイトルには聞き覚えがあった。最近テレビでも話題になっているネット小説だ。正確に言うと小説ではなく作者の田嶋ハルが話題になっているだけともいう。事実白川は小説の内容はまったく知らないが、作者はとてもきれいな女性だと記憶している。でもそれが穴掘りとどう繋がるのかはわからなかった。そんな白川の疑問が顔に出ていたのかポロシャツの男が説明を続けた。


「田嶋ハルの小説に登場する主人公、エースは作中で身代金誘拐するんですよ。それで大金を手にするんです。でもそのお金は使わずに、アタッシュケースに仕舞ってそれを山に埋めるんです」


「それがこの場所だと?」


「ネットに田嶋ハルのファンサイトがあるんです。そこで小説の舞台がF県F市だって書き込みがあったんですよ。それでもしかしたら本当に大金が埋まっているんじゃないかと思って」


 白川は呆れた。こういう人間は一定数必ず存在する。小説に限らず漫画や映画でもちゃんとフィクションだと明記してあるのにその作品内で語られていることが真実であると勘違いする人間は後を絶たない。白川自身も幼い頃フィクションで得た知識を自慢気に披露して逆に間違いを指摘され赤っ恥をかいた経験がある。でもそういう失敗は子どもの時分に卒業するもので、大人になれば自然と線引できるようになる。でもそうじゃない人間もいる。特に金が絡むと人間は正常な判断を失うこともある。つまり彼もその類というわけだが、解せない点がある。それはなぜこの場所なのかだ。


「山って言っても広いですよね。どうしてこの場所をピンポイントで掘り当てられたんです? そもそも山だって市内にはほかにたくさんありますよね?」


 小説の内容を知らないが、山にお金を埋めるシーンがあったからといって、その情報だけでこの場所を特定できるわけがないことくらいわかる。詳細な緯度と経度が記載されてでもいれば別だが、そんな詳細な情報があれば逆にもっと沢山の人がここに押し寄せてきていてもおかしくはない。


「もちろん別の山にも行きましたよ。でもここであれを見つけたんです」


 男が指を差した方には大きな黒い塊があった。白川が近づいて確認してみると、それはペンキか何かで黒く塗られた一抱えほどの大きさの石だった。


「なんですかこれ?」


「『タナトスと踊れ』の中でエースはお金の入ったアタッシュケースを埋めた場所を見失わないように目印として黒い石を置くんです」


「この石がそうなんですか?」


「そう思ったから掘ったんですけど……」


「出てきたのはお金ではなく人骨だった、と」


 男は声は出さずにうなずいて、しばらく黙ったあと、「あの」と白川に声をかけた。


「うん?」


 白川は相手から話を振られるとは思っておらず肩を震わせた。


「その骨って。やっぱり石橋緑(いしばしみどり)なんですか?」


「え!? 石橋緑!?」


 白川はその名を耳にして驚いた。忘れもしない六年前に起きた誘拐事件の被害者の名前だったからだ。白川が南署の刑事課に配属されて最初に関わった大きな事件だったこともありその名は鮮明に覚えていた。


「石橋緑がどうしてこの骨と関係あるんですか?」


「『タナトスと踊れ』の中で誘拐される女の人、九条彩音(くじょうあやね)っていうんですけど。さっき言ったファンサイトで昔F市で行方不明になった石橋緑がモデルじゃないかって噂になってるんですよ。ほら石橋慎太郎(いしばししんたろう)の娘の――」


 石橋慎太郎と言うのは石橋緑の父親で市内にある石橋総合病院を経営している人物だ。地元の人間ならほとんどの人間が知っている。重要なのは六年前に起きた誘拐事件だ。この事件は表向きには行方不明事件として公表されている。だから一般人が事件の詳細を調べようとしても行方不明事件としか認識することはできないはずだ。だが男は今しがた小説内で身代金誘拐が起こると発言した。


 フィクションは時に現実に起きた事件をベースに物語が作られることもある。行方不明だった事件を誘拐にアレンジして物語を書いたと言われればそれまでだが、果たしてこれは偶然だろうか。と、白川が考えているところに金森が戻ってきた。


 金森が戻ってきたあと十分も経たずに鑑識が到着し現場は彼らが引き取ることになった。白川たち三人は完全に締め出されパトカーの止めてある場所へと戻った。


「ちょっと話が聞きたいんだが、いいか?」


 金森が訊くとポロシャツの男は無言でうなずいた。


 最近はネットで事情聴取は任意であるため断ることもできるという情報が流布されていて、それを知っている人は聴取を断ってくるケースも少なくない。そういう意味で男の素直な態度に安心した。


「んじゃとりあえず乗ってくれ」


 金森が男にパトカーの後部座席に乗るよう指示する。その隣に金森が座った。白川は運転席に乗り込んで、南署に向かった。


 南署に着いたあと事情聴取が始まった。聴取人は金森だ。


「名前は?」


結城秋彦(ゆうきあきひこ)です」


「学生か?」


 結城は首を左右に振った。


「今いくつだ?」


「二十四です」


「身分証持ってる?」


 金森が訊ねると結城は財布を取り出しそこから免許証を抜き出して金森に渡した。生年月日の欄には平成四年とあった。結城の年齢は二十四歳で間違いないことが確認できた。


「仕事は何やってんだ?」


 結城はなぜか黙った。その様子を見てピンときた金森がさらに訊ねる。


「無職か?」


「……はい」


 そのことに結城は後ろめたさを感じているのか消え入りそうな声で返事をした。なるほど。無職だから山で一攫千金の宝探しをしていたわけだ。


「それで昼間っから穴掘りか。なんであんなとこで穴なんか掘ってたんだ」


「それはさっき――」


 結城が同席していた白川の方に視線を向ける。


「自分の口から話してください」


 白川は突っぱねた。事情聴取というのは何度も同じ質問を重ね、毎回必ず本人の口から語らせる。話の内容に矛盾があるかを調べるためだ。また、ここで白川が口を挟めばそれが誘導尋問になりかねない。


 結城は山で白川に語った内容と同じ話を金森に話した。


「ふぅん。小説ねえ。残念だが、金を見つけてもお前のものにはならんぞ」


「え? なんで?」


「埋まってたってことは誰かが埋めたってことだろ。たとえそれが犯罪行為によって得たものだったとしても所有者がいる。それを勝手に自分のものにしたら窃盗だ」


「そんな……」


 男は心底残念そうに肩を落とした。


「でも警察に届けたあとで三ヶ月経っても所有者が名乗り出なかったら所有権はあなたに移りますよ」


 白川は一応フォローを入れたがショックの渦中にいる結城の耳には届いてないようだった。


「よし。じゃあ最後に連絡先教えてくれ。これからいろいろ話を聞くことになるかもしれないからな」


「連絡先ですか。えっと、携帯でも大丈夫ですか? いきなり家に警察から電話があったら家族がびっくりするから」


「かまわんよ。最近では家に固定電話を持たない世帯も増えてきてるからな」


 金森が言うと結城は携帯の番号を教えた。事情聴取が終わり結城を外に送り出す。秋の日はつるべ落とし。早いもので、外はすでに日が陰っていた。


「よし、ならもう行っていいぞ。ああそれと、今回起こったことはネットに書き込むなよ」


「は、はぁ」


 結城はひどく曖昧に返事をして背を向けとぼとぼと歩き出す。そんな彼の後ろ姿を見ながら、「ありゃ、わかってねぇな」と金森は呆れ気味にため息を付きながら後頭部を掻いた。

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