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第22話 狂いゆく道程 17

 本人にその自覚がなければどんな改善策もなしの(つぶて)である。その状況において他人がどれだけ救いの手を差し伸べても、それを救いの手だと思ってはくれないだろう。無自覚というのは実に厄介なものだ。やる側がそこに付け込んでいるだけに余計にたちが悪い。ならばこの状況を改善する手は一つしかない。


 ――わたしが小柴先生を“救済”する。


 しかしどこでそれを決行するかが問題だった。学校でなんてもってのほか。そんなことをしたら、わたしの身の回りで事件が起きたことになってしまう。後輩のときは偶然にも警察沙汰にはならなかったけど今度はそうもいかないだろう。となればわたしとはまったく関係ない場所がふさわしい。


 例えば、そう、彼女の自宅……とか。


 科学技術の進化は日進月歩。世の中は時代の変遷とともに便利になるばかり。その一方でそれらを悪用しようとする輩は必ずあらわれる。


 わたしはいかにも仕事をしてますよという空気を出しながら、体育館の裏手にある職員駐車場へと移動する。そこに止めてある車の一台ずつを中を覗き込むように確認する。そして見つけた目的の車。小柴先生の車だ。車内は職員室の机の上より一層プライベート度合いが増していた。フロントにはコミカルな動物のキャラクターが鎮座していてシートのカバーも動物。助手席の上に畳んで置かれているブランケットにも動物のプリントが覗いている。

 これを見て間違えるほうがおかしいといわんばかりにこの車は小柴先生の所有物であることを主張していた。

 正直ここまでとは思っていなかった。もしダメなら小柴先生が車に乗り込む瞬間をこっそりと確認して特定するという方法も考えていたがその必要はなくなった。


 わたしは目的を果たすため手早く行動する。まず自分の持っているスマホをビニール袋に入れて、飛び出してこないようにきつく封をする。

 周囲にだれもいないのを確認して、それを小柴先生の車のリアバンパー下の内側にクラフトテープで固定し、何食わぬ顔で業務に戻った。


 仕事を終えて帰宅したわたしは早速ノートパソコンから自分のスマートホンの位置を探す。この方法でいとも簡単に他人の家の住所が分かってしまうのだ。車に乗る時いちいちリアの内側を確認する人間などいない。だから他人の家の住所が知りたいときはこの方法がとても有用。車社会が浸透している地方では特に。


 わたしのスマホはまだ学校に止まっていた。夜遅くまで本当にご苦労なことだ。シャワーで仕事の汗を流し、夕食を済ませたあとでもう一度パソコンを確認する。するとわたしのスマホの位置を示す表示は別の場所へと移動していた。場所は住宅街のど真ん中。ここが小柴先生の家で間違いないだろう。わたしはその場所の住所を調べてメモした。


 翌日には、自分のスマホをちゃんと回収することも忘れない。もしもわたしがスマホを使って他人と頻繁にやり取りするような人間だったらこの手法は使えなかった。着信を示す音や振動でバレてしまうから。

 自分の人間関係の希薄さに感謝だ。


 ――――


 休日を利用して早速小柴先生の家に出かけた。彼女の家は学校から十キロほど離れた場所にある住宅街にあった。彼女の家の近くにあるスーパーの駐車場に車を止めてそこから徒歩で目的地に向かう。

 通行人の数が多い。休みだからという理由だけではない。ここら一帯はもともとそういう場所だ。近くにはデパートだってあるし、コンビニだって数ある。わたしが一人暮らししている家の場所とは雲泥の差と言えた。


 ――これはダメかもしれない。


 小柴先生の家の目と鼻の先までやってきた。家の様子を遠目から窺う。裏手の方にも回ってみる。人目を忍んで屋内に侵入できそうな場所はない。こんな悪条件下で犯行に及ぶ度胸はわたしにはない。


 立ち止まっていると怪しまれると思い周辺の道をぐるぐる回りながら彼女の家を観察する。そうして分かったことは小柴先生は両親とそのどちらかの祖父母と弟の六人で住んでいるということだった。田舎ではよく見る拡大家族の光景。家族仲は良好そうに見えた。祖父母を残して四人で車でどこかに出かける瞬間を偶然目にした。


 これが本来の家族のあり方だとまるであてつけのように――


 家族……


「うぐ――ッ?」


 その瞬間吐き気がこみ上げてきた。慌てて両手で口を塞いだけど押し出される内容物を止めることはできず、足元の側溝に嘔吐物を盛大にぶちまけた。喉が焼けるようにひりつく。幸いにもわたし一人だったため誰かに怪しまれることはなかった。

 これ以上ここにいるのは()だ。わたしは逃げるようにスーパーの駐車場へと走った。そしてもう二度とここには来るまいと固く誓い、急いで車を発進させた。


 学校もダメ、彼女の家もダメ、となると残るは無理やり人気のない場所へ連れて行くしかない。小柴先生は夜遅くまで学校に残っている(残らされている)事が多く、一人になる頻度が高い。だから攫うのは比較的容易だ。問題は場所。人目につきにくくかつ人目をはばからずにそれが実行できる場所……


 そんな場所一つしか思いつかない。それはわたしの家だ。


 …………


 小柴先生を救済すると決めてから一週間以上が経過し三月を迎えた。あれからなかなかそのチャンスに恵まれなかったが、ここに来てようやく神がわたしに微笑んだ。

 小柴先生がまだ学校に残っていることを確認したあと、一度帰宅して自転車に乗り換えて再び学校へと向かう。学校の近くまで来たところで人目のつかないところに自転車を隠し歩いて学校の敷地内に侵入する。彼女の車がまだ駐車場にあることを確かめそこまで移動する。残寒の中、目出し帽を被り小柴先生の車の影にしゃがんで身を隠し、彼女があらわれるその時を待った。


 ――大丈夫。うまくやれる。石橋緑のときだってちゃんとできた。


 自分を鼓舞するように何度も心の中で反芻する。そして小芝先生がなんの警戒もせずにパンプスの音を響かせながら近づいてくる。周囲に誰もいないせいか鼻歌なんぞ歌っている。

 彼女が運転席のドアに手をかける瞬間を見計らって即座に背後に忍び寄り、その首に腕を回した。


「ふわっ!? なにっ!? ――うぐエぇっプ!!」


 レスラーがギブアップの合図を出すみたいに小柴先生は何度もわたしの腕を叩いた。それでも腕が解かれないと分かると今度は渾身の力でわたしの腕を引き剥がそうとする。彼女の力は思いの外強かったけど背後を取っているわたしのほうが優位性が上だった。やがて小柴先生の腕から力が抜けてぐったりとなった。


 演技ではなくちゃんと気を失ったことを確認してから小柴先生を彼女の車の後部座席に無理やり押し込んだ。わたしはそのまま彼女の車を運転して我が家へと連れて帰った。祖母の家には車を止めるスペースは一台分しかない。そこにはわたしの車が停まってるのでこの車を停めることはできない。この時間に家の前を通るような車はないと信じ家の擁壁の前に横付けして止めた。


 最初にやることは小柴先生の荷物のチェック。その中からスマホを探して、小柴先生の指を取って認証を突破する。そこからショートメールやメッセージアプリをチェックし頻繁に連絡を取り合っている家族を特定する。母親だった。そこで母親宛に『今日は少し遅くなるね』とメッセージを送ろうとしてその手を止める。直前に『今から帰るよ♪』というメッセージを見つけたからだ。このままそのメッセージを送っていたら前後で矛盾した内容になるところだった。

 わたしはすこし考え『ごめん。急に用事を頼まれちゃった。もう少し遅くなるね』最後に泣いている絵文字を入れて送信した。


 程なくして母親から『晩御飯はどうするの?』と返信が来た。それから適当に何度かメッセージのやり取りをしてもう返信が来ないのを確認してからスマホの電源を落とした。


 こっちの仕事をやりやすくするためとは言え骨が折れる。わたしは絵文字を多用するメールなんて書いたことないんから、本当にこれで正しかったのかどうか不安だった。小柴先生の母親は別段こちらを怪しむようなことはなかったが、あとでこれが警察に分析されたらおそらく他殺の線を疑うだろう。


 ――でも、ここまで来たらもうあとには引けない。


 わたしは意を固くし気持ちを切り替え、後部座席で未だ気を失っている小柴先生を家の中に運び込んだ。


 彼女は一旦和室に寝かせる。


 廊下と和室を隔てる引き戸を開け放ち欄間の隙間に荒縄を通す。その一端をエバンスノットという結び方で輪っかにして気を失っている小柴先生の首にかけた。

 それから用意しておいたビニールシートを広げて、それを廊下と和室の境を渡すように敷いた。こうしておけば小柴先生の首を絞め上げた時に彼女が催してしまったとしても掃除の手間が省ける。


 これで準備は終わり。


「あとは――」


 わたしは気を失っている小柴先生に視線を向けた。

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