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第2話 狂いゆく道程 1

 ――本が好きだ。


 小学生の頃は読書クラブという名の学校のクラブに所属していた。中学生になってからも読書部という部活に入って本を読むことに熱中した。当時の同い年の子たちよりたくさん本を読んでいたことは間違いなく、わたしは完全に(おご)っていた。


 ある日、友人がわたしに一冊の本を勧めてきた。部活仲間ではない友人が「きっと気にいると思うよ」と言って渡してきたのは、なんてことない恋愛小説だった。

 わたしは勧められた小説のここがダメ、あれがダメ、わたしだったらこういう展開にする、これだけいい素材が揃ってるのにもったいないと批評家気取りで酷評した。当然ながら友人はいい顔しなかった。ふてくされたように半分涙目で「そんなにもんく言うんだったら自分で書いてみなよ」とわたしに言う。それは友人なりの反抗で、きっと内心ではできるわけないと思っていたに違いない。

 でもその言葉にわたしは心を打たれた。これまでずっと本を消費するだけだった自分が生み出す側に回るなどという発想は微塵もなかったからだ。読書部でも何かを作って発表したりする機会はなく、ただ本を読むだけの活動しかしていなかった。


 友人の言葉に「うん。それもありかな」と適当に応える。その反面、心の中では「みてろよ、ものすごい小説を書いてあっと言わせてやるんだから」と意気込んでいた。


 その日からわたしは少しずつ物語を紡いでいった。長い時間をかけてやっとの思いで完成させた作品は友人の好きな恋愛小説。ひょんな出会いを果たした二人が恋に落ちる、なんてことない小説。それを自慢気に友人に見せた。A4のノート一冊分を使った鉛筆書きの自作の小説。

 しかし、わたしの期待も虚しく友人は数ページほど目を通しただけでノートを閉じて突き返してきた。そして一言――


 つまらない。


 ショックだった。なんで? どうして? って聞き返す余裕もないくらいにショックを受けていた。


 納得の行かなかったわたしはそれを読書部の仲間に読ませてみた。でも誰一人として最後まで読んでくれる人はいなかった。しかもみんな友人と同じように口をそろえて言うのだ「つまらない」と。それに加えてさらなる批評や批判が飛んでくる。中にはバカにして腹を抱えて笑う者もいた。

 さすが同じ部の人間。微塵も容赦がない。

 わたしが友人の勧めてくれた小説を酷評した際、友人もこんな気持ちだったのだろう。でも決定的に違う点がある。酷評されているのは『わたしが書いた小説』なのだ。


 悔しかった。泣きたくなった。


 わたしはもう一度自分の書いた小説に目を通した。頭が冷静になっているからか、それともみんなに指摘されフィルターがかかった状態になっているからか、書いている時はあれほど面白いと思っていた小説はまったく面白くなくなっていた。


 私は言った。だれそれさんがこう言った。その時私はこう思った。そしてこうなった、ああなったとただ事実の羅列が延々と続くだけ。登場人物の心の機微など微塵もなくまったく感情移入のできないもので、まさに鉛筆と紙を無駄にしただけの駄文だった。こんなものを一瞬でも良いと思っていた自分はどうかしていた。

 わたしは途中で読むのをやめてノートをビリビリに破りクシャクシャに丸めて八つ当たりするようにゴミ箱にたたき入れた。


 だけど、あれだけ大恥をかいたのに、「もう小説を書くのはやーめた」――とはならなかった。わたしの心の裡にはまだ小説を書くことに対する熱があった。


 そもそも小説を書いたことがない人間がいきなり他人に絶賛されるような小説を書けるはずがない。しかもわたしには足りていないものが多すぎる。恋愛小説を書くなら恋愛経験が必要なのは言わずもがな。それ以前に基本的な経験も見聞も文章力も語彙力だって……。ありとあらゆるモノが足りてない。だったら腕を磨くしかない。

 思い立ったが吉日。その日からわたしは毎日日記をつけることにした。日記を書くことで少しでも文章力の向上を図ろうとした。ほかにも小説を書くための教科書のような本を買って読んで、少しづつ少しづつ努力を重ねていった。


 …………


 高校生になってもわたしの熱は冷めなかった。


 その年の夏は厳暑で夜でも気温の高い日が続いていた。わたしの部屋には冷房がないから窓を開けて扇風機をつけて暑さを凌いだ。


 中学の時から始めた小説を書くための勉強もそろそろ実を結んでもいい頃ではないかと思い小説の執筆を試みる。小説の書き方の本を読みながら机に向かって文章を書こうとする。しかし、人に読ませる文章を意識した途端、何を書いていいのかわからなくなった。それでも一所懸命頭をフル回転させ想像を巡らせる。何かが絞り出せそうになったそのときだった。

 外から不快な音が聞こえてきた。その音は段々と大きくなり家の直ぐ側の道路を通過して小さくなってやがて聞こえなくなった。どこかのバカが爆音を鳴らしてバイクを走らせているのだ。窓を開けているせいでよりいっそう大きく聞こえたその音が、わたしの頭に浮かび始めていた想像を見事に攫っていった。


「もうっ! せっかくいい案が浮かびそうだったたのに忘れちゃったじゃん!」


 それはこの時期になると毎年のようにあらわれる自己中ライダーだった。例年なら「うるさいなー」くらいの感想しか抱かないけど今年は違った。集中力を乱されることがこんなにもイライラするなんて思ってもいなかった。

 気がつけばわたしは持っていた鉛筆をへし折っていた。それでもイライラは収まらず、折れた鉛筆を握って真っ白なノートを黒鉛でグチャグチャに汚していった。


 例のライダーが爆音を響かせながらバイクを走らせる行為はその日だけにとどまらなかった。明くる日の夜もそのまた明くる日の夜もわたしを嘲笑うかのようにあらわれた。


「ああっ、もうっ! イライラするっ!」


 その度にわたしはイライラをつのらせる。


 爆音が耳につくようになってから四日目の夜。わたしは窓の外を眺めていた。どうせ来るんだろう今夜も。だったら見届けてやろう。その後ゆっくりと執筆活動を再開すればいい。

 しかし待てども待てどもバイクがあらわれることはなかった。こういう時に限って自分の行動が裏目に出るのかと、そのことがまたわたしをイラつかせた。


「ふざけんなー!!」


 あまりにも腹が立ったわたしは全開にした窓から夜空に向かって叫んだ。それは別の部屋にいたママにも聞こえていたらしく、「何やってるの近所迷惑でしょ!」と怒られた。


 …………


 書けども書けども本当に文章がうまくなっているのかどうかまったく分からなかった。わたしは小説書くということの難しさを痛感していた。そもそも上達したからなんだというのだ。努力したら面白い小説がかけるようになるのか。


 ――努力したからといって必ず報われるわけじゃない。でも成功している人間はみんな必ず努力している――


 なにかの本に出てきた登場人物が言っていた言葉を思い出す。つまりそういうことだ。わたしのやっていることは先の見えない道をただひたすらに歩き続けていることに等しい。


 わたしが今チャレンジしようとしているのはミステリ小説。初めて書いた小説は恋愛小説だったが、それは友人を喜ばせようと思ってそのジャンルを選んだに過ぎない。それが間違いだったのだと気づいたわたしは普段自分が好んで読んでいるミステリやホラー系の小説にチャレンジすることにしたのだ。

 恋愛小説と比べれば多少は勝手がわかっている。そう思ったもののやはり行き詰まる。一番の問題はわたしが実際に殺人現場に居合わせた経験がないことだ。だから『事件が起こる』ということの肌感覚がわからない。

 既存の作品を参考にするという方法ももちろん思いついていた。でもそれにしたってどこまでやっていいか分からない。かつて事件のトリックを盗んだ盗んでないでもめて発禁になった本もあるくらいで、この問題はとてもシビアなのだ。


「うーん……」


 わたしは頭を悩ませる。


 煮詰まった思考を変えるため気分転換でもしようかとテレビをつける。テレビに映し出されるのは毎日この時間にやっている夜のニュース。いかにも遊んでそうな男が警察に連行されていく映像が流れる。その男は四歳になる自分の子どもを虐待し死に至らしめたのだとテレビが伝える。


 ――大丈夫だよ。怖くないよ。今から女にしてあげるからね――


 突然、脳裏に響く男の声。胃の腑から吐き気がこみ上げ咄嗟に口元を抑える。もう一方の手で慌ててテレビを消したがもう手遅れだった。残像だった男の影が確かな実態を伴って具現化する。あの忌まわしい記憶が蘇る――

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