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12月5日 4時45分

「レイア、起きられる?」




茜に肩をゆすられて、レイエンフィリアは目を覚ます。




────眠っていたの?




「大丈夫?もうすぐ到着よ」




周囲を見回すと、レイエンフィリアは飛行機ではなく車に乗っていた。以前のようにお互いの顔が見えるような車ではなく、全員が進行方向を向いている。




「ごめんなさい。眠っていたみたい」


「疲れてたんだよ。あんだけ情報詰め込んだんだから、仕方ないって〜」


「休める時に休むのは大事だよ、レイアさん。気にしないで」




外はまだ明るくなり始めたばかりで、夜明けの朝日が周囲を照らしている。




「もうすぐ九龍院家の屋敷だ」


【壮也たちには、約束を取り付けたんだろう?】


「ああ。元々協力するように言われてはいたしな」




オルディネの問いに、昴が答える。

何に協力していたのだろうか。


そこからは会話が無いまま車は進み、しばらく経ってから、ゆっくりと止まった。




「着きました」


「ありがとう」




運転手の言葉に勇が短く返し、車を降りる。隣に座った茜に倣って車を降り、それを見上げる。


荘厳な門構えの和風家屋。着物風の服を着た使用人が扉を開けた。




「公がお待ちです」




細身の男性の声だった。彼が振り返ると、その顔には紙でできた面がつけられていて、表情が窺えない。ギリギリ唇は見えているが、目元が無いと感情を窺い知ることができなかった。




「公?」


「壮也のことだよ」




翔からのフォローを得て、レイエンフィリアは納得する。つまり、玲華の記憶にあった壮也という人物は既に待っている、と言うことか。


靴を脱ぐように言われて、その通りにしながら廊下に載る。靴を脱いで廊下に立つ感覚に、レイエンフィリアの頭上にまたハテナマークが浮かんだ。


板張りの廊下を進み、似たような景色の中を右へ左へ。この世界の屋敷はどの建物もこうなのかと、レイエンフィリアはほぼ勘違いし始めていた。


まったくもってそんなことはないのだが。




「公、お連れしました」




男がその場に座して、紙で出来た扉──襖──を開ける。その先には──




「…………⁉︎」




皇帝の謁見の間のように、広く長い部屋だった。両側に二列、ずっと向こうまで人が座っている。そうして、全員が一斉に首を垂れた。列の向こう側までいる人間、全員が頭を下げている。




────40……いいえ、50メートルくらい?




舞踏会でも出来そうなくらいに広い。首を垂れている人間の列の、その真ん中を、勇は躊躇いもなくずんずん進んでいく。




────慣れている?




両脇の人間には見向きもしない。


そして、勇が足を止める。その先には、列には入らず、1人勇たちを向いている人の姿があった。その姿からいって、男性であることはわかった。ゆっくりと顔を上げ、彼の顔がこちらを向く。その顔には、やはり紙の面があった。その面には黒い筆で『獅子』と書かれている。




「お久しぶりです、神子の皆様」




その声には、覚えがあった。玲華の記憶を垣間見た時に、何度も聞いた声。壮也の声だ。




「こちらこそ、久しぶりですね。壮也、人払いを。貴方が信用を置く人間以外は下げていただきたい」


「もちろん、そのつもりですよ。……【暁】と12大幹部と副幹部以外は戻れ」




会話をしていときに比べて声を低くし、壮也が周囲に命じる。周囲の人間たちが一斉に立ち去り、20人ほどが残った。左側に18人、右側に4人いる。左側にいる者たちはグレーの和服を着ており、右側にいる者たちは白を基調とした和服風の衣装を着ていた。




「レイア、座りましょう」




茜の一言で、レイエンフィリアは勇や昴が座る体勢に入っていることに気づいた。茜に習って、真似をして座ってみる。露出した膝が、畳に擦れて痛かった。




「単刀直入に言うと、研究所が見つかったよ」


「…………やっぱり、残党がいたか」




壮也が紙の面を外す。それに倣い、周囲にいた者たちも顔を上げ、面を外す。女性も男性も入り混じっていた。




「そちらが、例の?」


「ああ。レイエンフィリア嬢だよ。レイア、こちらが壮也。九龍院家の次期当主になるだろう人だ。彼のことは知っているんだよね?」


「……は、はい」




レイエンフィリアは緊張でガチガチだった。目の前に、記憶でしか見たことのなかった壮也がいる。玲華が、心の底から信用し、尊敬していた人物が。


壮也は、その優しげな面立ちでレイエンフィリアに微笑みかける。




「初めまして、異世界からの来訪者様。九龍院家次期当主候補第1位、九龍院 壮也と言います」


「……レイエンフィリア、です」




────何を、何から言えばいい?




自分のいた世界のこと、玲華のこと、暁人のこと、ここに来た経緯。どれから語ればいい?




「レイア、落ち着いて。大丈夫よ」




茜が、レイエンフィリアの背中に手を当てて言う。その表情を見て、少し、落ち着いた。




「研究所を見つけるキッカケになったのが、このレイアだよ。研究所から脱出してきたところを、俺たちで保護した」


「なんで場所がわかった?」




左側の誰かから声がかかる。




「おい、やめないか」




右側の男性から声がかかる。この声は──




「総一郎、様……?」


「……⁉︎……驚いたな。壮也ならともかく、俺のことまで知っているとは」




総一郎の声は楽しげだ。興味がある、と、表情がキラキラしている。その彼の隣に座っている女性──その人が、きっと。




「貴女が、美風……様」


「……!」




美しい黒い髪と、そばかすが散った一重の女性。茜と比べると随分平凡な顔つきだが、その立ち居振る舞いは凛としている。




「……【暁】を知っているんですね」




壮也が言う。




「…………私は」




レイエンフィリアは大きく息を吸い、壮也に向き直った。




「九龍院 玲華が転生した世界から、やって来ました」




周囲がざわつく。

転生など、馬鹿げているとでも思っているのだろうか。




「今、私が元いた世界では、私の姿で玲華ちゃんが生きています」


「……レイエンフィリアさんに玲華が乗り移った、と?」




美風が問う。すると、再び身体の制御が奪われる。




【いや、微妙に違うね。美風嬢】




レイエンフィリアの口から、男の声が響く。全員が動きを止めたが、神子が全員驚きもしない姿を見て、警戒を解いた。




「貴殿は」


【初めまして、九龍院家の幹部と暁の皆さん。私はオルディネ。君たち九龍院家が作り出した新人類・神人だ】




バキリと、何かが音を立てる。音がした先を見ると、壮也が手にしていた扇子を半分にへし折っていた。




「……あの連中か」


「壮、落ち着いて」


「…………」




怨みのこもった目で、壮也の目がレイエンフィリアを見つめる。その怨みはレイエンフィリアに向けられた者ではなく、オルディネを作った者たちへ向けられたものだというのはわかっている。わかっているのに、背筋に寒気が奔った。




【僕たち神人はあの研究所で生まれ、僕たちを生み出した九龍院の人間の指示で、何人もの人間を殺した。暁人、玲華、修二、秀夜、浩二……他にも数人】




左側で、女性の息を飲む音が聞こえた。レイエンフィリアは顔を向けたかったが、主導権が戻らないのでそれもできない。




【少なくとも僕が殺した人間はみんな、レイエンフィリアが元々いた世界へ転生させた。転生先の人間も殺し、魂の抜けた肉体に彼らの魂を入れ込んだ。向こうで一度死んだ人間の肉体に、こちらで死んだ人間の魂を入れたんだ。これを、転生というのだろう?君たちの世界では】




楽しそうな声。けれどその言葉の端々に、九龍院を皮肉った、嘲笑のようなものを感じる。




「お前の意思ではないんだね」


【僕は、そうだった。もう1人の神人はわからないけれど。研究所の人間から、『玲華を殺せ』『修二を殺せ』と言われたね。なぜ彼らなのかは聞かなかった。喋ることすら許されなかったから】


「…………」


【研究所の人間は言った。私たちの目的は『未来のないこの世界から未来ある人間を救い出し、理想郷に連れて行くこと』だと】




レイエンフィリアは、その言葉は知らなかった。


つまり九龍院家の研究所の人間たちは、レイエンフィリアが今居るこの世界に『未来は無い』と判断し、未来ある人間──九龍院家の人間を、救出と称して【裁定者】に殺させ、理想郷に転生させていた、と。そういうことだろうか。




「そ、れで……」




左側から、女性の声がする。オルディネも彼女の方を向く。後列の女性が、口元を戦慄かせている。




「そ、んな、九龍院らしからぬ動機で、私たちの娘を殺したと⁉︎」




その女性の顔と、女性の前に座る唇を噛み締めた男性。その2人の顔には覚えがあった。




────玲華のお父様と、お母様……




【嗚呼、玲華の両親か……】


「娘を、娘を返して!!」




玲華の記憶では、感情がなくなっているはずだった。幹部になる引き換えに、心を失うのだ、と。




────そうでは、無いの?




「都、落ち着け」


「壮也様!ですが、私の娘が!!」


「都」




決して、大きな声ではなかったように思う。

それなのに、壮也がたった一言、彼女の名前を呼んだだけで、都と呼ばれた玲華の母親は動きを止めた。




「落ち着け。無論君の娘は救う。だからまずは情報を聞け。一つでも多くに情報を得る努力をしろ」




都は口を一文字に引き結び、慌てていた先ほどまでとは豹変して、冷静にレイエンフィリアを見つめた。




【玲華の記憶と違うな。幹部になった人間は、心を失うのではなかったか】


「……間違ってはいないが合ってもいないな。何かを思う心、その全てを捨てるのでは無く、戦う上で、その人にとって1番必要のない心を捨てるんだ。敵への恐怖心や、警戒心、仲間へ疑心、依存心といった、自分の中に眠る自らの足を引っ張る心を捨てる。娘への愛を捨てるわけじゃあない」


「私も、玲華にはそのことを何度も言ったの。けれど、ご両親が──磨羯、貴方が幹部になるために自分への愛情さえ捨てたのだと、そう勘違いしてしまっているみたいで。幼い頃からそう思っていたからか、“そう思う”以外の手段を、持っていないみたいで」




美風は、玲華の両親に向かって頭を下げた。




「お二人とも、ごめんなさい。玲華がそう思っているのだと知っていながら、お二人に言うべきではないんじゃないかと、勝手に判断してしまって、ずっと言わずにいました」


「み、かぜさま!そんな、表をあげてください!貴女が私たちに謝ることなどないんです!」


「都の言う通りだ、美風。君は謝らなくていい。きちんと娘と向き合わなかった、私たちが悪い」




空気が重く静まる。沈黙が苦しかった。

ため息と共に、壮也が口を開く。




「勇様、彼女が研究所から逃げてきたのはいつですか」


「日付が変わる前だね」


「ならば、今は研究所から逃げる準備の真っ最中ってことだ」


「そうなるね」


「なら、やることは一つですね」




勇と壮也は、楽しげに笑みを深めた。




「俺たちは、【天久の神子】である茜のお姉さんを助けるために」


「九龍院は、俺たちを神の劣化品にした研究員どもを全滅させるために」


【話はまとまったな】




すっと、肉体の制御ができるようになる。




「各部隊、屋敷と各都道府県及び各市町村を最低限防衛できる戦力を残し、学園都市島へ向かう」


「人数はどうする」


「各部隊から20名、信用できる人間を選抜しろ」


「俺たちお得意の、か?」


「ああ。九龍院家お得意の、身内殺しだ!」




壮也は高らかに宣言した。

九龍院の人間たちは、その言葉に息を合わせてはい!と返事をする。後方の襖を開け、各部隊の元へ駆けていく。




「怖いなぁ、お家芸か何かなの?身内殺しって」


「九龍院の人間は、身内にこそ厳しいんですよ、勇様。自分たちは、人を裁くことが──人を殺めることが、容認されている組織です。だからこそ、自己の感情で人を殺すことは許されない」


「……なるほど、わかる気がする。権力には責任が付きまとう。だからこそ、その権力を身勝手に振りかざす者がいたら、僕たちは躊躇いなく、彼らを殺す」


「そうですね。許されているからこそ、権力を身勝手に扱った者には一切の容赦をしない。それが例え九龍院家の為なのだとしても」




壮也の顔は、至って真面目で、それでいて、冷酷だった。




「僕たちは、守るべく人類なくして存在できない。人類が歩む未来を、阻もうとする者を殺し、人類が歩む未来のために身を尽くす。人類のために身を削り、人類のために人類を殺す。大きな矛盾を、人類の代わりに僕たちが背負う。だから僕たちは、特別を許されている。守るべき人類を差し置いて、“俺”たちが救われることを望むなど、言語道断」




レイエンフィリアは目を見張った。終始、“僕”という一人称を使っていた壮也が、最後だけ“俺”という一人称を使った。玲華の記憶の中でも、そんな彼を見たのは初めてだった。


勇がそっと立ち上がり、壮也の前に進み出て、手を差し出す。




「念願叶っての共闘だ。楽しみにしているよ。九龍院家の次期当主さん」


「まだ候補、ですよ。勇様──いえ、勇」




笑顔で壮也は立ち上がり、勇が差し出した手を握った。




「よかった、これで──」




お姉ちゃんが。

茜の唇が、そう動いた。音にはしなかったけれど。




「昴、島にすぐに戻ろう」


「燃料の補給をさせてくれ」


「喜んで、昴様」


「出発は、こっちの用意の時間も含めて3時間後でどうです?」


「問題ないよ。移動に2時間以上はかかるから……」


「でも、壮也。日に出ている時間帯に戦闘は避けたいわ」




茜の言葉に、勇と壮也がああ、と頷く。日中の戦闘は、住民を巻き込んでしまう可能性が大きい。しかしうかうかしていると、研究員を刈り損ねてしまう。




「じゃあ、出発は昼過ぎにして、夕方に到着するようにしよう」


「そうですね。あまり早く到着してしまうと、九龍院の本隊が島に到着したのがバレて、応戦の準備をする時間を与えてしまう」


「研究員でも応戦できるのか?」


「応戦できるというか……神様と会話できる人物が1人だけいて」


「は?」


「彼女に敵にまわられると、俺たちでは手出しができません。なんせ、神様に語りかけて、味方につけることが可能なんですから」


「神子でもないのに⁉︎」


「彼女だけですよ。そんな非凡な才能を持っているのは。だから、神様を引き合いに出されたら、神子の皆さんの力をお借りしたいです」


「だってよ、昴?」


「構わん」


「うん、じゃあ、任せてらおうかな。迎撃はよろしく。俺たちは、九龍院とは違って人間を傷つけることはできないんだ。あくまで、『茜のお姉さんを探す』方に基本、重きを置かせてもらうよ」


「わかりました。よろしくお願いします!」




力強く、壮也が頷く。




────私は、どうすればいい?




妙な焦燥感が、レイエンフィリアの胸の内でざわめいていた。

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