第三話 ヒノア
「魔女、か」
かなり気になるが、考えても仕方がないので一旦思考を放棄する。思考放棄は(以下略
取り敢えず何かしらの役に立つだろうと思って本を閉じてズボンのポケットに無理矢理突っ込んだ俺は、うっすらとした記憶の中の少女についての手がかりを探すためーといっても、記憶にあるのは笑った口元だけで顔も思い出せないがーこの古びた教会の中をしらみ潰しに調べていった。
だが、教会の中には驚くほどなにも無かった。
本のもう何冊かくらいあってもいいのにな。
俺は、諦めて教会を後にした。
かれこれ二時間は歩いているが、それでもまだ森は続いていた。流石に喉の乾きと空腹感が限界になってくる。
強い日差しも照り付ける中で俺がふらふらになって歩いていると、ほど近い緑の丘の上にある木の下で、小さな人影が見てとれた。
「あれは………少女?」
気になって近づいて見てみるとそれは、丁度俺と同い年くらいの見た目をした少女が、座って眠っている姿だった。
綺麗な黒髪のその少女の目鼻立ちは、奇跡と言っていいほどに整っていて、すらりと通った程よい高さの鼻、薄い唇、小さな顔、白い肌が、惜しげもなくその少女の美しさを主張している。それと…
「胸……」
彼女の胸である。
決してバカ大きいといったわけでは無いがそこそこ大きく、また、なんといってもの形が美しい。
むしろ大き過ぎないのがいい!
……さて、俺がどうしよう、ここに来てはじめて(生きている)人を見つけたし、起こして話をしようか、と逡巡していると、
「うっ、むうぅ」
少女が小さく呻いた。か、可愛い……じゃ、じゃなくて、…起きてちゃった?
彼女の瞳は美しい、ルビーの様に輝く紅色だった。
なるほど、さすが異世界クオリティだぜ。
滅茶苦茶可愛いなおい。滅茶苦茶美しいなおい。
俺が内心この少女、いや、この美少女の美貌にある種の感動を覚えていると、
美少女がこちらに視線を向けた。
目があった。
「「……」」
しばらく無言で見つめ合う。心臓が激しく鼓動している。破裂しそうなくらいに。まあこんな美少女と見つめ合っているんだもんな。後何故か、右手の傷が痛んだ気がした。
そして数秒たった後、美少女が僅かに驚いた様に目を見開いた。
「あ、いや、その…ごめん」
目覚めて急に男が目の前にいるとか怖すぎるよな。
俺は罪悪感を覚えて離れる。相変わらず心臓は高鳴っている。
「いや、そのこの辺り初めてでさ、道分かんなくって聞きたいなあって思って近づいた次第でありまして…」
俺は思わず早口で捲し立てた。いやほんとのことなんだけども。しかし美少女はただこちらを見つめるだけだ。やっぱり、警戒されてる?
いや、違うな、これは…
「もしかして、言葉が通じて、ない?」
字が読めるから言語もいけるだろ、と勝手に思っていたがまさかの言葉は通じませんパターン?
言葉か通じない、なんて考えたく無いほど恐ろしい。だってもしそうなら、俺はきっとこの辺りでのたれ死んでしまうからだ。俺の首筋にツゥーと冷たい風がよぎる。
しかし、それは杞憂だったらしい。
「うんうん、通じてるよ?」
なぜなら今、美少女が初めて俺に向かって話しかけてきたからだ。日本語じゃないし英語でも無いけど、意味は完璧にわかる。ふう、よかった。
俺は気を取り直して美少女に話しかける。
「ごめん、俺が目覚めた瞬間目の前にいた超絶怪しい男と自覚しているけど、…命に関わるから聞かせてくれ」
俺はそう言って、美少女に手を合わせる。
すると、美少女は慌てた様に言う、
「え?うんうんうん!全然怪しいとか思ってないの。た、ただねその、いきなり話しかけられたから
お、驚いちゃって……それも……」
心なしか顔が赤い、まあ気温高くて暑いよね。
あと最後の方がモニョモニョ言ってて聞こえなかった。可愛いなあ。
というかべつに怪しいとは思われてないのか、良かった良かった。
「そ、そっか、じゃ、じゃあ聞くけどさ、この辺りに人の住んでいる街だったら村だったりってあるか?そこまでどう行ったらいいか、教えてほしいんだけど」
取り敢えず、水と食料を供給しないと俺は本当に死んでしまう。今も半ば気力で立っているし。
「えっとね、街ならここから20分くらいあったところにあるよ、でも、ちょっと複雑だから、私が案内しようか?」
「え?いいのか?」
俺は驚いて美少女に言う。
すると、美少女は笑顔で言った、
「うん、いいよ」
「俺、一文なしだしお礼も大したことできないけど、」
「全然、大丈夫。私、丁度町に行く途中なのよ」
これは…可愛い、優しいし、惚れたかも。
いやいや、あくまでこの子とは道案内だけの関係。
それ以上でもそれ以下でも無いはずだ。
俺はそう自分に言い聞かせる。
俺が自分の中の感情と戦っていると、美少女が口を開いた。
「ねえ、とりあえず、水、飲む?喉乾いてるでしょ?」
「え、ああ、ありがとう…なんで喉渇いてるってわかったんだ?」
「えへへ、それぐらいわかるよ」
そういうもんなのか…まあ可愛いし、何でもいいけどさ。
美少女が腰につけたひょうたん?的なものを差し出したきて、俺はそれを受けとる。
俺が一生懸命水を飲んで生き返っていると、美少女は更にこう付け加えた。
「あと、お腹も空いてるでしょ?これもどうぞ」
そう言って、腰に下げた鞄の中から、
木でできたお弁当を差し出してきた。
「えっと、…いいんでしょうか」
「いいの!受け取って!」
………。
「…そういう態度が、勘違いしちゃうんだよなぁ」
俺は美少女からもらった弁当を食べながら、思わず小声で呟いてしまう。
あと、この子の将来が心配だ。悪い男に騙されそうで。弁当もすごくうまいし。
「どうかしたの?…もしかしてお弁当、美味しく無かった?」
美少女が少し涙目になって、上目遣いで聞いてくる。
ぐっ、これは破壊力がやばい。
「いや、すごくうまいよ、これ」
全部知らない食べ物だが、どれも美味しい。
それを聞いた美少女は、満面の笑みで俺に言った。
「ほんと?ありがと!」
あぁ、やっぱりすごく可愛い…
しばらくして食べ終わった俺は、改めて美少女に話しかけた。
「本当にありがとな、俺の名前は要、正木要
って言うんだけど、えっと…」
俺はそう自己紹介をして、この子の名前を知らないことに気づいた。
「あ、えっと、じ、自己紹介してなかったね、私の名前はヒノアって言うの,よろしくね、カナメ」
ーそう言って俺に笑いかけた彼女の屈託のない笑顔が、俺には少し、いや、とても眩しかった。
…というか、はじめて女子に名前で呼ばれたの、
ちょっと嬉しかった。