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宿までは歩いて向かう。街はすでに目覚めていて、徐々に、徐々に活気を増している。
荷馬車や荷車が往来を行き、停まり、店先に目立つ張り紙をする者がいて、早くもパンを焼くような香ばしい匂いも漂ってくる。
リーガスの宿につくと二人は、すでに起きていたシャルジュに迎え入れられた。さわやかで、健康な笑顔だ。
邪心のない、くるくると機転の利くこの少年の、ちょっとばかり背伸びをしているような顔つきにもすっかり馴染んでいるというのに、もうすぐ別れを告げるのだな、と大地は感慨深げなまなざしでシャルジュを見た。
「おはよう。おつかれさん」
シャルジュはいつもと変わらない。
昨日の言葉をどう捉えたにせよ、下卑た眼差しを向けるでもなく、揶揄を含むでもなく、まったく純粋そのものの彼だ。
「ごくろうさん。退屈じゃなかったか?」
ランスがシャルジュに向かって訊ねた。
「いいや、お客さんの気持ちになれて、まあ、今更じゃないけどさ、良かったよ」
両手を腰にあて、シャルジュは言った。
「そうか。そりゃ良かった」
「あ、そうだ、二人にって預かりものがあったんだ」
シャルジュは室内据え付けの箪笥から、木箱を一つ取り出した。
ランスが受け取り、蓋を開ける。
中には紙幣とも違うような紙、おそらく手形のようなものだろう、一枚と、大きさや色の違う貨幣が何枚かずつ入っていた。イルヴァの言っていた報奨金だろうが、直感的に額面の重さが分からない。
作業自体はあっけないほど簡単なものだ。対価として適切であるのか全く見当がつかない。が、それはそれで大したことじゃない。もちろん、宇宙連合のユニバーサル通貨に両替することもできるが、ここでしか使えない金だ。
「誰が来た?」
「知らない人。渡せばわかるって言ってた。そして、ランスさんたちが何かを俺に預けようとしても受け取るなって」
あの瑠璃鳥の伝言を読む限り、もうイルヴァとは関わることはないのだろうという気がする。つまり、ランスに預けたものも、鳥笛も、そのまま宇宙へ持っていけということなのだろうか。
大地がランスを見やると、同じ思いだったらしく、軽く頷いた。
「シャルジュ」
おもむろにランスが言った。
「うん?」
トーンの変化に気が付いたのか、シャルジュは、おや、という顔をした。
「一緒に朝食を食べよう。そして、それが最後だ」
「え?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔、というのはまさにシャルジュのそれだろう。
「帰るんだ、俺たちは」
大地が静かに言った。
「……」
「そして、これはお前に」
受け取った木箱をそのままシャルジュに手渡して、ランスはにっこりと笑った。
「いや、これは。えっと、そんな」
しどろもどろなシャルジュの言いたいことは解る気がする。
「いいんだ。たっぷりと楽しませてもらったからな」
ランスがシャルジュの肩に軽く手を置いた。
「本当に、いい思い出になった」
大地も自分自身納得しながら頷き、言った。
「ううん、こっちこそ。すっごくよくしてもらった。俺、こんなに……」
シャルジュの目にうっすらと涙が浮かんだ。
「さあ、そうと決まったらクアルニィグ一の朝食を食べさしてもらおうか」
ランスはシャルジュの背中を押し、言った。




