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「了解」
ランスはそれだけを言って通信を切った。
「帰ろう」
ほぼ同時に、大地は半ば反射的に答えた。
自分でも、エスネムからの通信がなければどちらを選ぼうとしていたのかは分からなかった。最後まで自分の目で見てみたいとも思うし、やるべきことを終えてもう解き放たれたいと思うのもまた本音である。
「よし」
言いながらすでにランスは馬具をつけたシカの姿に変化を始めていた。
弾みをつけることもなく大地は鹿ランスの背中に乗ると、手綱を握った。合図を送らずとも走り出す。いつも思うことだが、往路よりも復路は各段に所要時間が短く感じられる。そして、往復の回数が増えると、さらにその感覚は顕著になる。
黒馬の姿に変わって山道を下り麓の終わりに近づいたとき、後方からやってきたとみられる一羽の鳥が、二人を追い越し、大きく一度旋回してこちらを向き、ホバリングを始めた。
その時にはすでに馬ランスは速度を落とし、軽く二度、三度その場でステップを踏み、停止した。鳥は、イルヴァのあの伝書の瑠璃鳥だった。すっと大地の方へ近寄って、ランスの鬣を止まり木にしてじっとしている。大地は通信文の入った小さな筒から中身を取り出した。
「イルヴァからか」
「ああ、『アーヘルが足りない荷を指摘。国軍が私兵の半分に扮装して確認。当事者認定。拘束。落雷確認。報酬は宿へ手配済み。これにて一切を終了とする』」
クアルニィグの文字は、アプリを介して宇宙標準語の音声信号に変換されるのだが、もうこの星を後にする段になって少しだが見慣れてきた気がする。記号の羅列に過ぎなかった視覚情報が、ちゃんと文字列に見える。
「無事終了だな」
ランスが言った。
大地が筒を戻すと、瑠璃鳥はただちに飛び立った。地球の鳥を比較対象として、かなり速いと感じた。
「ああ。しかし、瑠璃鳥はここを目指して来た、よな」
もう、大地の中ではイルヴァの鳥は普通の生き物ではないのだろうという考えが起こっていた。
──特別な子。
「大地の持っている鳥笛が位置情報を発してるんだろう」
「なるほど。うん、そうだな」
イルヴァは一言もそうだとは言わない。
しかし、ランスも大地も確信していた。イルヴァは間違いなく異星人であり、倫理的規範の執行者であるのだ、と。
「さあ、帰ろうぜ」
馬ランスが走り出す。
夜の終わりを暗示するかのような空の下で、今にも零れ落ちそうな雨気を含んだ雲の下で、道が平坦になるほどに馬ランスの速度が増す。
そして、街外れの林に着いた。




