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「あ、ああ」

 複雑な思いが湧き上がる。目の前にいるのは馬だ。が、それがランスであることも知っている。


 鐙に足を掛け、大地は馬の背にまたがった。


「しっかり掴まってな」

 大地が出発の合図をどうしようかと躊躇する間もなく、馬ランスはそう言うと走り出した。


 速い。


 確か地球では、サラブレッドの速さは時速70キロメートルほどだと、どこかで見た気がする。舗装もされていないこの道で、あくまで体感だが、馬ランスの走りっぷりは高速道路の法定最高速度並みの速さに感じる。しかもこの暗がりで、まあ、ランスの目がいいのは今更言うまでもないことだけれど、自分を背中に乗せて、よくもまあこんな速度で走れるものだと、感心しているほどの余裕が、大地にはあった。


 そうだ、余裕だった。手綱にしがみつくでもなく、もちろんこちらからコントロールするわけでもなく、ただ手綱を手に取り、乗馬姿勢をとっているだけなのだが、振り落とされそうな気がまったくしないし、なんなら危険のないシミュレーションとでも言えそうだ。これが、乗せられている極みなのだろうかと、ふと思った。


 山に大分分け入ってからは速度も緩やかになる。といっても通常よりは速いのだろうが、馬ランスは国軍の野営地を迂回して、公爵家の私有地へと向かっている。空の三分の二ほどが雲に覆われている。一雨くるのだろうか、と何気なく見上げて大地は思った。


 夜の闇と、黒い森の影、風を切る音と、蹄の力強い蹴立てに石ころの転がり飛んで行く音、時折闇をかいくぐって生き物の奇妙な高い声が聞こえる。日中とは違う、ともすれば迷宮ともなりそうな山道を、ランスは駆けて行く。と、大地ははっとした。


 自分の下肢が、まるで馬ランスの四脚を通して地面を蹴散らしているような感覚を覚えたのだ。それは、不思議な感覚だった。石ころを蹴飛ばし、砂埃を上げるのは、まったくもって自分のものではないことは明確に自覚できていて、それなのに、直接自分が踏み、蹴っている感覚が伝わってくる。


 ──この感じは、いったい……。

 違和感ではない。むしろ精神がそこへ、さらにその向こうへと進みたがっている気がする。


 ふとケンタウロスの姿を思い浮かべた。いや、少し違う。自分の脚が馬脚になったというのとは違う。ランスのものであるという認識の上での……、融合、だろうか。いや、共感、いや、共有……。


 なんとも説明のしがたい感覚は、それでも大地を一つ高みへと誘ったように思えた。


 遠くにちかちかと灯が見える。おそらくアーヘルだろう。荷馬車に隠した短刀は、いったい何に使おうというのだろうか。まさか、私兵たちを襲おうというのではないだろう、きっと護身のためだと思いたいが、不穏なイメージが拭いきれない。


 問題がなければアーヘルは宝箱を目の前にしてお縄になる手はずなのだ。いずれにせよ、洞窟に着いてからでも、状況を確認しなくてはならないだろう。しかし、この雲だ。



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