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「お待たせ」
戻ってきたシャルジュが、階段を上っていくイリアのうしろ姿に軽く視線を投げ掛け、それから笑顔で言った。
「おう」
ランスがさあ行くぞと、シャルジュの肩に手を乗せ、外へと誘導するようにそっと押した。
「さあて、お次は何したい?」
シャルジュの言葉には、観光客へのおすすめイベントを選択させようというよりは、大地たちがこれ以降どうしたいのか、という意味合いの方が強く出ている。
「俺たちは、これから大人の時間だ」
ランスが言うと、まったくロマンティックさを想像できない。
事実、二人が行おうとしていることは危険物の処理という、大人という括りでさえ語弊のある任務であり、華やかで高揚感のあるものとは真逆の方向にある。
「へえ~、大人の時間、かあ」
それでもャルジュは、生真面目な口調を表現のカモフラージュと受け取ったのか、緩んだ笑顔を見せた。
「いつ帰れるか分からないからな。シャルジュはここで俺たちが帰るまで留守番をしていてくれないか」
大地はシャルジュの笑みに合わせて、にやりと笑い、そう言った。
「オッケー。まかしときな」
宿の前でシャルジュは胸を叩いた。
ちょうどその時、荷車が停まった。とみる間にリーガスが、それを待っていたかのように外へ出て来た。
「お、シャルジュ。手伝うか?」
リーガスがシャルジュの姿をみとめると、彼に向かって親指と人差し指で輪っかを作って訊ねた。
シャルジュが、リーガスに返事をする前にこちらへと視線を向けた。リーガスのそれはミニバイトでもするか、という意味なのだろうと思えた。おそらく、シャルジュの中では専属という言葉が重きをなしているのだろう。
大地は声には出さずに顎を小さく動かしてやれよ、と促した。別に自分たちがいない間のことまで束縛する気はない。それよりもシャルジュのそういった素直さというか、真摯な面が、ことさら好ましさを増して見えた。
「じゃあ、行ってらっしゃい」
にかっと笑って、シャルジュが送り出してくれた。
「さて、と」
ランスが気持ちを切り替えるつもりなのか、短い言葉を発した。
向かうのは街灯もまばらな、暗い道だ。馬でも借りるなら方向は違うだろうと思いながらも、大地はランスの行く先に黙ってついていく。建物も途切れ、ちょっとした林がその先にある。
「まあ、基本現場へ行かなくても遠隔で事足りるんだが」
「処理、のことか?」
前振りもなくランスがいきなり話し出したのが、これからやろうとしているミッションのことだと大地は見当づけた。
「ああ、そうだ。よし、もういいだろう」
言っているうちにゆるゆると、それまでランスを構成していたものが輪郭を失い、なんとも形容しがたいものになり、それから徐々に馬の姿が現れた。
「ほうっ」
感嘆の声が思わず口をつく。ランスが変態するさまを見るのはこれが二度目だが、初めてみた時と変わらない新鮮さを伴って、大地は黒い馬を見やった。
それは馬場でランスが注視していたあの馬に、馬具を装着したあの馬によく似ていた。見たものをコピーできるとでもいうのだろうか。外見はそうだとして中身は? 食性も変わるのか? 衣服だとかどう処理している? 加えて、ランスが持っている預かり物はどうなっている?
次々と疑問が湧き上がってくるのを、大地はいったん記憶の引き出しに納めた。
今はまだだ。もうちょっと自分でも整理して、シヴァン・アルレットに戻ってからたっぷりと訊いてやる、と大地は思った。
「乗れよ」
黒馬はランスの声で、スビニフェニスの言葉で言った。




