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「おい、聞いたか?」

「うん? 何だい?」

「ほら、国境へ兵士が向かったって話、その続きさ」

 酔いの回ったらしい声高な会話が後ろの席で始まった。


「ああ~、なんだか変な病気にかかったとか言ってたやつか」

「それなんだがな、都へ戻って来てからはみんな一斉にけろっと治っちまったんだとよ」

 思わず大地たちは顔を見合わせた。


 自分たちがつい今朝までその場にいたことなど、この者たちは知るはずもない。口元だけが微かに動いて、苦笑したような顔のランスと、振り向きこそしないものの、耳が自分の後ろ側の声に集中しているシャルジュのわくわくした感じとで、噂話の真偽に大いに期待していることが分かる。


 何事もなかったように回復したというのなら、誰かがこっそり、あるいはそれと知らずに解毒剤を投与したのだろう。イルヴァか、それとも何も知らないただの使いの者か。


「なんだったんだろうなあ。山の何かに中てられたんかな」

「そうそう、なんだか化け物みたいにでかい鳥がいたっていうじゃないか。妖魔の呪いでもかけられたんじゃ……」

「ばかだな、そんなのいるわけねえだろうが。ビビッて幻覚でも見たに決まってる」

 大地は吹き出しそうになるのを懸命にこらえ、やっとのことで眉根を寄せるだけにとどめた。


「どうだかな。まあ、治ったんならいいじゃねえか」

「しかし、行って病で臥せって、戻って治ってって……。なんだかなあ」

「ははは、そういうこともあるだろうよ。いいか、仕事もしないで帰って来ただなんて、口が裂けても言っちゃあなんねえぜ。だが、あれだな。交代の兵ももう向こうへ行ったんだろ。今頃は公爵さまの私兵も取っ捕まった頃かなあ」

「お、お前はまだ知らないんだな。サリエルさまがようやく陛下に無実を訴えたらしいぜ」

「へえ。やっぱりそうだよな。おらあそう思ってたさ。サリエルさまに限ってそんなことするはずない。じゃあ、ほんとに訓練のために行ったってことかい?」

 特別に大地たちが知りたい情報もなさそうだ。


 酒館のなかのざわめきの中から、そこだけが切り取られたかのように聞こえてきた会話も、意識が切り替わるとまた元の喧噪に紛れていった。


 具材も底をついた頃、大地の視界が変化した。


 まるでパソコンの画面を見ているときに、新たに別の画面が予告もなくパッと立ち上がったかのようだった。


 アーヘルが荷受に向かうにはにつかわしくない、短剣や短刀などを荷馬車にいくつか集めている。大地の目の前にはランスが座っていて、たしかに酒館の内装も見えてはいるのに、まるでそれらが遠近法の奥へと遠ざかったような、焦点がぼやけたような、あらたな場面が大地の意識を占領したかのようだった。


 が、それもまた一瞬で、すぐに元の視界に戻る。ランスは、と見ると、表情が引き締まっていて、同じくエスネムからの通知を受け取ったのだと大地には判った。


「そろそろ戻ろうか。店の回転率も上げないとならんしな」

 ランスがそう言って立ち上がった。


「う~ん。ごちそうさま」

 二人に起きた小さな変化を知るよしもないシャルジュが、満足そうにお腹をぽんぽんと二度三度、それからくるりと撫でさすりながら言った。


 階下へ降り、シャルジュが宿泊客のサインをしに行っている間待っていると、新たな客が入って来た。


 イリアだ。商人らしい仲間が三人一緒だ。


 大地と同じくらいの背丈の彼も、それだけではなく美貌と相まって目立つ存在である。すぐに目が合った。イリアは大地たちが譲った通り道を行きすぎながら微かな笑みを浮かべた。


「夜道は暗いのでお気をつけて」

 意味ありげにイリアは小声でそう言い、大地たちのいた席から呼ぶ片付けの途中の女給が呼ぶ手に応えた。



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