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噂話をしていた男たちも眠りに落ちたり、あるいは別な話題に移ったりと、乗合馬車はいつもと変わり映えのしない様相を紡いでいるのだろう。のんびりとした時の流れが、妙に心地よかった。
大地たちが渡ってきた吊り橋よりも長く広い橋、石造りの堅牢な橋を渡った先からは宿屋や飲食店などが道の両端に軒を並べていた。クアルニィグのはずれの宿場街だ。
小ぶりな噴水のある広場の辺りで馬車は止まった。馬車駅の最終地点であり、始発地点でもある。ステーションのすぐ横には大地たちが乗ってきたのよりずっと小型の馬車が数台並んでいて、ここから先の移動手段にはこれらを個別に利用できそうだった。
あくびをしながら、腰をさすりながら、あるいはおしゃべりをしながら、ぞくぞくと乗客たちが馬車を降り、方々へと散らばって行った。
最後に大地とランスが馬車を降りた。「良い旅を」と御者が声を掛けてくれた。見るからに珍しい旅の者然としていたのだろう。
「ふう、やっと到着だ」
大地がつぶやいた。馬車が今日一日の仕事を終えて、格納場所へと去っていくのを見送るともなしに見やる。
「お疲れ。腹減ってないか?」
「ああ、そうだなあ。でも、先に確かめておきたい」
「分かった、そうしよう」
陽が落ちるにはまだ間があるが、物皆の影が実際よりも長く伸びてきている。大地とランスは例の派遣兵の噂話の真偽を知るために、他人のいない場所、つまり先に宿を決めておくことにした。
都心にはほど遠いが、それでも一帯はとても賑やかだった。夜に備えて軒先にランプを提げ始めたり、屋台での簡単な食事の調理が始まったりと、この街の表情が変わり始める。
「そこのお兄ぃさんがた! 今日の宿はお決まりかい?」
明らかに二人に向けて、威勢のいい少年の声が飛んできた。
大地が声の方を振り返ると、少年は十代半ばだろうか、宿屋の店先に積んであった木箱の上からひょいっと飛び降りて、こちらへと駆け寄ってきた。
「君は?」
大地がたずねた。
「あ~、宿が決まってないならさ、紹介するぜ? まあ、ぼったくりなんて心配はこの街じゃいらねえんだけども。お客さんがたの好みにさ、俺がいっちゃんいいとこ、選んでやれるぜ。値段かい。可愛い姉ちゃんのいるところがいいかい? それとも飯のうまいとこ? なんでも聞いてくれよ。ただし、ちょっとばかし紹介料をはずんでくれたら、スペシャルなところだって教えてやれるぜ」
なるほど、フリーの客引きなのだろう。少年は大きな獲物だとでも感じ取ったのかキラキラとした目で、にかっと笑って、大地の周りを一周しながら口のはさむ隙さえ皆無な弾丸トークで一気に説明した。
「なんだ、坊主、客引きか?」
ランスが少年を見下ろして言った。
「おっ、お兄ぃさん、かっけえな。こ~んな姉ちゃんがいるとこ知ってっぜ」
ランスの前でぴたりと歩を止め、両手で胸の辺りに山の稜線を描きながら唇の端でにやりと笑い、ランスを見上げた。
「静かなところがいい」
「あと、景色のいいところ」
大地とランスが続けざまにリクエストした。
「オッケー、オッケー、付いてきな」
少年は期待外れだったのか、ひょいと肩をすくめてから二人の先に立って歩き出した。大地はランスの方を見やり、お互いに苦笑してから少年の後に続いた。
少年の歩く速度は決して速くはなかった。歩きながらもうすでに次の獲物を物色しているに違いない。きょろきょろと辺りに目を配っている。
どこでも夕食の支度が始まっているらしく、あちらこちらで美味しそうな匂いが漂っている。おそらく、自然素材をふんだんに使った料理だろう。ちょっとばかり楽しみでもある。
メインの通りから一本脇に入り、しばらく行くと少年は振り返り、後ろ向きに歩きながら手招きした。
「ここだよ」
宿屋の正面扉を開け、中に入る。
「リーガスのおっちゃ~ん、お客さん! 二人!」
少年が玄関先で大きな声を張り上げた。
「いらっしゃいませ」
すぐに、中から中肉中背の男が小走りに出てきて、大地とランスに深々と礼をした。




