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「アーヘル殿。それではまた後ほど」
突然、廊下から不自然なほどに声高に話すイリアの声が聞こえてきた。
少し含みのある甘い声だ。
大地とランスが顔を見合わせた。それから、ランスが扉に近づき、部屋の外のようすに耳を欹てる。
「おお。我が友よ。前途は洋洋、期待して待っておれ」
イリアほどにははっきりと聞こえなかったが、アーヘルのものらしい言葉は聞き取れた。
「ではお気をつけて」
足音が一つ、遠ざかっていく。
「イリアは情報を伝えたようだな」
扉から離れてランスが言った。
「おそらく。どう思う? 俺たちに聞かせようとしたように思うんだが」
大地は、イリアの意図を測ってランスに言った。
「俺もそう思う。だが、まだイルヴァ側と断定はできないからな。エスネムにマークさせよう」
そう言ってランスはエスネムを呼びだした。
《こちらエスネム。通信状態は良好。ご用向きをどうぞ》
「ターゲットは今この部屋の前を通過して行った男だ。追ってくれないか」
《一人立ち止まり、一人移動していますね》
すぐさま返答があった。
「外へ向かっている方だ」
《了解》
ランスはアーヘルを追跡させる指示だけをして、通信を切った。
「今、イルヴァはサリエルへの面会を試みているはずだ」
「できるかな」
「もうすでに穏便に済ませる計画は崩れた。次は、国軍をこちら側へ抱き込まなくてはならないからな」
「サリエルの口を開かせて、イリアの供述と合わせて、アーヘルの現場を押さえる、って寸法か」
アーヘルとは逆の方向へ遠ざかる足音がした。もしや、イリアが立ち聞きでもしていたのだろうか、と危惧するが、タレスターフの言語を彼が知っている可能性はゼロとは言い切れないにしても恐ろしく低い。
大地の一瞬の戸惑いを見逃さなかったらしく、ランスはそのことには触れずに頷いた。
「すんなりことが運んでの話だ」
計画通りに進まないことは想定内、とランスは言った。
それにしてもイリアの態度は釈然としない。まさか、イリアも正体を明らかにできないような人物なのだろうか。そう思ってから、大地はくすっと自分の妄想加減を嘲った。
「タイミングが上手く合わせられないと失敗する可能性があるな。つくづく、情報の速さってのがどれだけ重要なのかを痛感するね」
自分たちが積み上げてきたものの流れに乗っているのであれば、それは不便でも何でもないことだろうけれど、進んだ文明の利便性を享受してしまえば、もうそれを知らない自分には戻れない。
今はまだ、大地たちは単なる旅行者を装っていられるが、もしかしたら自分の意思とは無関係に、他の星の文明に関与してしまう異星人がいないとも限らない。意味ありげだったイルヴァの言葉に、彼女はいったいどういう立場なのだろうと思う。自らの意思でここにいるのか。それとも別な事情があるのか。
そして、大地ははっと気づいてしまう。自分だって生まれ育った星に帰れないでいるではないか、と。




