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午前中に予定していた量の水汲みは、滑車の設置に要した時間も合わせて、ゆっくりと運んでも余裕で終わった。昼食の配給を受けた後、午後の割り当てについて発表があった。病床の兵士たちの容態にはまったく変化がなく、大地たちは自分たちの希望を伝え、同じ作業に就くことになった。
「この調子だと荷車をもっと大きくして馬にでも曳かせればはかどりそうだな」
兵士がボソッと言った。
「そうだね。それかこれに合うこのくらいの小さい輓馬を買ってもらうとかさ」
シャルジュは両手でロバほどの大きさを大地に示して見せた。
「楽を覚えるとこれだ」
「合理化と言って欲しいなあ」
ランスが茶化すと、兵士が反論した。
「まあ、この場所にいつまでもいるんならそれもありかもな」
大地が、ランスの言う現状維持がいつまで続くのか思いを巡らせながら、とりなす態で言った。
置き場所の確保や空樽の数量にも限りがあるため、やたらと多くを運ぶのもそれはそれで問題になる。大地たちは午後の作業を、できる最大限でとどめることにした。
最後の分を運び終えて報告すると、指揮官からはいったいどんな身体能力かとあっけにとられながらも称えられ、残りを自由時間として獲得することができた。
「俺たちはちょっと散策してくる」
ランスがシャルジュに、大地と二人での行動をしたいという圧を忍ばせて言った。
「了解。俺は昼寝でもしてるさ」
気付いたのかそうでないのか、シャルジュは軽い口調でそう言うとテントの中に入って行った。
「もしかして?」
大地がランスに訊ねた。
「ああ。行こう」
予想どおりだ。これから二人で公爵家の私兵たちの潜伏している場所へと向かうつもりなのだ。
「例の場所まで、どうやって?」
「あらかじめ合流場所を決めてある。そこにイルヴァが馬車を用意しているはずだ」
いつの間にそんな話になっていたのか。
いや、あの昨日の短い時間でのことには違いないのだろうけれど、見知らぬ星の見知らぬ国の、見知らぬ山林の中で、いったいランスはどうやって自由に動き回れているのだろう。
大地の知らない文明の利器を使ってでもいるのだろうか。大地は、与えられたオグヌイについても、はっきり言うとまだその機能すべてを把握しているわけではない。使いこなせていない感が多分にある。
もしかしたらスビニフェニス星の人々は、大地が知らされているよりもさらにもっと進んだ文明を築いていたのかもしれない。
シヴァン・アルレットに備えてある書物や映像をほんのいくつか観ただけでも、大地の認識は大きく変わったと思う。地球で見聞きした実験映像や、学術資料などの比ではなく、己自身の目で見たものにどれだけ自分に具合のよい編集を脳が行っているのか、思い知らされることになったからだ。
当たり前という概念が根本から崩れてしまいそうだ。
だから、大地の目に見えているものとランスが同じものを見ているとは限らないのだ。物体を、ランスは大地よりもより実態に即した形で見ているのかもしれない。方向感覚や聴覚にしてもしかり、ランスの器官は本当に優れていると痛感することが多い。
この宇宙全体で、最高度の文明とはいったいどういうものだろうとさえ思う。宇宙の始まりも終わりも説明のできるであろう、大地には想像すらできない世界だ。
「何を考えている?」
それまで何も言わずに前を歩いていたランスが口を開き、急に現実に引き戻された気がした。
「あ、ああ。自分の小ささ、かな」
「なんだ、それ」
ランスは軽く笑った。
「いたぜ」
指さした方を見やると、その先に一台の馬車が停まっていた。
無意識のままに草藪を踏み分けて、いつの間にこんな轍のある道まで歩み進んできたのだろうと大地は一瞬驚いた。




