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吊り橋と言っても、秘境に掛かるいつ朽ちるか判らないような危なっかしい橋ではない。斜張橋だ。真下を流れる川の水面が覗き込める隙間のある橋板や、寄りかかることすらできなさそうな欄干でもなければ、風に揺れる不安定な橋桁でもない。
「行こう」
そう言ってランスが慎重に歩を進めた。吊り橋の幅は人がぎりぎり交差できるほどだ。
突然現れたこの吊り橋が、脚を掛けた途端に消えてしまうかもしれないと危惧したわけでもあるまいが、ランスの足取りは、まるで吊り橋の質感を確かめてでもいるようだった。
二分ほどで渡り終える。二メートル四方ほどのそこだけ開けたような場所を抜ける時に、気のせいかと思えるほどの空気の抵抗を感じた。透明で伸縮性に富んだ柔軟な膜あるいは結界を通り抜けた、とでも表現できるような抵抗感だった。この星と宇宙との関わりを隔てるもの、とでも言えばいいだろうか。おそらく、セルククの人々はこのしなやかな揺らぎを通り抜けることはできないのだろうと思えた。
振り返るとさきほど渡ってきた吊り橋はもう消えていた。
「ステルス処理されているな」
「おそらく」
それのオンオフがガイドアプリに内蔵されたものなのか、駐船ポートでの認証によるのかは解らなかったが、復路でこの吊り橋を見つけ、渡ることができるならどっちでも構わない。宇宙の迷子がさらに異星で迷子になるなど、笑い話にもならない。無事に帰ることができるのなら今はそのシステムへの興味は捨て置こう。
「エスネム」
突然ランスが、すぐそばにいるみたいにエスネムを呼んだ。
<こちらエスネム。現在地記録しました>
ランスの方からエスネムの声が聞こえてきた。なるほど、シヴァン・アルレットは通信衛星の役割もしているらしい。それなら多少迷子になったとしても安心できる。
「オーケー。これから文化圏に入る。以上」
<了解しました>
ランスがにやりと笑って見せた。その表情に大地はすとんと気持ちが楽になったのを感じた。いざというときには、エスネムが迎えに来てくれるはずだ。それが分かっているから、ランスは大地ほどには神経質にはなっていないのだろうと思えた。
さほど距離もない林を抜け、二人はすぐに街道へと出た。
後進の星とは言っても、この星を訪れるにあたって可能な限りの利便性は考慮されているらしい。街道に出てすぐの場所に駅馬車のステーションが建っていた。この場所は街道の分かれ道になっていて、クアルニィグの反対方向には隣国へと続くどこまでも広い灌木帯、鋭角に分かれた一方は遠くに高くそびえる山側へと向かっている。宿場でもないらしく、ぽつんと一件ステーションがあるだけだ。
中に入ると簡易な売店や休憩所があり、駅馬車を利用する者たちが何人か時間を持て余したようすで座っていた。時刻表を見ると、クアルニィグ行きの馬車は長いこと待つほどでもなくやってくるようだった。
退屈そうにしている人々の姿形を、大地は興味深げに、けれどあからさまにではなく観察した。民族的な違いが二つ、三つ見受けられた。主に骨格の差異と土地柄を示すらしい衣服、他には虹彩の色だ。ヒトというくくりでは、セルククも地球も大差ないと思えた。
ふと、もしこれが地球での旅だとしても、自分はきっと同じような感覚で異文化を捉えるのだろうと思った。地球という星の、大地が知っている物事よりは、知らない、観ていない、体験していない物事の方が圧倒的に多い。この世とも思えないような場所が山ほどあるらしいことも知っている。
ふと、地球の、訪れてみたかった場所を思い浮かべた。鍾乳洞や地底湖、削り下った巨大な氷の中、紅い海、四方八方地平線しか見えない砂漠……
「来たぜ、馬車だ」
ランスの言葉に思いを断ち切られ、大地は示された方を見やった。四頭立ての馬車が御者の合図でステーションの前に停まったところだった。




