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「水樽の置き場で、挙動不審なやつがいるなと思って近づいたら、樽に何か細工をしてたらしくて、ばれたと思ったのかいきなり飛び掛かってきたのさ。軍服も着慣れていない感じだったし、こいつは変だと」
「うん、うん」
「『襲われなかったか?』水樽の件はもう報告してあるから、今頃調べてるだろうよ」
ランスは早口で短く、タレスターフの言葉で大地に訊ね、それからクアルニィグの言語に戻して続けた。
大地以外に、それが言語であると理解したものはいるわけもなく、皆はただの繋ぎ言葉だと聞き流したはずだ。そして、ランスが登場した場面を思い出し、説明がなくとも飛び掛かった男がその後どうなったのかをいともたやすく想像したことだろう。
「『交わした』そんなことがあったのか。でもランスが無事で良かった」
大地はそれで通じるように一言添え、ランスにねぎらいの言葉を掛けた。
しかし、外のようすを考えると、ランスがいたって身ぎれいなのが不自然に思えた。格闘による汚れは、一方的な瞬殺であるなら、まあそれはなしでいいだろうが、傘を持たずに出かけた割に、あまり濡れていない。
「さすがだね、ランスさん。そいつ一体何者なんだろうね」
まるで自分でもそいつをやっつけようという意識の表れなのか、シャルジュが熱冷ましに使うタオルを思いっきり絞って言った。
「さあなあ」
この短い会話の中でおおよそを理解したのか、兵士や傭兵たちがのそのそと耳から自分の仕事に神経を切り替える。と思うと。
「全員注目! 九番の水樽から水を汲んできた者はいないか?」
ひどく慌てて入ってきた兵士が声を張り上げる。
所定の場所まで運ばれた水樽には、番号が割り当てられ、紙が貼られる。九番なら確か大地たちが運んだもののはずだ。飲食用とそれ以外とに分けられていて、九番の樽は炊事用に使われると聞いた。
「水がどうかしたのか」
「俺は汲んできてない」
「俺も。お前は?」
「いや」
テント内ががやがやとざわめき立つ。
「先ほどの不審者によって薬物が投入されたことが判明した。汚染された水は処理済みだ。念のため、各自異常発生時は速やかに報告すること。以上」
そう言うと、兵士はまた次のテントへと急いで出て行った。
「やっぱお手柄じゃん」
ヒュー、ヒューっと口笛が飛び交う中、シャルジュが自分ごとのように得意そうに言った。
「まあ、大事にいたらないで良かった」
ランスはみようみまねで、高熱の兵士たちの介護を始める。
たらいの水を交換しに立って行ったときに、ランスが大地にちょっと来い、と合図をした。
「後で詳しく話すが、ここは現状維持でいい」
タレスターフの言葉で、極々小さな声で言う。
「どういうことだ?」
「高熱の原因が分かった。そしてまだ回復させない方が全員のためだ」
「? つまり? 意図的なものということか」
「そうだ。だから心配はいらない」
「まあ、ランスがそう言うなら」
意図的なもの……。大地は、兵士たちの熱のある方がいい状態とはどういうことか、まるで想像もつかなかったがランスの言うことに従おうと決めた。
「どんな攻撃を受けた?」
ランスが訊ねた。落ち着いたようすなのは、大地になんの被害もなかったからだろうか。
「俺には分からなかった。目に見えないもの。放たれて空気を切り裂くもの。鋭いもの、かな」
感覚に従ったあの瞬間を思い出す。
「交わしたか」
「交わした、というより交わせたという方が正しいな」
大地は、もはや条件反射としか説明のつけようのない無意識下の行動に感謝した。
「そうか、なら良かった」
ランスは満足そうに言った。




