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「身体が冷えたのかもね」
シャルジュが少しの疑いも持たずに、ランスの消えた出入口から視線を戻して言った。
「あ、ああそうかもな」
相槌を打ったものの、大地はランスがエスネムから何等かの情報を得るために出て行ったのだと確信していた。この天気だ。通信状態は気になるが、エスネムのことだ。ちゃんとこれまでの記録をしていることだろう。
それにしても、ランスはタフだ、と思う。
「さっき、こっそり聞いてきたんだけど、どうやら国軍の兵士の介抱だけじゃなさそうなんだ。先ず、そっちの奴らはこの場所で養生させるか、軍に連れ帰るかの二択で、あと、よく分からないけど、何かの捜索もあるらしいんだ」
そっち、とシャルジュは熱にうなされる兵士たちのいる隣のテントの方角を指し、ほんの少しだけ声を潜めて大地にそう告げた。
「捜索だって? 公爵令嬢の私兵のことかな」
「いやあ、そりゃもちろん、私兵たちも探さなくちゃだろうけど、なんかそれだけじゃなさそうなんだよね」
ある程度周囲に聞こえるかもしれない声で話したところをみると、内緒話に見せかけることで、シャルジュは噂好きや情報通の誰かがいないか、くいついてこないかと思ったのだろう。
案の定、一人二人、近づいてくる者がいる。
「おう、ガイド屋の兄ちゃん、なんだって? 捜し物があるってかい」
シャルジュに向かって声を掛けたのは、図体のでかい若者だった。
見るからに体力自慢らしい風貌だ。
「ねえ、あんたたち、請負の内容聞いてるかい?」
「いやあ、全然。でも、あれだろ。軍の兵士が全員一斉に病気になったとかで、公爵さまんとこの兵士が逃げたとか。そいつらを捜しに行くんじゃねえのか」
「ふふ。お前たち、いいか、実はこの辺りで密輸が行われてるって情報があるんだよ」
別の一人が今こそとばかりに口を開いた。
「なんだって? そりゃほんとかい?」
「おい、なんだか聞き捨てならねえ話じゃねえか」
大地とシャルジュを囲むようにして人だかりができ始めた。
「おうよ。知ってるだろ。ほら、ツェイン・マルギアナの兵士たちが駐屯してるって話。あれは、地質調査を名目にした実は密輸だって話があるんだ」
「マジかよ」
「ガセじゃねえのか」
がははと、何人かは本気にせずに笑い声をあげる。
「じゃあ、なにか? 公爵家がその密輸に関わってて、それで私兵を……」
「王宮で通商条約がどうの言ってる時だぜ。そんな危ない橋を渡るバカがいるもんか」
「だからこそ、なんじゃねえの。そっちに気を取られてる隙にってやつよ」
大地の琴線を何かが弾いた気がした。
「でもそれじゃ大失敗じゃねえか。私兵は国境くんだりまで出っ張って来たって結局国軍に軟禁されてたって言うし」
この一両日のうちにどこから仕入れたのかと思うほど、彼らの情報はその量を増していた。
「仮に、公爵家が密輸に関わったとする。そしたらさ、それがばれて国軍が捕まえに来たってことだろ。ならなんで軟禁してたんだ。すぐにお縄にかければいい話だろ」
「いや、解せぬ」
「いったい何がだい」
「公爵令嬢は謀反を疑われてたはずだ」
「密輸だって謀反だろうが」
「そりゃまあ、そうだな……、でもよ、ツェインとの密輸は表向きで、本当は別の目的があったとか」
「なに、なに」
「本当に挙兵……、まさかな」
「まさかだろ。第一公爵さまは何もご存知ねえんだ」
「令嬢が?」
「まさか」
「まさかだよな」
しかし、確たる証拠は何もない。今この場所までの間にどれだけの枝葉がついた情報か知れたものではない。
大地にはこれらの噂話の中で、決定的な何かが欠けているような気がした。単なる勘でしかないのだが。
「なるほどねえ」
いつの間にか、人だかりの中心は大地とシャルジュを除けて他へと移っている。シャルジュがこそっとつぶやいた。
「どうした?」
「いや、あまりにも突然過ぎてしっくりこないんだよね。公爵さまだって、王さまと敵対どころか議論すらしないって言われてた。謀反なんて考えられないよ。まあ、人の心の内までは知らないけどさ。人知れず恐ろしいくらいの憎しみを抱えてたなんてこと、あるかもだし」
大地はシャルジュの言葉に小さく頷いた。




