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大地は衣装選びを簡単に済ませた。あまり意匠に頓着しない性質でもあるし、せいぜい三日程度を過ごすのに、悪目立ちもしたくない。地元民に溶け込む自信もなければ地味に見えた方がいい。
クアルニィグは王都を中心にした商業が盛んな都市らしい。治安の良さは金回りの良さでもあるらしく、貧民層の存在しない稀有な特徴を持っているのだとか。大地が選んだシンプルな長袖のシャツとベスト、膝上のゆったりとしたズボンと膝丈のブーツ、マント状の外套はごく平均的な階層のもののようだ。
大地が更衣室を出てくると、ランスはすでに大地と似たようないでたちで着替えが終わるのを待っていた。ヘッドバンドを外した顔が、普段のそれと比べて見慣れずに新鮮に映る。それまで着ていた大地の服を受け取り、ランスはクリーニングに出した。ロッカーに預けるような荷物もないことだし、帰る時に仕上がったものを受け取ればいい。
代金はランスが宇宙連合共通のユニバーサル通貨で支払った。暗号通貨だ。
「ところで、スビニフェニスの貨幣ってどういう扱いになってるんだ?」
もはや存在しない星のお金事情がどうなっているのか、大地にとっては興味深い項目だ。
「スビニフェニス星つまり唯一都市タレスターフでは貨幣制度がなかった。つまり現金は存在しなかったんだ。ただし、外的にはカネは必須だし、最初は貴金属などをユニバーサル通貨に換金したりしていたらしい。ただ、星自体が消失登録された今は、スビニフェニス以前の貨幣ならマニアの間では恐ろしいくらいの値がつくだろうな」
ランスが両替機でいくらかをクアルニィグの貨幣に両替しながら言った。
暗号通貨が主流であるとは言え、数多ある星々の発展の度合いは一様ではない。宇宙がどれだけの時を費やしても、次から次へと生まれ出でてくる文明の価値観を杓子定規で律することなどできはしない。
スビニフェニスという星の名が、歴史的大異変後に改められたものであることは大地もランスからすでに聞き及んでいる。タレスターフが捨て去ったものに対して法外な価値観を認めることへのランスの批判めいた皮肉に聞こえた。
「なるほどね。価値観とはかくも主観的、か」
「さあ、準備できたし、行こうぜ」
セルクク星へは指定の連絡船で降りなくてはならなかった。自由貿易が可能な星なら自前の船で直接降りられるそうだが、ここはまだ対象外だ。不便さをそれなりに楽しむのも悪くない。とはいえ……。シヴァン・アルレットでの生活に慣れつつあった大地ではあるが、地球以外の星へ降りることでさえ本来ならば一世一度の大イベントだ。置かれる環境が変わることによって立場が逆転してしまった自分のこの人生は必然なのか、それとも運命のいたずらなのか。
ほどなくクアルニィグのどこかの山に連絡船は降り立った。
「定期便は一日一往復。チャーター便大歓迎っすよ」
操縦士が運行時刻表とは別料金のオプションを大地たちにアピールしたところを見ると、この星での勤務がいかに退屈なものであるのかが想像できる。
「覚えておくよ、ありがとう」
「よい旅を」
ランスの言葉をどう受け取ったのか期待感の混じった声で操縦士が送り出してくれた。
ガイドアプリのとおりに進むと自然の風景に溶け込んだ地下通路への扉があった。中に入るとまるでエレベーターの中のようだった。宇宙人専用の移動装置で、セルククの人々はこの通路の存在を知らないし、誤って利用することもできないという。ふわっとした後の急降下感。山を一気に直下し、それから地下道を任意の目的地へと直行する。
到着と同時に扉が開いた。外へ出るとそこは人気のない森のはずれだった。深い森が後ろに続いている。爽やかな風が吹いている。ツィーッ、チチチチチッ、ツィーッ、チッと鳥のさえずりも遠く近く響き渡る。扉からすぐ目の前は切り立った断崖になっていて、見ている間に吊り橋が現れた。そう。現れた。数メートル下を川が流れていて、対岸のその先は林の向こうが街へと続いているのが見て取れた。




