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「ランスさん、恐くないのかい? それともお国じゃ医者とかかい?」
シャルジュがぶるっと身体を震わせて言った。
「いやあ違うが、まあそうだな、報告を待つとするか」
ワクチンの効果によほどの信頼をおいていたのか、立ち上がり掛けたランスは、そうだったな、という素振りを大地に示してから再び腰を下ろした。
「おーい、あんたたち、そうだ、そこの」
兵士の一人が何とも愛嬌のあるリズミカルな足取りで駆けてきて、大地たちに声を掛けた。
「お、お呼びがかかったな」
大地がぽつりとつぶやいた。
三人は立ち上がり、ズボンの後ろを手でパンパンと払い、兵士の方へと歩き出した。
「すまんが、テントを張るのを手伝ってくれないか」
すでに張られているテントのすぐ横を指し示して兵士は言った。
近くに構えるということは、彼らの熱は伝染性のものではなかったということだろう。大地は幾分気が楽になったのを感じた。
「了解!」
元気いっぱいにシャルジュが答え、駆け足で向かう。大地もランスもその後に続いた。大地は見様見真似は得意な方だ。クアルニィグの兵士たちのやり方を見ているうちにすぐにコツを掴むと、手間取ることもなく作業を終えた。
「次は水汲みだ。これに頼む」
木樽はしっかりとした造りで、いつだったか博物館で見たものと似ていなくもない、と大地は思った。樽の大きさを目測し、水の入った状態のおおよその重さを見当づける。四、五十キロは優にありそうだ。
途中までは小型の荷車で、あとは土地勘のある兵士に付き従い、渓流に向かって降りていく。ごろごろと加速していく樽のスピードを抑えながら転がし、下まで降りる。
水は澄んでいて、川底がはっきりと窺えた。兵士が両手ですくって水を飲む。
「う~ん、生き返る」
それを見た大地たちも、思わずそれに倣う。
長い行程でほこりまみれになった顔もついでに洗う。冷たい水がまるで魚を活かすように大地たちを生き生きとさせた。木樽にはたっぷりと水を入れ、しっかりと蓋をする。兵士が腰から下げた槌で叩くと、もう水がこぼれることはない。
「じゃあ、誰か二人、上まで上がってくれ、このロープを使って引き上げる」
そう言って兵士は水の入った樽の移動方法を指示し、太く編まれたロープを簡易な造りの台車に括り付けた。
「俺が下から押そう。大地たちは上に行ってくれ」
ランスの一声で、配置が決まった。
汲んだ水を上まで運ぶにはいつも同じ場所を使っているらしい。草に覆われてはいるが、自然のままではない通り道がそこにできていることが見て取れた。
「こっちは準備オッケー!」
シャルジュが合図をした。
「せえの!」
兵士の掛け声で運搬が始まった。
初めての共同作業の割には下から台車を押す二人と、上からロープを曳く二人との力のバランスはこの上なく取れていると大地は感じた。時々、シャルジュが履物のせいかずるっと足を滑らせそうになったが、その時でさえ台車はとても安定していたのが、逆に不自然に思えるほどだった。
四つ目の樽をほぼ真ん中まで引き上げたときにそれは起こった。ぶちっと音がして、ロープが切れた。
「うわあ!」
「あっ!」
角度的に傾斜のきつい部分だったせいもあって、台車は翻筋斗を打ち、とっさにランスは身を翻し難をのがれたが、樽はごろごろと哀れな兵士を巻き込んで転がり落ちた。
兵士は自力で止まることができず、ばしゃーんと音を立て水に落ち、何かに掴まろうともがいていたが、泳ぎは不得手なのか徐々に流されていきながら広げた腕で水面を叩くようにしている。もはや溺れている状態だ。
大地とシャルジュが慌てて駆け下りていく間に、ランスはよほど泳ぎに自信があるのか躊躇なく兵士を助けようと水に飛び込んでいた。
目標を正確に把握しているかのように、クロールで向かう。大地はこんな緊迫した状態なのにも関わらず、ランスの泳ぎ方に理にかなった美しさを感じた。
よほど動転しているのか、兵士が落ち着いてくれないため、ランスは手刀で兵士を気絶させ、自分の胸に抱えるように仰向けになって泳いできた。
思いのほかハラハラすることなく、ランスによる救出劇を冷静に見ていた大地とシャルジュは、切れたロープを使って少しだけ水に入り、岸に近づいたランスに手を貸し、兵士を引き上げた。
「ランスさん、すげえ、すげえよ!」
シャルジュは感心というよりは感動したようすで言った。
※水難事故の救出場面は演出なので、ご了承ください。




