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「両足ぽんでスタート、ブレーキと方向は手綱で指示するよ」
シャルジュが大地にざっくりと伝えた。
まるで初心者の大地がどの程度のセンスを持っているのか試そうとしているようだ。
大地はシャルジュの姿を見て、おおよそのポジションを真似てみた。頭、身体、鐙に掛けた足を横から見て一直線上になるように整える。
遠慮がちに馬の両脇にぽんと合図を出すと、よく慣れている馬はゆっくりと歩き出した。ほうっと気持ちが沸き立つのを覚えた。自分が今馬の背に乗っているという事実が、とんでもなく特別なことのように思えた。大地は馬の動きに自分の身体を任せるようにしてバランスを取りながら、くるくるとさほど大きくない円を描くように左回りに歩かせた。
「へえ、ダイチさんほんとに初めてなのかい?」
大地から少し離れて、並んで馬を進めながらシャルジュが感心したように言った。
「ああ、本当さ。でも、これはここの馬が訓練されているからなんだろう? よし、止まってくれ」
シャルジュに答え、それから大地は馬に向かって声を掛けながら手綱を曳いて馬を止めた。
ランスは、と見るとまだじっくりと黒毛の馬を観察していた。身体の大きさや筋肉を測るように馬の身体をなでたり毛並みを確かめたりしている。大地が馬の歩みを止めたのに気づいてこちらに視線を投げかけ、笑い掛けた。
「ランスさんも乗ってみなよ」
シャルジュが急かすように言った。
「ああ、そうだな」
そうランスが答えた時に、馬場が急に騒がしくなった。
わらわらと国軍の兵士たちが現れ、それぞれが何事か指示を出し合い、忙しなく厩舎に向けて走っていく。
「さあ、さあ、今日はもう終いだ。王命だ」
階級の上らしい一人が馬場の主に向かって告げた。
兵士が大地たちの方へも駆け寄ってきて、すぐに馬から降りろと言う。
「いったいどうしたってんだ」
「緊急の命でね、悪いな」
兵士はシャルジュに済まなさそうに苦笑いしてみせた。
馬場の主は、指揮をとっている兵士から書面を示されて何か説明を受けていた。どうやら火急にて馬と人手を調達しに来たらしい。
「お、シャルジュじゃないか。あんたも頼まれてくれないか? お、そこのお二人さんも、いいガタイしてんな、頼むよ」
シャルジュの顔見知りらしい兵士が、兎にも角にも、と言ったようすで勧誘する。
「悪いな、これでも俺、仕事中なんだ。それにこの人たちは俺のお客さん。無理言わないでくれよ」
馬から降りて、手綱を兵士に渡したシャルジュは、肩をすくめてみせた。
「ああ~、旅の人か。なあ、あんたたち、一仕事どうだい? こういうのもいい体験になるだろうよ」
なおも食い下がる兵士に、大地とランスは思わず顔を見合わせた。
「別に、俺たちは構わないが、素人にできることなのか?」
ランスは、軍が誰でもいいから募るという事態に興味を抱いて言った。
大地は、自分の好奇心をランスが理解していることを痛感しながら、シャルジュとランスと、それから兵士とに代わるがわる視線を移した。
「おう、協力してくれるか、なあに、大したことじゃない、ちょいとばかり力を貸してくれればいいんだ」
兵士は我が意を得たりとばかりに顔をほころばせ、片腕の力こぶを誇示しながら言った。
「いいのかい?」
シャルジュは少しばかりためらいを残していて、おそらくそれは大地たちにとって歓迎されざることなのではないかという危惧だろうと思えた。
「ああ、全然問題ないさ。それよりシャルジュはどうなんだ」
「俺はいいんだけどさ……」
「たっぷり謝礼ははずむから、心配すんな。よおし、じゃあ一緒に来てくれ」
兵士は三人ともの同意を得て、また、ノルマでもあるまいが任務の遂行を果たせた喜びのような思いを表情に浮かべて、意気揚々先に立って歩き出した。




