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「明日から秋の大市が始まるんだ。一週間続くお祭りみたいなもんさ。そうそう、アヴィスラ舞曲団がちょっとした話題になってて、多分サリエル様の件も絡んでのことだと思うんだけども、明日からは公演が昼と夜の二回になるし、人の出は相当増えるはずだよ。ここはやっぱ人混みを避けてゆっくりと景色を楽しむ方向で行くかい? 遠出するなら馬車を予約するし、それとも、あれ? ランスさんたちは馬に乗れるんだっけ?」


「いや。俺は乗ったことはない」


「俺も。ここへ来るときの馬車馬が人生で一番近くで見た馬だ」


 ランスのことはともかく、地球にいたときでさえ大地にとって馬は動物園にいるものくらいの距離感があった。




「乗ってみたいなら練習場もあるし、明日一日練習して、明後日……、もまだいるんだろ? 三人で馬に乗って適当に見て回るのはどうだい?」


 ふいに、大地の好奇心が食指を動かした。




 付け焼刃の乗馬初心者二人を従えてガイド役を兼ねるなど、シャルジュはかなり経験を積んでいるのだろうと思える。練習するだけでもいい経験になるだろう。乗ってみて駄目なら馬車に乗り換えればいいだけの話だ。




「俺は馬に乗ってみたい」


「そういうと思ったよ。俺も、それでいい」


 大地がどんなものに興味を示し、あるいは示さないのかをランスはまだ短い付き合いの中ですっかりと把握しているように思える。




 ありがたいことだ。共に過ごすようになった期間はまだまだ浅いと言っていい。それなのに何もかもを解っていてくれて、一緒にいることに対してほんの少しの苦痛もないランスは、まるで大地のために選ばれた者のようにさえ感じる。




「じゃあ、明日は練習場に行こう。街はずれで見晴らしもいいし、気分転換になると思う。よく慣れた馬だから、初心者でもちゃんと乗せてくれるから安心して」


「乗せてくれる、ね」


 大地はくすっと笑った。




 馬を操るどころか、馬に乗せてもらっている自分の姿を想像したからだ。しかし、初めての乗馬に不安はなく、まるで翌日の遠足を待つ子供のような気持ちが湧いてくるのを覚えた。




「了解。じゃあ、明日は乗馬、ってことで。朝食も運んでこようか?」


「ああ、そうしてくれ。寝ていたら大声で起こしてくれ」


 半分は冗談だろう。ランスはいつだって大地より後に眠るし、大地より先に起きている。




「わかった。じゃあ明日!」


 シャルジュはそういうと部屋を出て行った。




 翻訳アプリの発話モードをオフにしながら、シャルジュを見送った大地は、心持ち彼の足取りが軽いのは、初めての宿泊施設での夜に期待してのことかと想像して微笑ましくなった。




 カツン。




 窓に何かが当たる音がした。




 振り向きざま、ランスが窓辺に向かいサッとカーテンを開くのが目に入った。




「誰だ?」


 ランスの視線が宿の裏庭へと落ちて、タレスターフの言葉が続いて口をつく。




「ハーイ。少し話したいのだけれど、いいかしら?」


 外からトーンを抑えた女性の声がした。




 この声は大地の耳に残っている。語学レッスン用みたいな発音の女声だ。




「ランス、もしかして?」


「ああ、昨夜の情熱的な女性だ」


 大地の問いに、ランスは宇宙標準語で答えた。




 はっきりとしたその言葉は、まるで下にいる女性に聞かせる目的があったとしか思えない。




「駄目だと言ったら?」


 次にランスはクアルニィグの言葉で訊ねた。




「お礼ぐらい言わせてくれないかしら?」


 どうせそれは口実に違いなく、本題は別にあるはずだ。




「上がって来いよ」


 それゆえだろう、ランスはあっさりと許可した。




「嬉しい。今行くわ」


 大地の中で漠然とした渦が起こり始めた。




 思えば異星人女性を追手からかくまったことから始まった。公爵令嬢の件に彼女は関わっているのだろうか。彼女が接触してくれば当然国軍の眼もこちらに向けられることになるだろう。




 得体のしれない何事かに巻き込まれつつある……、いや、すでに巻き込まれてしまっているのではないか。断片的な事象がどんどん繋がり始めている。もう知らないで済ませられるような段階ではないような気がする。それに第一、どんな小さな情報でも大地たちは欲しい。




「逃亡者のくせに余裕だな」


 窓を閉め、カーテンを閉め、ランスは静かに感想を言った。



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