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 大地は食事を部屋で摂るための準備を始めた。といっても特別な何かを用意するわけではなく、テーブルの上を片付けたり、椅子の配置を変えたりする程度だ。そうしているうちに、ドアをノックする音が聞こえた。


 コココンコンココ、コン。


 まるであらかじめ打ち合わせた合図ででもあるような、メロディアスなリズムだ。


「お客様、御夕食をお持ちしました」

 シャルジュの少し気取った声がノックの後に続いた。


「ああ、ご苦労」

 ランスがシャルジュの口調に合わせて、勿体ぶった客を演じてみせる。


 大地はそれをみてくすりと笑いながら、シャルジュのためにドアを開けてやった。シャルジュの押してきたワゴンの上には、ドーム型のフードに覆われた皿がいくつか乗っている。唇を心持ち両側にひいて慇懃にふるまい、シャルジュはそれらをテーブルの上に並べていった。


「あれ? 二人分?」

 大地が配置された皿を見て、ランスにともシャルジュにともなく訊ねた。


「俺、もう頂いたので」

 シャルジュはぽんぽんと自分のお腹を軽くたたいてみせてそう答えた。


「料理ができるまでの間、食事をしながら待っててもらったんだ。耳を象みたいにでかくしてもらってな」

「ふうん。なるほどね」

 ランスがシャルジュに、酒館で交わされる情報も拾ってくるように指示したのだろう。そういうところがランスらしい。


「うわあ。やっぱ……」

 皿のフードを外し、ワゴンの上に乗せてシャルジュがつぶやいた。


「どうした?」

 言い淀んだのを受けてランスがその後を促した。


「いや、さっきまで鉄板の上でぐつぐつ言ってたのになって。運んでくるうちに静かになっちまった」

 ひょいっと肩をすくめ、残念でしたとばかりにシャルジュが答えた。


「いいさ、お前さんが気にすることじゃない」

「うん、じゃあ部屋で待ってるから、食事が終わったら呼んでくれ」

 シャルジュはソムリエがするような振舞をしてから部屋を出て行った。


 シャルジュが出て行ったドアにランスが鍵を掛けた。


「ひゃっほーい!」

 すぐに隣の部屋からシャルジュの感嘆符付きの声が聞こえてきた。よほど嬉しいのか楽しいのか、ずいぶんとはずんだ声だ。


「初めてなんだそうだ」

 シャルジュの声を受けて何事かと隣の部屋へ視線を向けた大地に、ランスが代弁した。


「初めて?」

「長年こういう仕事をしてきたが、客として宿泊するのが人生初だとさ」

「へえ。なるほど。そうか。うん。だろうな」

 ニヤけた顔をしているシャルジュを想像して、大地の顔に納得の微笑みが浮かび上がった。


 いくら地元とはいえ、ガイドから客へと立場が変われば、見慣れた世界も新鮮に輝いて見えることだろう。ランスがどこまでを配慮してシャルジュを同じ宿に泊まらせたのかは、敢えて訊ねはしなかったが、大地は合理的な事情だけではなく、シャルジュへのご褒美的な意味合いもあるのではないか、と思った。


「食おうぜ」

 ランスが促した。


 グリルした肉と野菜はまだ十分に熱を保っていたが、シャルジュはおそらく出来立ての熱々を食べてきたのだろう。さきほどの言葉は彼らしい気の使いようだ、と大地は思った。


 ブラウンソースのシチューは骨付きの肉が口の中でふわっと融けるほどに柔らかく、原型を留めない野菜たちは、煮込んだ時間がたっぷりと長いのか、それとも圧力が掛けられるかしたのだろうと想像させる。ピリッとした辛みが食欲を刺激する。外側がこんがりと焼かれたパンがカリッと心地良い音を立てる。サラダもシャキシャキと新鮮そのものだ。


 食事を美味しいと思って食べられることは、もしかしたらとても幸せなことなのだろうな、と思う。


「飲むか?」

 ランスがワゴンの下段におさめられた小振りな酒樽を指して訊ねた。


「いや、まだいい」

 どうせランスはたしなむ程度にしか飲まない。


 シャルジュからの情報を聞いた後の寝酒にでもしよう、と大地は樽酒を保留にした。


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