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「ひゃあ、まさか……?」
シャルジュがごく小さな声でつぶやいた。
「……」
夕べの一件がもしや咎められるのだろうか、と大地の身体にわずかに緊張の波が走った。
制服組は、座席の列の間を縫ってこちらへとやってくる。逃げるべきか、おとなしくされるがままになるべきかと、そんなふうに大地が思考した時だ。
「違う、後ろだ」
しかつめらしい顔つきの一団の被写界深度の中に大地たちは確実にいる。しかし、ランスは彼らの視界の焦点深度を正確に読み取ったとでもいうように小声でそう断言した。
大地とシャルジュが視線を制服の方に残しながらゆっくりと後ろを向くと、果たしてそこには何事かと興味を露わにした幾人かがいた。大地たちが流れに逆らう者たちのターゲットであるとでも思っているかのようだ。
一見して高貴な身分と判る若い女性と、お付きの者らしい若い娘、それからどういう関係なのか、高貴な方と近しそうな女性、男性……、と、大地が目立たぬようにその場を立ち去る人物の姿を捉えた。深くフードをかぶっていたが、あれはまさしく昨日の酒館で見たあの色男だ。
その姿は目的がある者にとっては見逃せるわけのないものだったが、制服の一団の対象外であったらしく、彼らは少しばかり場所を開けた大地たちの横を通り過ぎ、後ろの女性たちの許へとまっすぐに向かった。
野次馬根性でもないのだが、ことの次第はさすがに気になる。「帰った、帰った」と大地たちの退場を急き立てる制服組から離れ、それから少しずつ、成り行きを見守りながら亀の歩みのように出口へと向かう。
「何事です! 無礼な!」
高貴な女性を取り囲む一団に向けて、威厳を纏うことに慣れた口調がぴしゃりと放たれた。
「恐れ入ります、レディ。ご同行願います」
「わたくしが何をしたと言うのです。放しなさい!」
有無も言わさず女性の両側から双の腕をがっしりと抱え込み、制服の男たちは半ば吊り上げるような形で貴人を引っ立てて行った。
「何をするのです。ああっ、お嬢様!」
従者の、驚愕と狼狽と逡巡とがごちゃ混ぜになったような声が哀れさを誘う。
「何があったのです」
「いったいどうしたものか」
「まさか、こんな……」
同行していた幾人かのとまどいがあふれ出る。
つい今し方、アヴィスラ舞曲団の華麗な演舞、演奏の感動の波に揺られていたというのに、余韻がすっかり台無しになってしまい、予想外の出来事に連れの者たちは目を白黒させるばかりだ。
「早く、お屋敷に知らせなくては!」
どうやら咎人として連行されたらしい主について、何をいかに為すべきか、おそらくとっさには機転が利かないらしく、従者は劇場の外へと駆け出して行った。
「うわあ、びっくりした。確か公爵令嬢だよ。あの方は。いったい何をやらかしたんだろう」
シャルジュが、自分たちの逃れた難に安堵したようにつぶやいた。
「公爵令嬢ねえ。本人には罪の意識はなさそうだったがな」
大地は、”理不尽”を満面に湛えた公爵令嬢の表情を思い出して言った。
「しかし、一時はどうなることかと思ったよ」
シャルジュがランスを見上げて言った。
昨日の一件を思い出したのだろう。
「ああ、しかし一応は気に留めておかないとな」
ランスも例の男が立ち去るのを見ていたのだろう。
彼の出て行った方を見やって、それから彼の異星人女性との繋がりも加味して、こちらに類が及ぶ可能性を指摘した。
「そうだな」
「うん」
大地とシャルジュがうなずき合った。




