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「偶然だね。僕たちもそこへ行く途中なんだ」
拾い上げた帽子を女性に手渡して、シャルジュがくったくない表情で言った。
「あら、ほんとに? これも何かの縁かしらね」
そうは言いながらも、女性が見せた笑みには、偶然だの運命だのをまったく信じてはいないという確固たる意思が表れていた。
受け取った帽子をどうしようかと思案しているのか、シャルジュがしていたみたいにくるくると指先で回し、それからはたと思いついたらしく街灯の下の突起に、拾得物ですとばかりに引っ掛けた。追手に対する演出なのだろうか。
「一緒に行きましょ」
にっこりと笑い、女性は言った。
成り行きに任せて、大地たちはリーガスの宿の酒館まで共に向かうことにした。
「この国は初めてなの?」
一度ランスを見て、それから大地の方へまっすぐ顔を向けて女性は訊ねた。彼女のイントネーションは、シャルジュと比べるとまるで語学の教材のようだと大地は思った。
「そんなにおのぼりさんに見えるかな」
言葉の裏に何かが潜んでいる気がして大地は女性に問いで答えた。
「彼とは違って、あなたの瞳には好奇心があふれ出ていると思うの」
他人からはそんなふうに見えていたのかと、大地はそのことに気付かなかった自分を反省した。
人目に付くというのは、単純に容姿だとかだけが原因なのではなかったのだろう。周囲の風景に溶け込むには、もっと自分の意識を殺さなければならないのだと感じた。
「きみは、ここは長いのか?」
今度はランスが女性に訊ねた。
大地には質問の意図が見えなかったのだが、彼女の話し方がランスの興味をひいたのかもしれないと思った。
「そうねえ。長いと言えば長いし、そうではないとも言えるし、どうなのかしらね」
訊ねられて女性は少し考えこむと、まるで慎重に言葉を選んだかのような返事をした。
その言葉にほんの少しの哀愁を大地は感じ取った。ただ、それを聞いてみるほどの間柄でもタイミングでもない、と大地は反応しないことにした。いつもの思考プロセスだ。これまでもずっと、大地はそうして自分の感じ取ったさまざまなことを口に出さないことの方が多かった。
無口な性質というだけではなく、言葉の“額面”というものを強く意識させられて生きてきた結果ともいえるかもしれなかった。思ったことを、すぐに、ストレートに言える知人を、好ましいとは別な意味である意味羨ましいとさえ思っていた。
「そうか」
ランスはそれ以上深追いはせずに話題を閉じた。
「着いたぜ」
ほどなく一行はリーガスの宿の隣の酒館に到着した。
「お客さんだぜ!」
勢いよく店の扉を開け、店の中の奥の方へ向かってシャルジュが告知した。
彼は彼でしっかりと職務を全うしているのだ。大地にはそんなシャルジュの姿が微笑ましく映った。
「じゃあ、わたしはこれで。ほんとにありがとう」
言葉だけを残して、女性はすぐに大地たちから離れた。
待ち合わせた人物でも見つけたのだろうか、それとも何か他にすることでもあったのだろうか。しかし、問うまい。偶然だろうが必然だろうが、今回はここまでの縁だ。
シャルジュが大地とランスを空いている席へ案内した。特に意識したわけでもあるまいが、蔓性の植物で編んだ背の低い衝立で隔てられている壁際の目立たない席だ。厨房がよく見える。
それからシャルジュは厨房の方へ行きカウンター越しに何事か料理人と話したあと、酒の入ったジョッキを両手に再び席へと戻って来た。
「宿の客だって言ってきた。御代はあとで、宿代と一緒だってさ。適当に肴も軽めに頼んできた。今日はこれで帰るよ。明日は何時にくればいい?」
シャルジュは懐からほんの端っこだけ、鑑賞券を覗かせてすぐに戻すとランスに向かって訊ねた。
「朝食に合わせて来いよ。好きなところへ連れてってくれ」
ランスはジョッキを手に、大地と乾杯して言った。
「かしこまり! じゃあ明日」
幾人か知り合いの姿が目に入ったのか、店内のあちこちに手を振り、愛嬌を振りまきながらシャルジュは酒館を出て行った。
「さっきの……」
当てのアソートが皿盛りで運ばれたあとに、ランスが声を潜めて話を切り出した。




