13
路地から飛び出して来た人物は、大通りをそのまま斜めに横断しようとして、大地たちの姿を目にしたのか、踵を返すとこちらに向かってきた。
「追われてるの。かくまって!」
目深にかぶっていた帽子を剥ぎとるようにして路面に投げつけながら女性は言った。
その声は小さいけれど思考のいとまを与えぬような、有無を言わさぬ力強さがあった。それから、どういう判断だったのかランスの方へとまっすぐに向かい、その懐へと飛び込んだ。はらりとほどけた薄茶の髪が背中で揺れた。
「ひゅ~っ」
シャルジュが突然の出来事に口笛を鳴らした。
大地がランスを見やると、ランスは軽くうなずいてそのまま一緒に後ずさり、身体の位置を反転させて曲がり角の所で止まる。腕の中で外套を脱ぎ大地たちからは見えない方へと放り投げ、明るい華やかなブラウス姿になった女性は、袖がずれて落ちあらわになった両腕をランスの首に回した。
シャルジュが転がっていった帽子を拾い上げた時に、女性を追ってきたと思われる二人が路地から出てきた。どこかの制服なのか二人とも同じ服を着ている。警察の類だろうか。
「女を見なかったか?」
「こっちへ逃げてきたやつがいるだろう?」
最初に目を向けた大地から一瞬ののちにシャルジュへと視線を移し、二人が同時に訊ねた。
直感的に、弱者は追われていた女性の方だ、という気がした。
「さあねえ、こいつをかぶってたやつかい?」
シャルジュが拾い上げた帽子を人差し指でくるくると回しながら言った。
「そうだ、黒っぽい外套を着ていたやつだ」
一人が答えた。
「ん、ん~。ちょっと取り込み中でさ、それどころじゃないんだよね」
しれっとシャルジュが答える。
追手は、建物の壁際にしゃがんでいる大地と、大地から少し後ろの濃厚なラブシーンを演じているランスとに視線を移し、一瞬だけ野卑な笑みを口元に浮かべ、すぐに真顔に戻った。ランスの身体の陰になって、女性の方は白くなまめかしい腕と、緩やかに波打つ髪、腕の付け根にたまった柔らかな素材の袖がひらひらと揺れるのしか見えない。
「どっちへ行った?」
「う~ん、通りを渡りかけてたとこまでは見てたんだけどなあ」
言いながら、シャルジュが大地に見てたか? といったジェスチャーをして見せる。
大地は両手を広げ肩をすくめて見せた。きっと追手には大地のことが、言語と状況のどちらを訊ねられているのかが判っていない旅人というふうに映ったことだろう。
「向こうだ」
追手は、礼を言うでもなく最初に女性が向かっていた方向へと急いで走り去った。
二人が駆けていく背中を見送り、姿が見えなくなったところでようやく大地はランスの方へと向かった。シャルジュが少しばかり緩んだ表情でランスを見上げている。
「行ったか?」
ランスが静かに女性の身体を引き剥がして問う。
「ああ、お疲れさん」
答えながら大地はほんの少し不思議な感覚に包まれた。
別に他人のラブシーンを見たことがないわけじゃない。映像の中にだって余るほどある。ただ、ランスに関してはいくら短い付き合いとはいえ、そういうシチュエーションを想像したことがなかったからだ。ランスのそれはまるで役者の演技のように、そうでなければ、恋愛やそれに関わる行為そのものに意味を持たないかのように淡々とした、飄々とした、とでも言おうか……。
「ありがとう。おかげで助かったわ」
ランスの唇を指でなぞり、紅をふき取って女性は言った。
街灯の下で見ると、目鼻立ちのはっきりとした、芯の強そうな若い女性だった。ちらりと、彼女の目が輝いたように大地には見えた。
「いや、どういたしまして」
普段と何も変わらないようすでランスが答えた。たった今熱烈な口づけを交わしていた男とはとても思えない。切り替えが早いのか、それとも息をするようなくらいの感覚なのか。
「もし良かったら、送ってくれないかしら。すぐそこなんだけど」
彼女が告げた店の名を聞いて、少なからず驚いたのは大地だけではなかった。




