1話前編 篁浩輔の初陣(茶会)
城門をくぐった瞬間、妹にカーテンで窓を閉じられた。
「実は今日、ノワール姉様は死ぬ予定だったのです。」
「はぁ!?」
「こえが大きいです姉様。グレーズ家の他にもどん底に落とされた家がありましてフィルフ家と言いますが、本当はそこが姉様を誘拐して殺す予定だったそうです。しかし、グレーズ家は姉様を殺さずリンチしたいと仰ったので今日の姉様はグレーズ家に任されたのですよ。」
「任されるってなんだよ。俺を物みたいに。」
「じっさい、姉様の価値は地に落ちていますの。私は今日、ボコボコにされた姉様を見るかと思いましたが姉様にも最後の意地がありましたか…。」
はぁほんとにこいつはいちいち言葉が多いやつだな。
フィルフ家…。俺を殺す気だったようだがこれについては詳しく聞いた方が良さそうだ。
「フィルフ家ってのはどんな特徴があるんだ?」
何事にも情報が大切だ。ゲームガチ勢は情報を武器にする。
「フィルフ家は令嬢名門の中の一角を担っていて、代々王宮に使える筆頭メイドを育成しています。今回の第1王子の妻を狙ったのは王宮をよりフィルフの血統で染めることでした。そしてノワール姉様がやったのは度重なる罪の擦り付け、筆頭メイドを懐柔してフィルフ家のせいにしたのです。フィルフ家にとって王宮に使えるメイドの質はフィルフの質と同じ、メイドに対しての重圧も大きなものでした。そこを利用してボイコットさせたのですよ。ノワール姉様は策士ですわね。」
うーん。このノワールと言う女。中々知恵が回るようだ。
今の俺はと言うとノワールの足元にも及ばないかもしれん。
「そのメイド達はどうなった?」
「全員、処刑されました。あはは。」
えぇー。全然笑えないんですけど、そらことの張本人を生かしておけないわな。自分の財産であるメイドを潰してフィルフ家の汚職を償ったのにそれの原因が俺でしかものうのうと生きてるって聞きゃあそりゃそうよ。
まずいことになったぞ…。
「グレーズ家の3女は多分、帰っておいでですのでフィルフ家にも知らせは届いているはずです。」
「な、ならこうしている間にも…。」
「魔の手は迫っております。」
ですよねー。いやー、難易度が高いよ。最初からウルトラハードはないって…。
これがゲームなら構わずやってた…。
まてよ、俺はゲームオタクだったじゃないか。ならクソ難易度でも笑って挑戦してたじゃないか。
これがゲームなら1度死ねばもう二度とプレイできない縛り付きの最高難易度。
やってやろうじゃん。転生後もゲームできるって思えば楽勝だなぁ!おぉ?
「ノワール姉様。落ち着いてください…。」
「すまん。気が動転していた。」
「えぇ、その気持ちも分かります。なのでまずはシューミッド家担当領地に着き次第、厳戒態勢で警護致します。貴方様は非道なりともシューミッド家の次期当主でございます。」
「次期当主!?」
「え、ええ。ノワール姉様はもう王女にはなれない可能性が高いので家を継ぐことになりそうです。以前は私だったのですがこうなってしまった以上、長女に譲るのが決まりでしょう。」
「えぇ、お役所仕事は嫌なんだけどなぁ。」
「しょうがないですね。」
馬車が止まったようだ。
外ではガチャガチャと物音がしている。
「ノワール・シューミッド様。フラン・シューミッド様。お着きになりました。」
運転手がそういうと横の扉が開く。
外には銀の外装をまとった兵士がずらりと並んでいる。
外装には黒と白の2対の龍が交差しながら天へと登る刺繍がされた腕章を付けていた。
「「シューミッド令嬢姉妹に敬礼!!」」
隊長と思わしき人物が声を張り上げると隊員が小銃を担ぎ礼する。
おおう、かっこいいな。
つられて俺も敬礼した。いやぁ厨二心が刺激されますわ。
「ノワール姉様が敬礼しなくてもいいのですよ?」
「わかってるさ。でも彼らは我々を守りに来たのだよ。命を落とすかもしれないのだ。指揮官が敬礼しなくてどうする?」
「ノワール姉様は指揮官でもなんでもないです…。やるならお辞儀をしてください。リンチにあって作法も忘れましたか?」
「忘れたかもね。」
ここで俺は適当な嘘をついた。令嬢として20年は生きているはずだ。多分…。なら作法は身に染みて覚えているはず、急に出来なくなるなど異常だろう。では今後、作法を知らない方向に促せるならそうした方がボロが出なくて済む。
再度、練習させてくれる機会がやってきた方が俺としては楽だと思う。
我々姉妹は騎士に守られてシューミッド家担当領地へと向かった。
「な、なんじゃこりゃ…。」
「以前のシューミッド家担当領地は没収されました。あるだけマシと言えるでしょうね。」
シューミッド家担当領地と大大と言うわりにあるのは安いアパートと同じくらいの六畳間にキッチンと風呂場がある程度、外壁は薄いベニヤ板を何枚か重ねたようで非常に脆そうだ。
これはもう、悪役令嬢ポジとは言えないだろうが、悪行の罪を償わない限りその称号は取れない。
なんと理不尽なことか…。
「あのー、彼らの寝床は…」
「シューミッド騎士団は野宿です。」
ち、血も涙もない…。
あぁ哀れ、シューミッド。
「それより、私の親族は何処に?」
「それもリンチで忘れたのですか?再度、確認するのも心苦しいので言っておりませんでしたが、ノワール姉様の処刑を免れるため代わりにお亡くなりになりました。」
「そんな…。」
「ノワール姉様、悲しいのですか?以前のあなたはいなくなってスッキリしたと母の椅子に座っていたではありませんか?」
うそ、酷い。酷すぎる。俺もゲーム三昧で親に迷惑かけたけどさすがに亡くなった方が良いだなんて絶対に思わない。
ノワールという女はそこまで性根が腐っていたのか。
巻き込まれた妹がさぞ辛いだろうな。
「ふ、フラン?ごめんね。私のせいで…。」
俺は謝らねば、今のノワールは自分なのだから。
これが役ならきちんと果たしてやるぜ。
「ノワール姉様、再三申し上げますが、何を今更と私は思います。取り返しのつかないことをした以上、戻すことはできません。改心すると言うならば、先を見据えてくださいませ。そのずる賢い脳みそで。」
や、やっぱり一言多い…。ノワール本人じゃないけど今のはグサッと来たよ。
「お、おほん。そうだね。何を考えていたんだろーねー。」
「では、この小さな領地で今後のスケジュールを確認致しますね。」
「はい…。」
「今日の日程は午後から全王女候補の令嬢を集めた茶会がございます。ノワール姉様にはこれに必ず出席してください。」
「え!?狙われているならここにいた方が安全じゃない?」
「いえ、逆に意表を突くのです。シューミッド家の力を取り戻すにはここに籠るばかりでは到底かなわないです。しかし、狙われているからこそ注目を浴びている。前にも申しましたが王女狙いではなく次期当主として権威の復権を狙いにするのです。」
「差し支えなければー、シューミッド家の特徴をー」
「はい、ノワール姉様は本当にリンチで記憶が吹き飛んだと考えていますのでお話致します。シューミッド家はこの国、エルドレッド王国の兵器開発の一翼を担っておりました。今はシューミッドの工場さえ差し押さえられ財産はほとんど無いですが…。」
まじか兵器開発。そこは詳しく掘り下げなければ…。
ゲーム攻略に効率武器は必須アイテムよ。
「その、技術の方はどれくらい重宝されていたんだ?」
「王国随一かと。シューミッド家は代々、エルドレッド王国で産出される魔法石の加工技術がありそれを組み込んだ大型兵器が1番の稼ぎ頭でした。」
お、大型兵器!!ぜひこの目で見たいよそれは!
「キラキラしているところ申し訳ないですが差し押さえられていますので、もう作れません…。」
「えぇ〜。」
「はい。お話は以上になります。茶会まであと3時間と半刻。ノワール姉様、お風呂へ入りましょう。泥がかわいてきております。」
あ、そうだ。完全に忘れてたわ。
俺とフランは共に脱衣所へ向かった。
ポク
ポク
ポク
チンっ。
ダメじゃねーかぁぁ!!
こんな美少女と一緒にお風呂なんて入ったら俺、俺もとは高校生よ。思春期真っ盛りなんですけど。
「あの、脱衣所まできて何をそんな固まっておられるのです?手伝って洗った方が早く済みますが…。」
「ちょっとまってね。いま感情を抑えるから。」
スーッ、ハァー。
「時間も無いですので」
そう言って、彼女はドレスを脱ぎ始めた。
人形のような体が顕になっていき俺のボルテージがボルテージした。
止まれ俺の心臓。ここで全戦力を投入する訳には…。
「姉様、失礼します。」
スポーンッ。
フランは俺の破れた泥まみれのドレスを解体した。
「はぁ、こんなにいい体をしておられるのにアザだらけとはもったいない。」
俺は俺自身の体をみて、再確認する。
もう、篁浩輔と言う人間は存在しないのだと。
脱衣所の鏡には2人の人形が写っている。
黒と白の対象的な2人。背は俺の方が高いが体格は全くの一緒。残念なのは胸がそんなになかったことだ。
「はぁ、姉様。髪がカピカピになってますよ。髪は女の命と言うのにほんとにもったいない。」
俺は妹に頭を洗ってもらっている。
自分でやると言うのに負担をかけたくないと彼女はいった。
時折、俺の黒髪を束ねているが目を瞑っているので何をしているのかわからなかった。
初めて気づいたことが沢山あった。
女性は大変だと言うこと。
艶の持続はまじで健康面に注意しないとダメなことなど。
フランにグチグチと言われてしまった。
お風呂を出たあと、今度は洋服選びが始まった。
「ノワール姉様はドレスはお好きですか?」
「いや、全く。」
「そうですか。やっぱり変わられましたね。以前までは直ぐドレスに着替えておいででしたのに。」
「確かに令嬢ならば、ドレスを着るのが普通だけど、出来れば軽装のがいいな。」
フランはクローゼットを開きながら教えてくれた。
「この国の男は重厚なドレスが大好きですので軽装のドレスは作られていません。男性には両方あるのですが理不尽ですよね。」
「うん、まぁ王子に気に入られるためだし仕方ないんじゃないかなと…。」
クローゼットの中には華やかな衣装が多く、中には大きなバラの造花が付いたドレスとかめちゃくちゃに際どいドレスだったりノワールという女性の趣味嗜好は派手好きだったに違いない。
「なんでノワール姉様がしおらしくなったか分かりませんがドレスを私に選ばしてくれるのならこの服とかどうでしょうか?」
そう言って彼女が取り出したのは黒に白のラインが入っている軍装服であった。それは多分、シューミッド家の式典の際に着るものだろう。
「か、かっこいいけどそれを着て茶会なんて行ったら…」
「大丈夫ですよ姉様。男性の参加者でも着ている方は少ないですがいらっしゃいます。今回の茶会でシューミッド家が変わったと第2王子の成人の儀における王女選びから退いたと他の家に知らしめる必要があります。」
そう言いながらフランが俺に着付けてくれるので両腕を伸ばし、それに従った。ドレスを着るもんだと思い覚悟していたがこれなら足はフリーだし動きやすい。
上着のコート以外、学生服と似ていたからだ。
コートに厚みのある前垂れが付いてるのは邪魔だが…。
その窮屈さに気がついたのかフランが追加提案してきた。
「邪魔でしたらスカートタイプか、パンツスタイルもありますがどう致します?」
「じゃ、じゃあパンツスタイルで。」
茶会が始まる30分前に我々シューミッド姉妹は会場に到着した。フランから道中、茶会の開かれる内容を聞いた。
どうやら本日から第2王子の王女選定期間がスタートするその宣言のために催すそうだ。
それから靴はヒールを覚悟していたけどブーツだったので安心した。おかげで不審がられずに済んだからだ。
フランは冗談げにリンチがどうこうと話しているが今から会う面々には通用しないし、俺に令嬢らしく振る舞うなんて無理な事だ。
「フラン、中には入らないのか?」
「ええ、まだです。今の時間はただのお披露目会にございますので我々も参加する必要はないでしょう。」
お披露目会ね。悪くいえば令嬢同士のドレスの見せつけ合いか、家に取り入れてもらおうとコネをすった外部の招待客とか想像出来る範疇ならそんなものか。
我々シューミッド姉妹は広間の会場内へ開かれている大扉の端に置いてあるテラス席を陣取った。
黒白の対象的な軍服姿の少女が2人、座席に座って運ばれてきた飲み物を飲んでいる。
場違いだと言わんばかりか視線が痛い。
「あぁ、ノワール姉様。今普通にお飲みになられましたけど、運んできたメイドが我々シューミッド家に仕えていた者だからすんなりと飲めたと理解しておられますか?」
「えぇ〜。まさか毒…。」
「はい、武力のない令嬢達は暗殺を狙ってきます。非常に汚い手になりますが毒殺が1番早いのですよ。ふふ。」
笑うなて…。
考えてみればそうだな。ここは前世のように安全な国でもないとわかるし、令嬢生活がどういうものかなんてゲームでちらっとしか見たことない。
確かになんの疑いもなく口に入れたのはまずったな。
「ノワール姉様が垢抜けたと思いましたが、本当の本当に令嬢のイロハを忘れてしまったとは先が思いやられますね。」
そうこう話しているうちに会場が静まり返ってきた。
「そろそろ、始まる頃合ですね。行きましょう姉様。姉様はそのいつもの眼力で威圧してれば良いですから。」
フランは懐中時計で時刻を確認したあと、それを太ももに固定して立ち上がった。
それに続いて俺も席をたち後に続く。
会場に入るやいなやどよめき出す場内。第2王子の挨拶前のため静かになっていたのをぶち壊すようで申し訳なかった。
我々は後ろの誰もついてないテーブルへ移動する。
「ここで1時間程、耐えてください。話しかけられればそれとなしに流してればそれで良いですから。挨拶すべき将校や伯爵家には私が行ってまいりますので…。」
フランはテーブルに着いたあとそう言って会場の前の方へ行ってしまった。
嘘だろ!話題もなんもないぞ。おぅ〜。それはあまりに冷酷すぎないか妹よ。確かにシューミッド家について詳しくないであろう俺を鑑みての行動だろうがついて行ける選択もあったろう…。
フランがどこかへいって数分かたった。
俺に挨拶会いに来る人間は誰一人おらず、会場のどよめきも次第に収まっていった。
そして、2階から階段を降りてくるきらびやかな男性が1人。
はーん。
あれが第2王子か。顔の見た目は超美麗系イケメンって感じだ。学校のクラスにあいつがいたら全ての女子が喰われていただろう。
現に会場は女性の歓声と溢れんばかりの拍手喝采。
俺は思わず腕を組んで睨んでしまった。
だっていけ好かないんだもの、あいつ。
「御機嫌よう。紳士淑女の皆様。今日は私、アルフレッド・ウォルフバッハために集まってくれて誠に感謝します。」
拍手が再びなり場内の活気はより1層増した。
「皆様、お静かに……。では本日をもってアルフレッド・ウォルフバッハの名においてヴィーナスバトフィーリアの開催を宣言します!!」
また拍手がなる。
ヴィーナスバトフィーリアぁ?大層な名前だもんで。
てめーの嫁探しだろがい!
と、心のなかで俺は叫んだ。
第2王子に遠くからちらっと見られた気がしたがこの距離だ表情までは読み取れまい。
はぁ、こっちは自分から告りに行って振られて、の繰り返し…。女性がよってくるお前にはこの苦労がわかるもんか。
腹がたった俺はテーブルにあった。ケーキを1口食べた。
あ、毒…。
気づいた頃には遅し、既に胃の中。
うーん大丈夫か…体になんの異変なし。
あら、このケーキ美味しい。でもクリームってそんなに好きじゃないんだよね。
テーブルには真ん中にジャムがのったクッキーもあった。
これならお菓子感覚でボリボリ食べれそうだな。
俺は椅子に座りパクパクとクッキーを食す。周りの令嬢たちは代わる代わる第2王子へ挨拶しに行く。
確かにイケメンだし、俺が男じゃなくて女だったら恋に落ちていた可能性は大いにあるさ。だけど俺の容姿は女性だが心は男のままだ。なびくわけが無い。
しかし、あのモテよう見ていてやっぱり腹が立つ。
しかしなんだ、ヴィーナスバトフィーリア?だったか、の第2回が開催される初日の顔合わせがこの茶会なんだろう。
妹には動くなと言われたが…。
何となく高校1年生、4月の登校初日を思い出す。
あの時もイケメン陽キャが羽振りを効かせていたなぁ。
俺は頬杖をついてジト目でアルフレッドと周りの女性を見ていた。なんかドレスが違うだけでみんな同じ顔に見えてきた。イケメンとかの顔って黄金比みたいにある一定の決まった形があるそうだとタカが前に言っていたのを思い出す。
俺はその時、変顔してこれが黄金比だ!と言ったタカの顔も思い出して笑ってしまった。
「ぁ、ゃゃ…」
俺はすぐさまテーブルに顔を突っ伏して隠した。
危ねー、ポーカーフェイスが崩れるとこだったぜ…。
顔をあげた時、目の前に第2王子が立っていた。
「ひっ!」
やっべー、見られたぁ!まずいぞ。非常にまずい。
止まれ心臓、ここでエンジン全開はダメだ。
「こんにちは、ノワール嬢。私はアルフレッド。大丈夫かな顔色が良くない感じだけど…。」
くそう、ここで発動するのか俺のコミュ障。
なにか喋るんだよ!
「こ、こんにひは…。」
噛んだ、肝心な挨拶で噛んだ。
「へぇ?思っていたより怖くないんだね。」
そりゃそうですとも中身が違うのだからね。
「実は僕、シューミッド家の者と会うのは初めてなんだ。叔父上から止められていてね。この茶会に参加してくれて感謝しているよ。まさかここまで綺麗な御仁だと思わなかった。君は…そうだな細くしなやかなレイピアの様だ。」
レイピアぁ?
俺は大口径高火力を理不尽に押し付ける大型兵器が1番好きだぜ。レイピアなんざハズレ武器よ。
だが、褒められたのだから返事はしないとな。
しかも元のノワールを知らないのは逆にイメージを変えるチャンスだ。
「ウォルフバッハ王子。お褒めに預かり誠にありがとうございます。自己紹介が遅れましたね。ノワール・シューミッドと申します。」
俺の口から用意されていない言葉がスラスラと出てきた。
そしてコートの腹の位置へ腕を持っていき男性のお辞儀した。
こいつ、体が覚えているのか!?行けるぞこれは。
「軍服姿だからまさかと思ったけど、所作も男性とはシューミッド家は代々そういう習わしなのかい?」
「えぇ、シューミッド家はエルドレッド王国の兵器開発の一翼を担っておりましたので私の周りでお嬢様と呼べる方々がおりませんでした。ですので幼少期から作法はこのような感じでございます。アルフレッド様はお気に召されないでしょうか?」
アルフレッドは意表を突かれたように目を一瞬見開いた。
多分だが貴族の女性で作法が男性側というのは聞いたこともなかっただろうからだ。
「ノワール嬢…少々驚いてしまっただけだよ。問題ない。」
「「アルフレッド様!シューミッド家の者と親しく話さない方がいいですわよ。濡れ衣を着せられるようですし。」」
アルフレッド王子に近づいてきた2人の令嬢が俺を非難した。
よく見ると周囲からの視線が痛い。
やめてくれ俺のメンタルはそこまで強くないんだ…。
うーん。アルフレッド王子は一見、世間を気にしない、というか知らない箱入りだったのかもしれないなと思う。
フランの話を聞くとシューミッド家、主に俺のせい、が起こした事件は1部を除いて広まっているから王宮内部の人間が知らないなどあまりに考えれないからだ。
「申し訳ないノワール嬢。他の人たちにも挨拶してきて良いかな?」
アルフレッド王子、口角をあげているようだけどぎこちないですよ。っと言ってやりたいくらいの苦笑い。
王子ポジションも大変なんだな。
「えぇ、構いませんよ。それが貴方の役割ですもの。」
はぁ、やっと災難が去っていったわ。
これで安心してお菓子が食べれる。
そうして俺が椅子に座ろうとしたとき、会場内へ飛び込んでくる人影が見えた。
「お、遅れてしまいごめんなさい!!」
彼女の第一声は大声の謝罪だった。
いや茶会(開会式)に遅刻とはいい度胸だな。
「おや、ユイレ嬢じゃないか!大丈夫だよ。ほらここで休みたまえ。」
アルフレッド王子は嫌な顔せずユイレという令嬢に席を空け座るように促した。
彼女が座るとそこには一気に人だかりができ、いわゆる人気者であった。
遅刻=ドジっ子
人気者=人望熱い・なにか裏がある
俺のシックスセンスがそう言っている。
「ユイレ嬢、あれはお手柄でありましたな!」
「そうよ、あの告白がなかったら私たちは永遠に騙されていたもの。」
「でも、よりによって本人ではなく親族が代わりになるとはね…。」
「どうぞ、どうぞこちらを召し上がってください。ユイレ嬢のために仕入れた最高級茶葉でございますよ!それも海を越えたあの黄金郷産のものです!」
「ユイレ嬢、私と踊ってくれませんか?」
「わ、私も!」
性別関係なく、ユイレ嬢の周りには王子だけでなくほとんどの人間が声をかけているようだ。
なにこれ。話を盗み聞きしていた俺は一瞬でわかった。
密告者はやつであると。
綺麗な金髪のセミロング。
いや、アレンジで三つ編みを作りオシャレ髪型にしているだと?だめだ、DKの俺には全く分からないぞ!
ドレスもつやつやに輝いた赤を基調としていて人目見てわかる、これがゲームならあいつは人権キャラだ!
話し方は、おしとやかなおっとり系。
比較して俺はレイピアなどと言われたぞ…。
「ユイレ嬢、あちらへ行きましょう。ほら、睨まれてますし…。」
「あら怖い。魔獣かしらね。ほほほ。」
しまった、顔に出ていたらしい。
脱衣所の鏡で見た時、鋭い目付きだなって思ったし、フランからは眼力がどうって言われたし、気おつけないとまじでやばそうだな。
椅子から立ち上がった。ユイレという女性はまっすぐこちらへ歩いてきた。
こ、こいつ俺と正面から戦うつもりか。
「ノワールさん。お時間よろしいですか?」
「えぇ。」
「あなたから、私はたくさんの嫌な思いを受けてきました。けれど代わりにあなたは多くの物を失いました。これ以上あなたから無くなっていくのは同じ貴族の令嬢として心苦しいでしょう…」
そして彼女は一息ついてこう言い放った。
「彼女は!彼女の罪は正しく清算されたと私は考えています!ここに彼女がまだ来ている。それはとてつもない苦痛であり罪を受け入れた上での新たな挑戦だと。私は思います!どうでしょうか皆さん!ここで彼女を許し同じライバルとして受け入れようではありませんか!そうでしょう!?」
な、なんてことを言うんだ。
気がつくと遠くで口にばってんをしたフランがいる。
喋るな、と言うことだな。ここで何か言ってボロが出たらそれこそ終わり、彼女の提案を受け入れるしかない。
参加者は皆、口をつぐみ考えているようだ。
初めに発言したのはアルフレッド王子だ。
「事件があったことは聞いている。功労者はユイレ・アルバロン。ユイレ嬢本人だと知っている。ならその彼女からの提案とあらば私は受け入れようと思う。これに賛成と思うものは拍手してくれ!」
アルフレッド王子の一言で会場内の全員が拍手した。
俺はこれが場の流れだと思っている。
拍手しなければいけない、そんな空気だ。誰もがこれからエルドレッド王国を引っ張る存在、アルフレッド王子にいい顔を見せようとしている。
「もういい、皆の意見はわかった。ではノワール嬢、あなたからも一言頂きたい。」
な、何を…何をいえばいい。謝ればいいのか?それか感謝?
全然わからん。
「アルフレッド王子!私はフラン・シューミッド。釘を刺すようで申し訳ないですがそこで私の姉に発言させるのは些か悪戯が過ぎるように思えるのです。なので代わりに私に発言させてほしい。」
ナイスアシストだよ!さすが妹!
「いいだろう。この問題はシューミッド家全体に関わっているからな。」
この王子、事件の全貌を知っているようではないか!
俺の見る目は腐っているようだ。
「ユイレ嬢、貴方の提案はこちらとしても嬉しく思います。この場にいる皆様の了承も得られたことですのでこれ以降の粗相はそちらからもこちらからも、お止め致します。」
「わかりましたわ。」
ユイレ嬢はそう言い、周囲の貴族たちもうなづいた。
フラン有能じゃないか。俺だと謝っておしまいだった。
「さて、ノワールさん。お互いいがみ合う必要も無くなりましたしゆっくりお話しませんか?茶会はまだまだ続きます。ほら、ノイマン伯爵からの贈り物の茶葉もありますよ、そのクッキーに合うと思いますの。ふふ。」
ユイレが俺と対角となる席に座ってから堅苦しい雰囲気はなくなっていき心配そうなアルフレッド王子を除いて以前の茶会と同じ空気に戻りつつあった。
遠くで見ていたフランも人混みに隠れて見えなくなってしまった。今頃、繋がりを修復するため頑張っているのだろう。
ならば、俺はこのユイレという女と存分に戦ってやろうではないか!負けてばかりではいられない!




