9話後編 The Darkest Forest
一刻も早く、この場から移動しなければと頭ではわかっている。しかし荷をある程度は持っていないと野宿もできない。夜の最低気温は10℃を下回る。氷点下にいかないから大丈夫だと思えるが適切な装備も無ければ肉体の疲労が溜まって行くだろう。常に限界状態が続けば脳だっておかしくなる。
3人はトラックから荷をおろす。幸い3人のバックパックは破けておらず、散乱しているのはデュエリストに積載していたものだけだ。
暗闇の中彼女らは行動しなければいけない。
懐中電灯を所持しているが夜中の森で懐中電灯をつけた時、その円形の明かりの外は逆に暗さが際立って見える。
それがまた恐怖を生み出し3人の作業を遅らせる。
しかも、追っ手に追われている状況で明かりを使用するのは得策ではない。自分たちの場所をバラしている。
月の傾きはちょうど真上くらいだ。
それは今の時刻が夜の真ん中であると表す。
加えてあの赤眼が再度襲ってくるかもしれない。
トラックが逃げていた数分で、男はネズミに骨が見えるくらいに食べられていた。どれほどの数が男に群がっていたのだろうか。
我々はその全てを倒せたか、確認をとっていない。トラックが事故を起こした衝撃でネズミは逃げた。
雷電を使えば焼くことはできるが無限に放てるわけじゃない。連続使用できて3秒が限界ってとこか。
それ以上は拡張兵装にダメージが入る。
王都では酷使しすぎた結果、破損してバラバラになってしまった。一応、機械だ。大切にしないと寿命が一気に減る。
くそっ。背中が痛む。
いや背骨にダメージがいっているのだろう。
さっきから神経の痛みがする。俺は今、冷や汗でびっしょりと濡れているだろう。
そして、トラックから食料の箱を持った時大きな激痛が走る。
俺は立ちくらみを起こして倒れてしまった。
「姉様、しっかりしてください。こんなとこで倒れて…… え!この汗、ユイレさん来てください!」
「これは不味いわね。ノワール、何も言わないから…私を助けたときに怪我を…。」
「それはどこから落ちましたか!?」
「トラックの荷台から……」
「100km/h超えの車から人を抱えて地面に…。しかも背中から。生きてるのが不思議なくらいですよ! 病院に行けばすぐ集中治療室行きでしょう。ですが…ですが。」
フランは頭を抱える。
こんなとこで、救急車など呼んでもすぐに来れないだろう。デュエリストの緊急信号で軍も呼べるがそれは絶対にできない。
「フラン…ユイレ。俺を荷台に寝かせて荷造りを続けてくれ。」
「そんなことできませんよ!姉様は自分の状況を知らなさすぎです。もう、死んでてもおかしくないんですよ!放っておくなんて……。」
「フラン……。あれ見て。」
「今度はなんですか!?」
ユイレが指した方向には暗闇に光る赤い眼。
それはユラユラと着実にこちらに向かってきている。
「懐中電灯を早く消してください!離れましょう。」
「もう遅いわ。」
「なんで!?」
ユイレが絶望でも見たかのように声を震わす。
そして対抗砲を撃つ。
赤眼は放たれた閃光を避け、近づいてくる。
トラックの荷台にソレが乗った時、電灯で照らされ姿が確認できた。
全身が黒く光る外装で包まれ、トゲトゲしい。
表面はツルリとしていてそれに懐中電灯の明かりが反射している。
身長は2mを超えている。
頭には角のような耳のような物を表す部分があって、目は赤く光っていた。
その光は薄く伸びて、我々を嘲笑っているようだった。
「はぁ……うつくしい。」
ソレは低く唸るような声で囁く。
「ひっ化け物!や…やめて。来ないで。」
ソレは私の顎に手を添え持ち上げる。
「上玉だな。飛ばしてきて良かった。こんなもの軍に渡せばすぐに壊されていただろう。」
また目が細く伸びる。
「はぁぁ。早速頂こうとするか。」
トラックの荷台にのった化け物が1歩進む度に大きく揺れる。
「待ちなさい。」
化け物が振り返ったとき、大きな拳が直撃する。
殴られた相手は吹き飛び木に叩きつけられる。
が、受身をとってそのままデュエリストの前に着地する。
白兵戦はそちらが上手か。
さすが赤眼と言ったところだ。
「ほう、君は強く可憐だ。見たことはないが君も美しいな。 さて、私のお目当てはどこにいるというのだ?教えてくれないかな。」
「教えない。言わないよ絶対に。」
「はぁ、さっきのは冗談だ。いるのはわかっている。そこの荷台に寝ているのがそうだろう?」
「ユイレさん。姉様を連れてできるだけ遠くへ!」
「ダメだよ逃げちゃ。」
化け物はフランの横を通り過ぎていく。
なんという速度か。フランはそれを目で追えなかった。
化け物は汗を流し、吐息をもらし悶えているノワールを見た。
化け物はノワールの所作ひとつひとつに一々反応している。
感嘆文を用いて。
しかし、数秒眺めたあと異変に気づく。
「彼女、すでに壊れているな。」
「え、ええ。このトラックを見れば分かるでしょ。」
化け物は顎に手を持っていき、何やら悩んでいる。
化け物はノワールに近づいていく。
ユイレが止めに入るが無駄だ。
「お嬢さん、離れておきなさい。」
化け物は腰につけてある刀の内1本を抜く。
「お願い!殺さないで!」
抜かれた刀は緑の光を纏っている。
刃は薄く透き通りトンボの羽のようだ。
化け物はその刀でノワールを一刀両断した。
斬られた彼女から血が一滴もでない。
「な、何をしたの。」
「死神を斬ったのだ。」
「死神…。」
「レンディミオンの宝刀、癒刀-蜉蝣。なぜあなたが持っているのですか?」
「ほぅ、この存在を知っているか。なら私の正体もわかるだろう。」
「ええ、レンディミオン三剣豪の1人ですよね。」
「いかにも、炎の剣豪、だったものだ。」
「だったもの…。含みのある言い方ですね。」
「称号を剥奪された理由はわかるだろう。この目のせいだ。赤眼は人も発症し、レンディミオン連合は赤眼が全ての災いの元凶と考えている。」
「宝刀となんの関係が?」
「やつらは私が触れた物全てを焼いた。家も家族も全部をだ。だったら宝刀も返す必要なかろう。」
「まぁ確かに。」
化け物はノワールを担ぎ荷物を背負った。外装のトゲは無くなり丸みを帯びた形状に変わる。
その装甲は世にも珍しい変態金属である。
そしてトゲで隠れていたレンディミオン連合国のマークが胸部に現れた。マークは掠れ傷が入っている。
「で、貴方は何をするつもりですか?」
「話してもいいのか?」
「ええ、目的も分からぬまま姉様を渡す訳ないでしょう。」
化け物は深呼吸をし、こう述べた。
嵐の中、彼女を見た。
颯爽と走るその姿は1発の銃弾のようだ。
その銃弾は私の脳みそを撃ち抜き傷つけた。
焼き付いたその映像は今までの私を根本的に変えたのだ。
あの剛腕で掴んで欲しい。君の中は何色なのか。
その瞳で睨んで欲しい。君の笑顔が見てみたい。
私なら君にあう服を知っているよ。
君が好きだ。一目惚れだったのだ。
今、こうして持っているだけで私は死んでしまう。
まるで心を
「気持ち悪い。」
「その目!その目が欲しいのだ。もっとよこせ!」
「嫌ですよ。一応あなたが危害を加えそうにないとわかりました。今のところは。」
「デュエリストの装者。ひとつアドバイスをしてやろう。その機体に置いて軍隊格闘術は合っていない。」
化け物は背負っていた大剣をフランに投げる。
「受け取れ、飛竜を袈裟斬りにできる代物だ。元はエルドレッド王国の武器であったが報酬で頂いたのだ。軍は銃が主流になりつつある今、要らないのであろうな。」
受け取ったフランは驚く。
〖巨剣-リヒテンベルクの接続を確認。エネルギーをチャージします。〗
「これは、シューミッドの」
「ほう、君らの所有物だったか。なら良かった。」
邪魔なものを除けた化け物はその分、荷物を乗せる。
本気で着いてくるようだ。
ま、こっちが抵抗しても勝てないが。
「さっきの事故で場所はバレている。早く行くぞ。」
「仕切るのは私です。各自、物資を持って移動、ここを離れ西へ行きます。」
荷物って言ってもデュエリストに積んだやつと化け物が持っているので8割なんだけどね。
おかげでユイレと姉様の分量が浮いた。
一行は西へ歩き始める。