7話 自分で買うっていう事
10月のホップス港はいつもより人が少ない。
理由は様々だが1番大きいのは王都にあった王宮(王城)が倒壊したことだ。国王を含め王宮にいた人物のほとんどが行方不明で、倒壊した規模の大きさから捜索は難航している。
この港町の兵士たちも、王都へ緊急招集されている。
また、王都の現状をしった各国の貿易船や商船は、一時的にエルドレッド王国から避難しつつある。
逆に支援団としての軍艦などが停泊している。
基本、ホップス港に軍艦は寄航しない。なぜか、それは軍事的衝突などを避けるためだ。
観光客も帰国したり、宿泊先で待機していたりと、この状況で楽しく買い物などしないだろう。
一国の危機なのだ。それも影響力の強い、いくつもの傀儡国を持っているエルドレッド王国がだ。
そんな寂しげな大通りを歩く2人の若者。
見た感じ、派手な服も着ておらず一般観光客に思えるがどこかのお偉いさんがお忍び旅行に来ているようにも捉えれるほどに美しい外見。
こんな時期でも商売はしなければいけない。商人とはそういうものだ。売らなければお金は稼げない。ましてや今後、景気が悪くなるかもしれないから実入りを得なくてわ。
1人の店主が声をかけた。
その声に白い髪の少女が答える。
この街で1番品ぞろえのいい服屋はどこかと。
店主は答える。
それは俺の店だと。
少女は背伸びしながら陳列棚を見て吟味する。
店主はなぜか、喉をゴクリと鳴らした。
まるで自分の腹の内を探られているように感じたからだ。
少女はひとつの商品に対し右手で3度振って、指示を示す。
それが欲しいと。
店主は示された果物をとり値段を言った。
58s、と。
銅貨5枚、鋁貨8枚(別名:軽貨)
果物の大きさと比べて、そこそこ安い値段だ。
少女はそれを切り分けれるか?と聞く。
店主は構わないといい。
少女からお金を頂いたあと、切り分けた果物を2つの紙皿に乗せて持ってくる。
少女はそれを受け取り軽く会釈をして帰ろうとする。
店主は、居た堪れない気持ちになってここで1番人気の輸入品店を教えてくれた。
少女が店主に感謝の言葉を述べて通りへ戻っていく。
「ふぅ~。買い物って大変ですね。」
フランはさっきの果物、――多分パイナップル。を口にほおばりながら言われた店に向かって歩く。
実は買い物をするのは初めてで、お金の価値を実際に計算したのも今日である。
一般教養で知っているとはいえ、生まれてかれこれ16年。
使ったことないから知らないも同然だ。
「ねぇ、フランさん。私にも使い方教えてくれない?」
「えっとー。分類は4つに分けられています。まず、小さいのから……」
フランはユイレにこう説明した。
小さい順に
・鋁貨(軽貨)1枚10s
↓×10
・銅貨(中貨)1枚100s
↓×10
・銀貨(重貨)1枚1000s
↓×10
・金貨(超貨)1枚10000s
と分類されている。これは各国共通の貨幣で金貨以上の分類は国によって違う。
ちなみにエルドレッド王国の固有貨幣は
・エルドラ貨1枚=金貨1000枚(1000万s)となる。
エルドラ貨は基本見ることはなく、国の財務が大量の金貨を管理しやすくしたものだ。
「ユイレさんもこれで思い出しましたか? 実際、令嬢生活をしていると物の価値を忘れがちになりますからね。」
フランは説明中にパイナップルを完食した。
「ええ、理解したわ。 それとこの名前は分からないけど美味しいフルーツ、ノワールにも買っていきましょうか。」
「名案ですね!そうしましょう。」
2人はそのうちに店主の言っていたお店に着く。
1番人気と言っていたのにどうやらお客は少ないようだ。
「こないだの出来事で変化が起きてますね。世間知らずに見られないよう、注意しましょうか…。」
フランは忠告を入れて店内へ入る。
中は独特な香りがしていて、アジアンテイストな雰囲気を放つ。匂い的に…ココナッツかバニラ。
「へぇ〜。照明は全部、ランプなのね。」
店内はやさしい温かさをもったランプがオレンジ色に照らしている。雑貨屋と服屋が混ざった様な陳列で、多種多様なジャンルが置いてあった。
「ユイレさん。買うものは決まってますよ。これから季節は冬に入っていきます。あの暖炉やお湯で囲われていた屋敷でいた頃と大きく環境は変わります。防寒性のある物を選んでください!」
「わ、わかってるわ。そこまで言われなくてもね。」
フランは腕を組んで、疑いの眼差しを向けてくる。
確かに、貿易船や商船の船員の為、防寒性抜群の外套も置いてあったが、売れ残って割引になった秋物ファッションも置いてある。
ユイレはどうしてもそっちに目がいってしまう。
「はぁ――しょうがないですね。必需品は全部こっちが買いますから、できるだけ!暖かいと思える物を選んでください。」
それはフランの最大の妥協であった。
「ありがとう!フランさん!」
ユイレはピューっとお目当ての方へ行ってしまった。
これは…長くなりそうだと頭を悩ませたフランであった。
とりあえずフランは必要だと思えるものを買い込んで、持ってきたバックパックに詰める。
購入品リスト
・防寒具(手袋など)
・外套:防寒、降雪用
・外套:耐水(雨具)
・油類(マシン、潤滑、防錆、防寒、植物&動物性)各5ℓ
・キャンプ用品(調理器具、鉄製食器類、保存キット)
・保存食:20kg
その他に小物を色々と買った。
金額は全部で金貨10枚を超える。
店主から、国外へ逃げるのかね?
と聞かれて、フランは口ごもったが今の状況だしそういう人も増えたよ。ここ数日は旅具を買う人が増えて、商売には良いがその人たちは買いに戻ってこないから、ひと月経ってどうなることやらと、お嬢さんも頑張ってなと背中を押された。
荷物の重量はフランの積載量以下になっているから安心してくれ。
そこは彼女も考えている。
ほんとはもっと買いたかったようだが……。
「ユイレさん、1時間たったんですけど、そろそろ決めてくれないでしょうか?」
フランは自身の3倍近い大きさに膨れたバックパックを担いで、暇そうに足を鳴らしていた。
「えぇ〜。だって…」
「姉様と私の替えは沢山ありますので困りませんが、ユイレさんのはある程度、替えも含めて買わないといけません。姉様も待たせています。はーやーくー。」
女性の買い物が長いのはフランも理解していたがどうしても苛立ってしまう。
理由は安息地が決まってないからだ。
シューミッドの別荘にいるがそこはお父上を含めて親族が処刑されて以降、兵器の回収のため王国の兵が1度は訪れている。
我々の追跡部隊が来てもおかしくない。
早く国外に出た方が後々、楽なのだ。
「よし、決めました。ユイレさんが返してくれることを考えて今、迷ってる5着を買いますね。」
「え、ええ!?」
フランはユイレの腕にかけてあった4着と手に持っている1着をもって会計に進む。
それと、下着類もさささっと選んでいく。
「よし、ではお土産を買って帰宅しましょう。」
ユイレはもどかしい気持ちになって素直に喜べなかった。
でも、逃亡者で罪人で、まだ贅沢できている方だと割り切って切り替えた。
自分はもう、令嬢でないのだと。改めて思ったのである。