6話後編 街へ行こう
〖まもなく本機は着陸体制に移行します――〗
〖――がその前に、電波シグナル妨害粒子を散布するため急制動をかけますのでご注意ください。〗
〖3、2、1。電波シグナル妨害粒子散布。〗
フランはジェットエンジンを逆噴射し、肩の付け根にあるボックスからキラキラ光る粒子を散布する。それらはデュエリストを囲うように漂い始めた。
フランは数秒、その場で降下した後ゆっくりと速度を戻していく。
乗客の2人はガックリと項垂れていた。
エルドレッド王国の主要都市には対空レーダーが配備されていて、空からの不法入国を未然に防げるようになっているそうだ。
そして、速度が落ちたことでホップス港の全貌が眺める。
海沿いには巨大な軍艦からタンカー船、漁船と多種多様の船が停泊していた。
だが、妙なことに降ろされる積荷より積み込まれる方が多いように見えた。
次に貿易港から続く大通りには商店が連なりある程度の人間たちがぞろぞろと動いていた。
なんだか活気があるようには見えない。
〖別荘の上空に着きました。着陸します。〗
デュエリストは高度を一気に下げてホップス港郊外の森へ入っていく。
地上に着くと、1部の土が盛り上がり筒状のエレベーターが現れる。エレベーターの扉が開くとフランは2人を抱えたまま中に入る。
3人が入ったあと扉は自動で閉まり、ロープが巻かれる音とともに下がる。
階を表示している電光盤のメーターがマイナス200mを示したとこでエレベーターは停止する。
そして、扉の向こうには天井も床も壁も真っ白な部屋が現れた。
〖さぁ、着きました。ここが別荘です。〗
別荘と言うのにはあまりにも質素な風景が広がっていた。
ステンレスでできたキャビンには同じ服が入っていて、テレビもコンポもゲームもない。
パッと見確認できるのは冷蔵庫とキッチンそれにクローゼットくらい。
キッチンにはカウンターが付いていて、ユイレはそこに座る。
早速、冷蔵庫を開いた俺はガックリと肩を落とした。
中にはワインやビールといったお酒しか置いてなかったのである。
甘いものはひとつもなかった。
「まぁ、大人が使ってたしそりゃそうか……。 でも保存食くらいは置いてほしーよなぁ。」
「王宮に住んでいたら別荘なんて行かなくても満足できるし、こんなもんでしょ?」
「いや、別荘はもっとこう…華やかで食べ物がたくさんあるイメージが普通でしょぉぉ…。」
そう、項垂れていたノワールの元へ、フランがトタトタと足音を鳴らして駆けてくる。
俺が振り向くと、彼女の頭の角はなくなり以前の姿へ戻っていた。
あの白い軍服の似合う、白銀の姿へ。
「ただいま、姉様。」
「お、おかえり。戻ったんだな。」
フランは腕や足を確認しながらくるりと回って見せた。
「ここには予備のパーツが備えてありますから。でも私専用以外の兵装は回収されましたけどね。 デュエリストあれば大抵倒せるので大丈夫でしょう。」
フランは冷蔵庫の前まで走っていき、中のブランデーを取り出しカウンターに置く。
「サイドカーって知ってますか?」
「ブランデーにホワイトキュラソー、そしてレモンジュースを加えて作ります。」
フランはグラスに材料を加え、慣れた手つきでカクテルを作っていく。
「どうぞ、姉様。今日取れたエビのボイルと合わせてなら、空きっ腹に刺さると思いますよ。」
えぇ……。俺は気乗りしないが差し出されたカクテルに興味が湧きすぎてつい手を出してしまった。
カクテルを口に含むと案外お酒の味が濃くなく、スルッと喉に通っていく。
この世界に来てジュースなんか飲んでおらず、たまらず飲み干してしまう。
それに今朝のエビが非常にあう。
「あー、私の分も残しといてよ?」
「はい、ユイレさんにも作ってあります。」
「え、遠慮しておくわ。お酒はあまり飲まない主義なの。」
ユイレはそう言って、エビのボイルへ手を伸ばすが、ノワールの顔を見て驚く。
「へっ!?ノワール、顔赤くない?」
確かにノワールの顔は赤みを帯びていて
酔った人の常套句、えぇ〜?酔ってないよ~。を言い放った。
実はこのブランデーカクテル「サイドカー」
飲みやすさとは反対にアルコール度数は高く、その酔いやすさから「女殺し」という異名も持つ。スイスイと飲まずに、ゆっくりと少しずつ飲むことが楽しみ方として推奨されているのだ。
もともと、ブランデーのアルコール度数は40~50度。
飲酒初心者が飲むべきものでは無い。
ユイレはフランの方を見ると、彼女がニヤニヤしているのがわかる。
「うわぁ〜。私知らないからねー。フランが介抱してよぉ?」
「はい、はなからそのつもりです。」
フランってシスコンだったのかと、今になってユイレは理解した。
でも、酔ったノワールなど中々見れないだろう。
今までの鋭い目付きが嘘のように柔らかく、口角はいつもより上がって、なんだか…こう。ふにゃふにゃしている。
確かに、か、可愛い気がする。いや、可愛いのか。
カウンター席に両手を付いて、ユラユラ、ユラユラと頭を動かしているノワールを2人は微笑ましい顔で見ていた。
「1杯でこうなるってさすがに弱すぎよ。ノワールにも弱点はあったのね。」
「姉様は以前に比べ変わりましたからね~。今までが神経張りつめすぎた感じだったんじゃないですか?」
気づけばノワールはカウンター席から立ち上がり、部屋の奥にある客間に行って、デカいソファに寝転がりだす。
彼女の服が乱れて――上半身は下着しかつけていないのだが。際どい状況になっていく。
「ユイレさん!?」
ユイレさん!じゃないよ。
行きたければ行けばって目で合図した。
ノワールの所へやってきたフランが可愛らしい寝息を立てる
度に、oh…と反応している。
しかし、彼女は手を出すのをやめた。
それはノワールの右腕、義手を見たからだ。
黒い装甲は傷つき、抉れ、最早外装として働かない部分もあった。また、義手が動く時に多少のズレや挙動がおかしくなってもいる。
「あれ、やめたんだ?」
「はい、すこし寝かせてあげましょう。 短期間で多くの事が起きましたから休みも必要です。」
カウンターテーブルに置かれたエビのボイルは切れ、いよいよ食料が無くなった。
「買い出し、行きますか。」
フランはクローゼットに行ってユイレに合いそうな物を選ぶ、が渋い表情をする。サイズがないのだ。
今もユイレはシャツのボタンを全部止めていない。
仕方ない、お父上のにしてもらおう。
彼女もしょうがない、と割り切ってそれを受け取った。
お父上のシャツは肩幅も広くゆったりしていい感じにたわみ、袖もまくれば不格好に見えないだろう。
足のラインにピッタリと合い動きやすそうな黒のパンツを貸し出す。
ユイレは化粧台にあるヘアゴムで伸ばしていた髪を結わえ、
首の付け根の位置でポニーテールを作った。
「お似合いだと思いますよ。」
へぇー。
ユイレはそんなわけないじゃんと考え、鏡の前に行く。
まぁ、悪くはないかな。
「ホップス港は輸入品店が多いですから、服も見てきましょうか。」
「おぉ、やったね。 あとはガンケースかガンポーチが欲しいかなー。」
今、ご用意します。とフランは頷いて部屋の奥にある装備台に行く。
持ってきたのは腰から下げて太ももで固定するチェストだ。
それにガンポーチやその他の小物入れを吊り下げれるようだ。
さすがに裸足はまずい、ということでレディース用のショートブーツも追加で持ってくる。
「これは姉様のものですが背丈も似ていますし、合うかなと思います。履きなれないかと危惧しますので靴擦れには注意してください。 それも含めて見て周りましょうか。」
私は両手を合わせて賛成といった。
令嬢生活では服装などほとんど決められていて選択肢がなかった。自分で選んで買う、など経験していない。
「それでは、姉様。行ってきます。」
「行ってきます。」
私たちは書き置きを残して別荘?――いや、基地だな。
から出かけて行った。