5話 おもちゃの王国
「敵影!3時方向で確認、距離―――およそ300!」
「魔法障壁を発動、アルバロン担当領地へ近づけさせるな!」
アルバロン家の前に集合した兵士の数6000。
王城が倒壊してから各令嬢の担当領地には緊急対応のマニュアルに従い多数の兵士が集まっていた。
中でもアルバロン担当領地には襲撃の知らせを受けて想定より倍近い兵を集結させた。
そして今、想定どうり王城破壊の張本人が接近していたのだ。
狙いはシューミッド家の次女、フラン・シューミッドを仕留めた兵を指揮していたシリウス・アルバロンへの報復だろう。
数分前までの報告ではノワール・シューミッドが死亡したとの事だったが、今現在、回収部隊との連絡は途絶している。
「目視で確認!!隊長来ました!」
「障壁の出力を80%まで上昇、初撃をかわすだけでいい。今の奴はあの忌々しい腕を装備していないそうだ。 砲兵は私の合図で斉射せよ。」
「隊長!?」
「どうした!」
「ユイレお嬢様が、お嬢様が―――」
「―――お、落ち着け!お嬢様が見つかったならいいことじゃないか。」
駆け込んできた隊員に気を取られている間に、魔法障壁で塞いでいる正門の前に、ユイレ・アルバロンが躍り出た。
「赤き閃光は、全ての障害を打ち砕き道開く―――」
「―――穿て!対抗砲」
玩具のような銃から発射された閃光は重低音を鳴り響かせながら障壁に直撃する。
直撃した部分が赤熱し赤く輝く。
兵士はそれを見て恐怖した。今まで何人たりとも通さず、どんな攻撃にも耐えてきた魔法障壁が食い破られようとしている事に。
「おやめ下さい!お嬢様!」
隊長が叫ぶがユイレの表情は変わらない。
あの聖女のようなお顔はどこに行ったのか。
その面影すら消え去っていた。
「障壁の出力を100%に上げろ!」
「ですが!許容濃度を超えてしまいます!我々にも影響が」
「気にするな!ここで突破される方が不味い!」
魔法障壁は緑の光を放ちだし、見えていなかった粒子を放出し始める。
「ノワール!! 衝撃が足りない!」
「任せろ…。」
ユイレの後方から現れたオッドアイの少女が右腕を引き、左腕を伸ばして照準を定める。
右腕の義手から、エンジンの様なチャージ音が鳴る。
圧縮された空気が肘から吹き出て合図する。
流れる青の血液が、内部の魔法石により発光する。
次に発動するのは神速の一撃。
チャージした空気を排気する勢いと魔法石による相乗効果で生み出す魔法障壁の直前までの加速力、その場で右足を踏み込むことで起きる反力、その2つの流れは今、まさに放たれる拳に乗る。
その衝撃は障壁を振動させ粒子に乱れを生じさせた。
そして、乱れ薄くなった箇所と対抗砲の閃光が重なった。
障壁はひび割れ、内部の兵士を震撼させる。
「砲兵、まえぇぇ!!」
解かれていく障壁の向こう側から人影が接近してくる。
粒子で全貌は明らかでないが、光る双眼がノワール・シューミッドである事を表していた。
「照準そのまま、てぇぇえ!」
砲兵が担いだ四角いエネルギー砲から波動が発射される。
目標は地面を滑るような体制で走り抜け、隊長の眼前に現れる。
「フランを撃ち抜いたのはお前だな?」
「そうだ。」
隊長ははっきりと言い切った。
目標は右腕で隊長の頭を一瞬で弾き飛ばした。
ガクリと隊長の亡骸は膝をつく。
「重装兵!前進!」
兵士の誰かが指揮を引き継ぐ。その声で現れたのはデュエリストと酷似した装備を身にまとった兵士たち。
先程の砲兵が持っていた武器を背中に二門備え、手には盾と長剣。
先頭に立つ重装兵が背中のブースターで地面を滑りホバー移動してくる。
盾を構え、突撃する重装兵をギリギリで避け、重装兵の頭部を握りつぶす。
重装兵は味方に構わず、砲撃する。
目標は手のひらから排気し上昇する。それに追従するように重装兵が飛び上がり、長剣を振り下ろす。
その長剣を目標は右腕でガードする。
動作を止められた重装兵はブースターで押し切るが、横に流され地面に落下する。
目標は落下した重装兵の腹部目掛けて、拳を振り下ろした。
ぎゃっ、と言う声が聞こえ鈍い音と共に重装兵は沈黙する。
今度は4人が攻撃を合わせる。
目標は初撃を体をひねらせて避け、そのまま宙に浮いた体を直進させる。一番近くにいた重装兵が盾で受けたが、押し負けそうになってそこで膠着する。
その膠着で起きる1秒のロスを使って回り込み、重装兵の左腕の付け根に指を差し込み引きちぎる。
内部の粒子と鮮血が飛び出、目標を赤く染める。
残り3人の重装兵は後ずさりし、戦力が足りないと判断した。
「王国屈指の重装兵だぞ……。それが3人も瞬殺…。」
「シューミッドの隠し弾め。あの時殺しておけば…。」
兵士たちはブツブツと文句を言っているが誰一人として逃げようとしない。
兵士はよりいっそうギラギラとした目をし、目標を睨む。
「重装兵後退せよ。仕方ない……特科兵を使う。」
特科兵…ねぇ?
さてどんなものやら。
発言した兵士が発煙弾を打ち上げた。
それを合図にアルバロン家の屋敷から白い甲冑に身を包んだ大男が飛び出てきた。
シリウス・アルバロン、大将自らのご登場だ。
「ははっははっはははっはははは!!」
それは大笑いをしながら、現れる。
「黙りなさい!」
その白い甲冑を来た人物へ赤い閃光が重低音を鳴らして直撃する。
「ユイレよ!なぜ私を攻撃する!」
「ノワール、行きなさい!目的を達成して!」
ユイレは再度、対抗砲を放つ。
シリウスは砲撃をかわして着地した。
「お父様。アルバロンが始めたことは…我々アルバロン家の者同士で終わらせましょう。元より提案したのは私です。この手で終わらしてみせる。」
「少し見ない間に、成長したようだな。それともシューミッドに脳でもやられたか?」
「皮肉を言っている場合ではないでしょう。」
ユイレは軽く1発、対抗砲を放つ。
それはシリウスの足元に着弾し、地面が解けて溶融池が出来上がる。
「ふぅ…。ユイレは随分と反抗期が遅めだな。パパ、パパと甘えていた時期が懐かしいわ。」
「やめて……。それは10年前の話しでしょ。あの時はまだ、王都に来てない時だった。あの故郷でお母様が亡くなってからお父様は変わった。権力に飢えて、地位を欲した。今のお父様は本性をむき出しにした獣同然。」
「言うじゃないかぁ。なぁ!!」
シリウスは地面を蹴り、ユイレの方へ飛び込んで行った。
白い甲冑は大きく広がり、デュエリストと同形状へ変形する。
「赤き閃光は獣となった我が父を沈めんとする。彼を冥府へと誘いなさい、我が意思に答えその力を顕現せよ――」
「――思いを糧に!対抗砲!!」
重低音の振動が空気を揺らし、地面をめくる。
赤き閃光は4つに分断され回転し、標的へ飛んでいく。
シリウスはその攻撃に対応するため、急停止し魔法石によって発動させた身体強化で跳躍する。
ユイレは銃口を動かして、シリウスへ赤き閃光を近づけていく。
「どこで手に入れたか知らないが!いい物だなぁ!!子供が持つには手に余る!!」
シリウスは宙で回転し、閃光を避けていく。
「しかし、私には当てられないようだなぁ!」
「お父様こそ、そんな兵器隠し持っていたなんて思いもしなかったわ!」
「この兵器はな!以前の戦争でエルドレッド王国を勝利へ導いた物なのだよ!!負ける気がしなぁあい!」
「威勢だけがっ――きゃあ!」
シリウスは直下し、ユイレを襲撃した。
ノワールやフランなら拡張兵装を用いて対応できるがユイレが持っているのはあくまで銃。
装者本人を強化することはできないのだ。
ユイレは衝撃で大きく吹き飛ばされ、背中から地面に落ちた。
「げっほげっほ…。ぐふっ。」
叩きつけられた拍子に肺から空気が抜け、咳き込む。
戦力差がありすぎる。でもノワールが戻ってくるまでは耐えないと。
ユイレは痛む体に我慢しながら体を起こす。
「お願い……。当たって。」
放たれた一筋の閃光は弱く、シリウスはそれを避けもしなかった。
あぁ、上手くいかない。
どうして…なんで彼女みたいにできないの。
これじゃあ、足でまといだ。
【変われ。】
何かが頭の中で囁いた。その声は次第に大きくなって…。
【変われ!!】
はいっ!
「これで終いだ、ユイレよ。」
シリウスはノワールと同じようにユイレの頭を鷲掴み、持ち上げる。
そして、右腕を思いっきり引き、ユイレの腹部目掛けて拳を打ち付けた。
「おっさん。当たってないぜ?」
「何をいって――」
シリウスは絶句した。自分が打ったはずの攻撃は当たらず、逆に殴った右腕が二の腕から切断されていた。
ユイレは鷲掴みしている左腕の手首も切り落とし、シリウスから離れた。
彼女は武器をヒュンと一振し、シリウスに向ける。
【なぁ、ユイレ。これはこうやって使うんだぜ?撃つだけの能力じゃない。それに気持ちの強さで攻撃してる訳じゃない。こいつの強みはイメージを射出するんだ。】
だ、誰?
【はぁ、話すと長くなるから言いたくないけど。強いて言うならお前自身の潜在意識が具現化した人格かな。】
あなたが私の潜在意識?
なんて暴力的な。
【実際、お前は支配欲の塊みたいな人間だろ。生まれた時から見てきたからわかる。お前もお前の父も一緒さ。】
そんな訳――ない!!
【そのうち分かる。さぁ、救世主が来たぞ、俺の親友だ。ユイレ……お前も俺もこれから仲良くしていこうな!】
頭の中で囁く声は私の奥へ潜んで行った。
シリウスは両腕から流れる自分の血液を見て唖然としていた。
当たれば、不味いと思い警戒していたが身体強化に粒子を纏い固くしていたのに関わらず、まるで豆腐を切るかのように切断された。
理解できない。
理解できないから、欲しくなる。その強さを。
「ユイレェェエエ工!!それをよこせぇ!」
シリウスは今まで見たことの無い速度で娘に接近する。常人が当たれば即死レベルの突進。
その速度はハイスピードカメラでしか捉えきれないだろう。
〖させません。〗
機械音の甲高さを持ち合わせた声がシリウスの体をしっかりと受け止める。
黒い四肢に青の血液を光らせる筋の入った装甲。
頭には2本の長い角を持ち合わせた朱色の瞳を持った鬼。
「生きていたのか。」
〖期待を裏切ってしまいごめんなさい。どうも御機嫌よう。シリウス・アルバロン。そろそろ退場して頂きたいのですが、よろしいですか?〗
「よろしい訳ないだろぉがぁあ!!」
シリウスは雄叫びを上げ、背中と脚部のブースターを最大出力まで押上げ、オリジナルのデュエリストと力比べをする。
2体の機体はエンジンの唸るような音を鳴らし、後方に衝撃によって巨大な気流の渦を作った。
地面はひび割れ、隆起する。
踏み込んだ両足によって地面が抉れ、2体は地面にだんだん沈んでいく。
「脳天がお留守だぜ!!怪物さんよっ」
シリウスは脳天を殴られ地面に顔をめり込ませた。
〖お疲れ様でした。ご老体。娘さんは貰っていきますね。〗
シリウスは返事をしない。
王国の特科兵はその役目を終え、47年の生涯に幕を下ろした。
辺境で生まれ、強くなるため躍進し、王国のために人生を捧げたその男は呆気なく消えた。
「お、お父様……。あなたは決して悪いばかりの人間ではありませんでした。私のワガママをどうか許してください。」
〖確かに、エルドレッド王国は彼の力無しではここまで大きくなってなかった。ですが、王城が倒壊した今、王国は無くなったも同然です。姉様、なかなか酷いことしますね…。〗
「いや、やったの俺じゃないし。」
〖いえ、ユイレさんをたぶらかしたのは姉様ですし、同罪です。ま、とりあえずここから逃げましょう。彼らが来ます。〗
周囲を確認すると、血眼になった兵士が突撃してくる。
先程の戦いを見て尚も、重装兵から歩兵まで所属を問わず襲いかかる。
〖姉様、ユイレさん。ここに乗ってください。〗
デュエリストは両手を合わせ荷台を作る。
そして、2人をのせたデュエリストはジェットエンジンを起動させ、その場から脱出する。
彼女らは円形に広がる街を降下する。
どこからでも見えていた王城は倒壊し、今や土台しか見えていない。貧困外の住民は手を挙げて喜んでいた。
エルドレッド王国歴、257年10月8日。
その国を支配していた王はいなくなり、残った貴族はバラバラに別れ、分割統治を始めた。
かつて王都だった場所は貧困外の住民のたまり場となり無法地帯となったようだ。
シューミッド家が罪人だと知っていない人々は彼らを革命家だとはやし立て、事実を知っているものは恨み妬み、内なる武器を彼女らに刺す日を待ち望んでいた。
周辺国家は強国エルドレッドが崩壊した事を知り、その広大な領地を奪わんと行動を開始する。
世は激動の戦乱へ移ろうとしていた。