4話
「……ここは?」
目が覚めると、知らない天井がまず目に入った。
まだ頭が働いていなくて、昨日までの記憶がはっきりと思い出せない。
どうやら私は今、どこかのベッドに寝かされているらしい。
そしてさっきまで何かとっても不思議な夢を見ていたような、そんな気がする。
そんなことを考えながらぼーっとしていると、不意にドアが開く音がした。
「やあ、良かった。目が覚めたみたいだね」
「――っ!!」
入ってきたのは、男の人だった。
私は反射的に掛布団を握りしめ、自分の身を護るように被せてしまう。
知らない人。こわい。
呪われたアザを持っている身だから、何をされるかわからない。
その恐怖で私は震えていた。
「そ、そんなに警戒されるとは思わなかったよ……大丈夫、僕は何もしないから」
そう言って両手を挙げて、害を与える意思がないことを示してくる。
私は恐る恐るその人のことを観察した。
第一印象は、穏やかそうな人だった。
背が高く、髪は私と同じ金色。
身なりがよく、貴族もしくは王族なのかなといった感じだった。
「ごめんなさい、その、わたし……」
「そうだね、まだ起きたばっかりで混乱しているよね。何か飲み物持ってくるからちょっと待ってて!」
そう言って名も知らない彼はいったん部屋から出て行き、すぐに戻ってきたかと思えば私に暖かい紅茶を差し出してきた。
きっとこれは純粋な善意からなのだろう。
でも、私は疑ってしまう。
私に向けられる優しさと、彼の笑顔を。
受け取ろうとする手が震えているのが分かる。
こんな私に心の底から優しくしてくれる人なんて、今まで誰もいなかったから。
でも、だけども、そんな風に人を信用できない自分にも嫌悪感を覚えてしまう。
なかなか受け取らない私を見てちょっとだけ悲しそうな顔をする彼を前に、私はゆっくりと息を吐いてからカップを受け取ることを決めてしまった。
「熱いから、気を付けてね」
こくりと頷き、軽く息を吹きかけてからカップを傾け、その中身を流し込んだ。
心地よい香りと程よい苦みが口の中に広がり、体の奥がじんわりと温まるのを感じた。
「……おいしい」
そういうと、よかった、と再び笑顔を見せてくれた。
警戒心がなくなったわけではないけれど、彼が笑っているのを見るとホッとしている私がいる。
そしてもう一口だけ紅茶を飲み、カップを置いた。
「あの……ここは。どこなんでしょうか。私は一体……」
「ここはマルメルの町だよ。実は昨日この町の近くで小さながけ崩れがあってね。キミはその近くで倒れていたから、とりあえず保護させてもらったんだ」
「マルメルの町……」
どうしよう。聞いたことがない。
本を読むことくらいしか趣味がなかったので、エルメリア王国にある町や村ならある程度把握しているけれど、その記憶の中にマルメルの町というのはなかった。
「あの、この国の名前を伺ってもよろしいですか?」
「あれ? ひょっとしてキミはこの国の人じゃなかった? えっとね、ここはニールハルト王国だよ」
ニールハルト王国。
確か、地図上ではエルメリア王国の隣国に位置する商業が盛んな王国だったと思う。
どうやら知らぬ間に私は隣国へ移動していたらしい。
両国の間には巨大な森林と険しい山に隔てられていたはずだけれど……
「他の国から来たってことは、ひょっとしてどこかの商隊からはぐれちゃったとかかな?」
「……ごめんなさい、わからないんです。さっきまではエルメリア王国にいたって記憶はあるんですけど……」
「エルメリア王国!? とても女の子が一人で来れるような旅路じゃないと思うんだけれどなぁ……どうしたものか」
やや気まずそうに頭をかく彼の姿を見ると、体の奥からぐっと不安が湧いてくる。
自ら望んでここに来たわけではないけれど、やっぱり私は厄介者なんだなと思ってしまう。
この顔のアザ――確か精霊さんたちは精霊紋だと言っていたけれど――について不自然なほど触れてこないのもこわい。
「あっ!」
思い出した。
昨日、私は自殺をしようとしたんだ。
そして精霊を名乗る不思議な4人の小人さんに助けられて、自分のことを話していたらいつのまにか寝ちゃってしまったんだ。
私は部屋中を見渡して精霊さんたちを探す。
しかしどこにもいない。
やっぱりあれは夢、だったのかな……
そう思っていると、
「やぁレフティアちゃん! ぼく達をお探しかい?」
「あっ、あなたは!」
「うわわっ! な、なんだ!?」
私が探しているという意思が伝わったのか、昨日と同じ色の光を纏った4人の精霊さんたちが私の目の前に現れた。
男の人は突然の出来事にとても驚いている様子だ。
「さてさて、ぼく達の作戦はひとまず上手くいったみたいだね! あとはぼく達の方から説明するよ!」
「作戦、ですか?」
「そ、作戦! レフティアちゃんが安心して暮らせる場所を探すためのね!」
「そ、そうだったんですか。その、まだよくわからないですけど、ありがとうございます」
「あ、あのぉ……申し訳ないんだけど、僕、ちっとも状況が呑み込めないんだけど……」
「おっと、ごめんね放置しちゃって! それじゃあどこから説明しようか――」
昨日と同じ活発さをみせる風の精霊さんが、私と彼の周りを素早く一周すると、そっと私の肩に腰を下ろした。
私はちょっとくすぐったいけれど、どうやら落ち着く場所が見つかったらしい。
私はごくりと息を吞み、彼女(?)の言葉を静かに待った。
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