1話
ある雪が降る冬の夜。
私は生まれて初めて、告白をした。
それはきっと、運命的な出会いだったのだろう。
〝呪われた子〟である私を救ってくれる、運命の王子様。
私はそう、信じていた。信じていたのに――
♢♢♢
「てめえみたいな呪われたガキが街を歩いてんじゃねえよ!」
「きゃあっ!! や、やめて、ください……」
「町中みんな迷惑してんだよ! さっさとこの町から出ていきやがれ!」
「うっ、うぅ……」
15歳になったある日のこと、私が街を歩いていたらいきなり怖い男の人たちに囲まれて暴力を振るわれた。
レフティア・アーヴェンブルグ。
それがアーヴェンブルグ侯爵家の娘である私の名前。
でもその名前にも、肩書にも何も意味がない。
どれだけ痛めつけられ、泣き叫んでも、周りの人は誰も助けてくれない。
私にぶつけられるのは、悪意に満ちた視線と汚らわしいものを見つめる目だけだ。
なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの? なんてことは考えていない。
何故なら私は――
「ふんっ、相変わらず気味の悪いアザだぜ。きっと前世はとんでもねえ悪行を犯したに違いねえ」
私の顔半分を覆うくらい大きなアザ。
それもただのアザではない。生まれたときから刻まれている、気味の悪い光る紋様だ。
これのせいで私は『不幸をもたらす悪魔に呪われた子』として迫害を受け続けている。
だからこんな目にあっても誰も助けてくれないのだ。
〝お前なんて死んでもかまわない。むしろさっさと死んでくれ〟
町の人も、屋敷の使用人も、家族さえも、みんなそう思っている。
誰も私のことなんて、愛してくれない。
そんなこと、とっくの昔に分かっているはずなのに、
「だれか、たすけて……」
手を、伸ばしてしまう。
「へっ、誰もてめえなんざ助けやしねえよ! おらっ、立てよ!」
「ううっ……」
ダメだ。もう、ダメなんだ。
頭の中に描かれる最悪のストーリー。
もう、逆らえない。そう思い込まされた。
「待て! その子を離してもらおうか」
「あァん? 誰だてめ――って、あ、あなたは……」
「こんな街中で白昼堂々と女の子を虐めるなんて感心しないね」
「第三王子、ヴェルス様……」
「……え?」
そこにいたのは美しい金色の髪を持つ、王子様だった。
一度だけ、遠目で見たことがある。
容姿端麗にして天才的な才能を秘めた将来有望な第三王子ヴェルス殿下。
そんな方が、どうして私を――
「さて、今すぐその子を離すか、ブタ箱に入るか、どっちがいい?」
「し、失礼いたしました! おい、行くぞお前ら!」
彼がその碧い瞳で睨むと、男たちはあっという間に去っていった。
助かった、のかな……それともこれからもっと酷い目に遭うのかな。
わからない。どうしたらいいか、わからない。
「大丈夫かい、お嬢さん。さっき奴らも言っていたけど、僕の名前はヴェルス。もう大丈夫だよ」
彼が見せてくれたのは、笑顔だった。
その後彼はあろうことか、呪われた私を自らの部屋に招いてくれた。
彼は私の現状を憂い、同情し、
「これからは僕が君の味方になる。辛いときはここに来るといいよ」
そう、言ってくれた。
そして彼は本当にそうしてくれた。
彼はいつでも私に対して優しく接してくれて、話も聞いてくれた。
彼の傍にいる間だけは、辛いことを忘れることが出来た。
だから、そんな彼に私が恋をするのは必然だった。
「ねえ、レフティア。君は僕のことをどう思っている? 君の本当の気持ち、聞きたいな」
ある日、彼からいきなりそう切り出された。
突然のことで私は戸惑っていたけれど、彼はいつも通りの優しい笑顔でこう続けた。
「大丈夫。君の想い、僕はちゃんと受け止めるよ。だから、是非君の口から聞きたいな」
そう言われて、私は――
「……好き、です。出来る事なら、あなたとずっと一緒にいたい……」
「そう、か」
思い切って、告白をしてしまった。
そしてヴェルス殿下はゆっくりと息を吐いてから、やっぱりいつもの優しい笑顔で――
「君の気持ち、しっかりと受け取った。僕も嬉しいよ、僕も君のことが――」
真っ赤になっているだろう私の頬が、少し緩んだ気がした。
「好き――だなんていうと思ったかい!?」
「……え?」
「あははははっ!! あー面白い! 呪われている君が本当に僕に恋するなんてね! 傑作だな、なあメアリー!」
その言葉と共に、背後のドアが勢いよく開けられた。
入ってきたのは、私の一つ下の妹、メアリーだった。
彼女は私に目もくれずにヴェルス殿下の隣へ立ち、その腕を軽く抱き留めた。
「えっ、そんな……」
「うふふふふふ、楽しい夢は見られましたか? お姉さま?」
「残念だけど僕とメアリーは婚約関係にある。君が入り込む余地はない」
「ヴェルス様とお話しして考えましたの。誰にも愛されない孤独で哀れなお姉さまに、ちょっとだけヴェルス様を貸してあげて、その後で突き離すという戯れを」
「ちなみに出会ったあの日、キミに暴力を振るっていた男たちも僕が手配した者たちだ。段々と君が僕に依存していく様は実に滑稽で楽しかったよ」
「うふふ、悪魔に呪われた化け物にちょっとだけでも楽しい時間をプレゼントしてあげたのですから、感謝してほしいですわ」
そう言って二人は軽い口づけを交わした。
私は、膝から崩れ落ちた。
「あ、あぁ……」
「あははっ! それだよそれ! その絶望に染まった顔、たまらないね!」
「その気味の悪いアザも今ばかりはいい味を出していますわね。さあ、帰ってくださる? これからヴェルス様とお茶をする予定ですの」
♢♢♢
あれからどうしたのか、記憶に残っていない。
今でもあの二人の高笑いが耳にこびりついている。
気づいたら私は、崖の淵に立っていた。
「……あぁ」
こわい。どうしようもなく、怖い。
一歩でも先に進めば、私の体は空中に放り出される。
目の前に控える〝死〟を前に、私は怯えていた。
でも、後ろに引き下がる勇気もなかった。
だから、動けない。
とうに枯れたはずの涙が、溢れてきた。
「だれか、たすけ――」
あっ。
足が滑ったのか、自ら前へ踏み出したのかは分からない。
私の体は、いとも簡単に投げ捨てられた。
段々と遠ざかっていく崖上。
手を伸ばしても、絶対に届かない。
ああ、私は最後まで――ひとりぼっちなんだ。
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